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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第四章 天魔
189/215

 対して、空に浮かぶのは災禍の魔王、天魔。並々ならない魔力を放つ両者が今、一拍の間を置いて、激戦の中に身を乗り出していく。

「神功、黒木が前衛、俺と恋が後ろから援護するッ!! 近衛、お前は中衛をこなせッ!!」

「はっ、言われるまでもねぇッ!!」

「うむ、その通り」

「死ぬんじゃねぇーぞ、後味わりぃんだから」

「神功くん、黒木くん、サポートするわ!!」

 藤波の言葉にそれぞれの返事を返しながら、マーズの五人が一目散に動き出す。それとほぼ同時に天魔も空を駆けて地面に降り立つと、無数の土塊の獣を生み出した。同時にその身から月白の炎が溢れ出し、土塊の獣がそれを纏い始める。それだけではない。剛毅の圧搾を警戒してか、先と同じく大弓から矢がデコイとして放たれ、守りすらも固めてみせた。

 本気だ、とその場の全員が理解する。目の前の天魔は、油断も一分の隙も無く、本気で相手取りに来ている。

 それを確信し、真っ先にその距離を踏破した鬼が一人。身体強化した黒木すらも上回る速さで駆け抜けた神功は、再びの肉弾戦を開始する。だが、それをまともに受ける天魔ではない。すでに油断を棄てた彼女は、迫る拳に対して土塊の壁で応じ、返す刀で土塊の獣を向かわせる。それを神功が腕の一振りで一蹴する間に壁の脇から顔を覗かせ、その懐へと入り込んだ。拳すらも振るえない近接距離に踏み込み、神功の足を払うと、首元を強引に掴んで地面へと放り投げる。それだけに止まらず、倒れ行く神功の顔に向け、細い素足を振り下ろす。

「死ぬなっつってんだろうーがッ!!」

 天魔の足が神功の脳髄を叩き潰すより早く、恋が怒号と共に放った衝撃波の波が駆け抜けた。同時に黒木の拳が天魔に到達し、爆音とも取れるような凄まじい大音が鳴り響く。その中にあってなお、天魔は吹き飛ばされもしない。振るわれた拳を片手で受け止め、迫る衝撃波を土塊の獣を使って防いだ彼女は、突如としてその姿を消した。

 それを見て、すぐに近衛が反応する。近衛に神功のような魔力探知能力は無い。だが、同じ能力を持つからこそ、その力によって空間へと与える影響を敏感に察知することが出来る。

「恋ちゃんッ!」

「おいたは駄目よ?」

 恋の前の空間が歪み、そこから天魔が現れる。それより少し早く届いた近衛の叫びに応じて、恋が手にした戦斧を子供とは思えない膂力で振るう。その速度、腰の入れ方のどれも完璧なその一撃は、しかし天魔相手ではまるで意味を為さない。天魔は片手でそれを受け止め、それどころか握力だけで握り潰した。

 金属が砕ける鈍い音が響き、天魔の腕が恋に伸びる。それを眼前にしながら、恋は不敵に笑う。その手は武器を壊されたとは思えないほどの対応の速さですでに拳打の構えを見せ、次いで放たれた一言が天魔の動きを阻害する。

「アヴェルテレ、弱めろ」

 恋の言葉に従い、アヴェルテレの効果によって天魔の放つ魔力が勢いを弱め、その動きが減速した。目に見えてその身に宿る膂力が減少し、そこへすかさず恋の拳が叩き込まれる。

「う、そッ!?」

 近衛が驚愕する中で、恋の一撃を叩き込まれた天魔が吹き飛んだ。その先には、すでに体勢を立て直した神功と、拳を構えた黒木がいる。それに気づいたのだろう。吹き飛ぶ天魔が突如として軌道を上に変え、空へと逃れた。

 再び頭上高く舞い上がったそこで、月白の炎が周囲一帯を覆い尽くす。その勢いは瞬間的に天魔の姿を覆い、その魔力すらも巧みに隠してしまった。明らかな目眩ましにマーズの面々が天魔を捜す中、並外れた探知能力を持つ神功だけがその動きを捉える。

 彼の頭上。それも遥かな高み。高度百メートル付近から、土塊の獣をいつの間にか従えていた天魔が、それを攻撃に変えて撃ち出した。

 クレイトスの槍。魔砲を兼ね備えたクレイトスが放ったそれと同等の砲火が、空の上から降り注ぐ。その威力、効果範囲を的確に見定め、神功は叫ぶ。

「一美、跳ばせッ!!」

 その意を咄嗟に理解し、近衛は砲弾が着弾するより先にマーズ全員を掻き集め、およそ百メートル以上の距離を一瞬にして跳躍した。それに遅れ、遥かな先で爆音が鳴り響き、地面が揺れる。嵐のような爆風が吹き荒れ、崩れた瓦礫の破片が飛び散っていく。

