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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第五章 真珠色の双子
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 瓦礫から身を起こした時、庇ったはずの少女はすでに血に倒れ、その腹部から鋭利な鉄の何かが顔を覗かせていた。深々と刺さったそこから血が漏れ出し、ポタポタと地面を濡らしていく。腹を貫かれた少女は、己の行き先を覚悟したかのように、ただ微かに微笑んだ。

「リ……ナ」

 レーヨは、想い人に手を伸ばす。自身の身体もすでに満身創痍を超えて限界に達し、動かすたびに全身が悲鳴を上げる中、それでもその美しい髪に触れ、白い肌に指を走らせる。触れることもそう多くなかった少女の感触と温かさに身を震わせ、それが徐々に力を失っていく事実に愕然とする。

「リナ、リナ……!」

 声が出ない。傷だらけの身体は、レーヨに大声で想い人の名を呼ぶことさえ許してくれない。立ち上がることも出来ず、自身の下になって生気を失っていく少女を見守ることしか出来ない。そんなレーヨの必死な様子に利愛は目を細め、彼がしたようにその頬に触れ、安心させるように微笑んだ。そこには、かつてレーヨが見たような明るく何者にも縛られないような自由奔放な姿など、どこにも無かった。

「リナ……リナ……ッ!」

 どこまでも呆気なく、少女の命が潰えていく。利愛だけではない。レーヨもまた、同じく死の淵に立っている。天魔の一撃を受けたために骨は砕け、その一部が内臓を貫いている。声を上げることもできないのもそのためだ。彼の命もまた、この瓦礫の中、果てようとしている。

「レー、ヨ……ご、めん」

「リナ……リナ、しっかり、してくれ……リナ……ッ!」

 悲痛な叫びを上げるレーヨに対し、利愛はある一つの願いを託す。震える手でカヴァティーナを持ち上げ、痛みで顔を歪めながら、必死になって想いを告げる。

「レーヨ……聞いて。椿を、助けて……あげて」

「……ッ!! リナ……」

「私、もう……動けないから、さ。だから、こいつを代わりに……ぶち、こんで。そんで、レーヨの力で……レーヨの、親友に……椿の想い、届かせて……」

 それは、レーヨたちが思い描いていた零余を救うための作戦だ。あの天魔が椿を救うために現われたのなら、零余の心からその闘争の意思を奪えばいい。椿の無事を伝え、あのアルケー・オラトリオの呪縛から解放してやればいい。

 だが、それでもレーヨは、それを受け取ることが出来なかった。利愛の想いとは別に、この場から離れることを選べない。利愛を一人に出来るはずが無い。

「無理だ……無理だ、リナ。俺……リナを、置いていけない……っ」

「嬉しいこと……言わないで、よ」

 利愛が笑う。まだ十三歳の少女が、己の死を前にして、想い人の悲痛な想いを前にして、それでもなお笑顔を見せる。朗らかに、どこまでも輝く太陽――彼女の髪と瞳に同じ、向日葵のような温かな微笑を浮かべる。

 それは、レーヨが救われた笑顔だった。

 それは、レーヨを後押ししてくれた笑顔だった。

 そうしてまた、彼女の笑顔は、彼の中にある迷いを少しずつ解きほぐしていく。

「私、さ。レーヨのこと……好きだよ……。出会って別れたあの日から……いつか、また会いたいなって……思ってた」

「リナ……俺も、俺もだよ……。俺だって……リナの、こと……」

 レーヨの中で想い出が蘇る。

 公園で一人ぼっちで萎れていた一輪の花。その花に水をあげたくて、その花が輝いている様を見たくて、ずっと通い続けた。けれど、萎れていたのはレーヨの方だった。辛い現実に耐え切れず、思いを勝手に打ち明け、聞いてもらうことでそこから逃げ出そうとしていた。

 利愛は、それを聞いてくれた。いつだって聞き続けてくれた。覚えてもいないだろうその話をずっと、隣で聞いてくれていた。

「リナのこと……好きだ……」

「え、へへ……だから、嬉しいこと……言わないで。私、レーヨに……行かないで、なんて……絶対言わないから」

 利愛は、気づいていない。その言葉そのものが本音の発露になっていることに。そこに確かな彼女の気持ちが込められていることに。何より、そうした想いの全て、レーヨの手にした指輪から流れ込んでいることに。

 エンゲージリンクは、名前を刻んだ相手の気持ちを送り届ける。

 レーヨの気持ちも、利愛の気持ちも、等しく互いに届いている。

 ――行って欲しい。

 ――行きたくない。

 ――そばにいて欲しい。 

 ――そばにいたい。


 ――椿を、助けたい。


「ほら、レーヨも、同じこと……思ってる」

「リナ……ッ!」

 二人の想いは変わらず等しく、だからこそ、二人を繋いだ少女への想いもまた同じだ。レーヨは兄として、利愛は友として、椿を助けてあげたいと思っている。

 そのために、と利愛はカヴァティーナを差し出す。もう動けない自分に代わって、その願いをレーヨに託す。

 レーヨの手が震える。それに手を伸ばせば、それに触れれば、もう後戻りできない。死に瀕した想い人を捨て置き、彼もまた、死地へと赴くこととなる。死に行くその瞬間さえ、大切な人の傍に寄り添えない。