 危なかった、と近衛は息を吐く。もしあの場面、あの一瞬で神功の指示を理解できなければ、おそらくここにいる全員があの力で死んでいた。どれほど防護服が優れていても、黒木の黒皮の魔術耐性が高いとは言っても、百メートル程度の距離から重力を乗せて放たれたあれだけの砲弾を受けて無事で済むはずがない。それでも何とか怪我を負うことなく回避できたのは、神功の探知能力によるものと、近衛のラザンツの力のおかげだ。

「全く、とんだ化け物だ。がっはっはっは」

「うむ、その通り」

「あーくそ、キャンディー無くなったッ!」

(か、変わらないなぁ、この人たち……)

 危機的状況下を乗り越えてなお余裕を見せる面々に呆れる一方で、近衛は一言も発していない男に気づく。神功は、睨み付けるように爆煙の舞うそこを見ていた。その身体からは、収まるところを知らない赤銅色の魔力が流れ出している。

 安堵している場合じゃない、と近衛は気づく。普段はやる気を見せない神功がこれほどまでに緊張を滲ませているのだ。まだ攻撃を数度防いだだけ。致命傷も与えられていなければ、有効的な攻撃方法を見つけられたわけでもない。

 マーズが見守る中、再び爆煙が黒喰の魔力によって呑まれていく。もう何度目にしたか分からないその異常な光景の中、それら圧巻の光景とは対照的な軽い足音が一つ。空間跳躍も無ければ、走ることも無く、ただ天魔が一歩ずつ歩み寄ってくる。その眼はマーズの一人一人を正しく捉え、最後に神功に向けられたそれが怪しい光を帯びた。彼女の中で明確な順位が築かれた瞬間である。

「攻撃の支柱を崩すこと。それが戦場においては何より有効よね」

 風に乗って声が届く。おそらく、魔術によるものだろう。天魔ほどの相手なら、『空』の特性か、あるいは『風』の特性で空間に拡がりを生み出せばそれぐらいは容易なはずだ。

 届けられた声に、その意味を察した神功が一歩前に出る。口元は張り裂けんばかりの愉悦を刻み、これから起こるだろう戦いに目を輝かせる。その身から溢れる魔力がより密度を増していき、赤銅色のそれはより暗く、深く、黒く染まっていく。

「今から私は、あなただけを狙うわ」

 聞こえてきた声は、神功のすぐ前。真正面にあるそこで、空間を飛び越えた天魔がその言葉とは裏腹に思わず見惚れてしまうほどの美しい微笑を見せた。その綻んだ表情が一瞬で崩れ、殺意の奔流が魔力となって流れ出す。それが生み出す月白の炎に慌てて他の四人が距離を取る中、唯一炎の影響から除外された神功だけが、正対した相手に語りかける。

「手加減なしだぜ?」

「当たり前」

「はっ、最っ高だなぁッ!!」

「喜んでもらえて何より」

 期せずして、ここに再びの一騎討ちの構図が出来上がる。咄嗟に近衛が神功のサポートに入ろうとするも、背後で鳴り響いた地響きと、それによって出現した巨大な土塊の怪物に目を奪われた。空を覆うほどの大きさと化したそれは、報告にあった土人形の大きさよりもなお巨大だ。

 全長約十メートル以上。ビルを思わせる化け物が、残るマーズの四人へと襲い掛かる。

 その脅威の影響を肌で感じながら、天魔と向かい合う神功だけはそこを振り返らない。彼女が自身にだけ狙いを定めている以上、牽制程度の意味しか持たない巨人を気にかける必要は無いと考えたからだ。それに何より、この天魔から目を離すことの愚かさも重々に理解している。

 すでに神功は、認めてしまっている。

 この怪物は、自身よりも遥かな高みに座す存在だと。

(ああ、最高だぁ! こんな奴を、オレの全てを出しても勝てねぇ存在を――)

「――オレは待ってたんだよ、天魔ぁッ!!」

 怒号を上げ、握り締めた拳を振り下ろす。神功と天魔の身長差は、およそ二十センチほど。だが、もはやそんな人間レベルの差異は意味が無いだろう。重力をかけられる云々の小さな誤差などものともしない腕力がそこにある。一歩で地面を踏み砕く強大な膂力がそこにある。

 迫る神功の拳に対し、そこに宿る魔力を正確に見定め、天魔――アルは回避を選択する。当たれば致命傷足り得ない。それは分かる。だが、それは神功とて分かっていることだ。その上で拳を振るうと言うことは、続く攻撃があると言うことを意味している。であれば、受けてわざわざ隙を作る必要は無い。躱し、相手の手の内を晒させ、全てを把握した後に必殺を叩き込む。そこに神功を軽んじる意思などどこにも無い。それどころか、もはや同じ領域に立つ者としての振る舞いすら心がけている。

 それは何より、神功の持つ武器にあった。

(マスターから得た叡智――“九天(エルドラド)”。ハイリヒトゥムの持ち主と出会えるなんてね)

 すでに限界を超えた神功が通常時の十倍に達するほどの魔力を解き放ち、その一撃の風圧だけで突風を巻き起こす。地を蹴ってそれを回避しながら、アルは追いかけてくる神功への対処法を模索する。力技で切り抜ける、と言うのが第一だが、それは愚作だろう。仮にも何らかの策を兼ね備えて自身を討ちに来たと捉えるのが妥当なところであり、それは警戒して然るべきものだ。