「俺……お、れ……」

「レーヨ……大好き」

 そっと、苦しみながら上体を起こした利愛の唇が、レーヨのそれと重なった。それはほんの微かな触れ合い。純粋な想いのまま、わずかに触れる程度のもの。それでも、たったそれだけのことでレーヨの中で愛おしさが溢れ出し、頬を涙が伝っていく。利愛もまた、見上げた少年の落としたものとは別に、頬を涙が零れた。

「行って……」

「嫌だ……」

 利愛の懇願に、レーヨが首を振りながら、カヴァティーナを握り締める。

「行って……!」

「嫌だ……!」

 震える足に力を込め、涙を流して笑う少女が遠ざかっていく。

「行ってッ!」

「嫌だッ!」

 立ち上がった少年を見据え、少女が精一杯の想いを届ける。

「レーヨ……また、逢えるといいね」

「――ッ!! ああ、また……きっと……ッ」

 愛する少女の言葉を背に受け、零余と呼ばれて生き、「レーヨ」の名を与えられた少年が立ち上がる。その手に少女が残した希望の光を手にし、不意に音も無く現われた女性の悲壮な顔に頷き、その決意を口にする。

「俺を……あそこへ、運んで下さい。近衛さん」

「レーヨ、くん……私」

 近衛が何かを発そうとする。それは大言を放った己を責める言葉か、あるいは彼を労わる言葉か。そのどちらも、レーヨには必要なかった。彼に必要なのは、死に行く少女の最期の願いを、自身の命が果てる前に叶えることだけだ。彼らの大切な真珠の輝きを取り戻すことだけだ。

「俺を、跳ばして下さい。早く……ッ!」

「……! ――ラザンツッ!!」

 視界が切り替わる。その刹那、振り返った先にいる利愛が何かを口にしていた。けれど、それはレーヨには届かない。何一つ届かない。

 ただ、その指輪を通して伝わる想いだけはしかと胸に刻み込み、一変した視界の先、彼はただ一直線に二又の剣を振り下ろした。




 それが現われる瞬間を、カヴァティーナで神功を一蹴したアルは気づいていた。

 空間の揺れ。ラザンツの力の発動を感じ取り、当然これに対処する。武器を切り替えることなくカヴァティーナを構え、予兆無く現われるだろうそれを迎え撃つ。

 空間を越えて現われたのは、二人。レーヨと近衛。どちらも接近戦では大した力の無い、取るに足らない相手だ。そんな中、近衛がレーヨを庇うように立っている。そのレーヨの手には、カヴァティーナが握られていた。その矛先は、零余と椿を捉えた球体に向かっている。その真意は読めない。だが、それを易々と通させるはずも無かった。カヴァティーナの一刀で以って近衛を振り払い、その振動を利用してレーヨの持つそれをも消してしまおうと画策する。


 ――その瞬間、それは意識の外から叩き込まれた。


 アルは、それをまるで警戒していなかった。すでに終わったものだと思い、そんな者がこの場にいるとすらも思ってはいなかった。

 大鎌の一撃が、彼女を一度襲った箇所に叩きつけられた。

「だから言っただろ。――後悔しろ、化け物」

 SKAT隊員の唯一の生き残り、戦場に身を潜め、天魔最大の隙を窺っていた男。

 須藤が突如、その姿を現した。

「あ、なた――ッ!」

 IEDの能力が如何なく発揮される。

 アルの身に宿っていた魔力の全てが一瞬にして爆発し、それは程なくして炎と衝撃波を巻き起こす。その圧巻の熱量に焼かれながら、彼女は見た。

 崩れ去る黒喰の結界から零れ始めた、目を焼かんばかりの真珠色の輝きを。




 カヴァティーナ――レーヨによって叩き込まれ、遠方で倒れる利愛によって放たれたその一撃は、紛う事無く天魔の張った黒喰の結界を突き破り、同時にそこにレーヨが乗せた『識』の魔力と共に、暗闇の中に囚われた少年の心を押し開く。

 その姿を確認することも出来ず、事態を悟った近衛の力によってレーヨが空間を跳び越える。その先にあるのは、先と同じ、けれど決定的に違う少女の姿。その瞼は重たく閉じられ、身体はぐったりとして動かない。背後で近衛が目を伏せる中、レーヨはそっとその少女に手を伸ばした。

 頬に触れ、髪を撫で、約束の言葉を届ける。

「また逢えたよ、リナ」

 死してなお、それでも笑って咲き誇る一輪の花にレーヨはそっと笑いかけると、抱きしめるようにその手を取って倒れた。そこへ向かって、瓦礫が崩れ去る。咄嗟に手を伸ばした近衛のそれも間に合わず、上から落ちてくる瓦礫で光が遮られる中、レーヨはいつまでもその花を愛で続けた。

 リナ……。

 実は一番のお気に入りキャラと言うか、動かしやすい子と言うか、そんな感じでした。

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