 アルは、決して油断はしない。叡智を得るために相手の出方を窺うことはあっても、自身に向かってくる者たちを侮らない。共に等しく彼らは勇者、正義の剣を携えた英雄の卵たちだ。彼らが孵化するかどうかは、アルを打ち倒せるかどうかによって決まる。

 もちろん、アルに倒されるつもりなど毛頭無い。卵と言うなら叩き割ろう。中身を掻き混ぜ、二度と存在が形成されないように終わらせる。自身を天魔と呼ぶのなら、その振る舞いこそが相応しい。

 神功の踏みしめた地面が盛り上がり、それが一瞬にして土の杭を形成する。四つの魔術特性を同時に使った杭の一撃。魔力量とそれを放出できる量の違いからアルの撃ち出すクレイトスの槍には遠く及ばないが、過去の戦車に搭載された砲弾に追随する程度の威力は秘めている。それを都合十発程度。一瞬で形成して見せた実力は称賛に値するが、アルはそれらを土塊の獣を利用して防ぎきり、それどころか逆にそれらを素材としてクレイトスの槍を放つ。極至近距離で放たれたそれに神功が目を見開き、上空へ逃げ延びる中、アルは冷静にその行動を読むと、そこへ向かって月白の炎を向かわせる。触れれば一瞬で消し炭と化すそれを見据え、神功が急速で空を駆けた。並外れた『空』の特性による飛行魔術だ。

 アルは思案する。未だ一対一のこの状況。()しているのはアルだが、圧し切れていない事実もある。それだけ神功が並外れていると言うこともあるが、それ以上に何より、アルには不可解な思いがある。

(私は……何をやっているの?)

 手加減しているつもりは無い。手は決して抜いていない。だが、神功どころか、マーズの誰一人として殺せていない。それがアルには疑問として残る。マーズは確かにクラティアとして優良な部類に入る。たった五人でアルに挑んできただけのことはある。だが、彼女と彼らとでは、そもそも立っている場所が違うのだ。格が違う、と言い換えてもいい。多少、戦いに駆け引きが生まれても、苦戦することはあってはならない。にもかかわらず、彼らの誰一人にも有効的な攻撃を加えられていない。先の恋だってそうだ。あの戦斧、アヴェルテレの効果は、すでにアルも知っている。しかし、それがアルの身体にああも容易く干渉したのは何故だ。身に纏っている魔力が弱められたのは何故だ。

(まさか……負かされるかもしれないって、期待してる? 彼らなら止めてくれるかもって?)

 空を駆けていた神功がアルのすぐ傍に降り立ち、再び拳を振るう。それを避けようとして、不意に崩れた足場に足を取られた。自然のものではない。神功の魔術によるものであることは明らかだ。体勢を崩したアルへ向け、強烈な拳が叩き込まれる。一発ではない。何度も何度も連続で拳が叩き込まれ、しかしアルにはほとんど痛痒を与えない。先の鬼哭の一撃にすら及ばないただの拳では、未だアルには届かない。絶えず魔力はマスターから流れ込み、その傷を癒していく。

 そう、彼女のマスターはここにいる。この戦場のある一点に身を潜め、絶えることの無い膨大な魔力を解き放っている。全ては椿を守るため、その意思一つで力を使い続けている。

(ふざけないで……ッ。こんなところで止まってはいけない。マスター、私はあなたを救うと決めたのよ)

 再三振るわれた強烈な拳を受け止め、ようやくアルが反撃に出る。神功によって行われた足の拘束を振り払い、彼を上回る強大な魔力を拳に込め、その顔面を殴打した。手加減も何も無く、的確に顎先を狙った一撃。しかし、神功は巧みだ。身体強化と同時に『地』の特性で脳に加わる振動を安定させ、脳震盪を防ぎきった。その身体は吹き飛んではいるが、意識を失うことも無ければ、身体の自由が利かないことも無いだろう。

 それを冷静に分析しながら、アルは己の魔力を高めていく。自身の中で芽生えかけた迷いと弱さを断ち切り、何度も呟いていた彼への誓いを口にする。

「椿を守る。ええ、守るわ。マスター、私は椿を守り――あなたを救う」

 立ち上がる神功を見据え、琥珀の瞳に憎悪が宿る。それはそこにいる鬼を越え、その果てにある全て。世界そのものに対する怨嗟に他ならない。

 そんなアルの事情など何も知らない神功は、向けられた瞳にその身を歓喜で打ち震わせ、芽生え始めた恐怖と呼ばれるそれに喜悦する。怖さと痛み、地を舐める屈辱、そのどれも彼にとっては新鮮であり、何よりある一つの実感を与えてくれる。

「あぁ……オレは生きてる。愚図と競い合ってたんじゃ絶対に得られねぇ興奮を味わってる……最高だぁ、天魔……!」

 収まるところを知らない神功の魔力の放出がさらにさらに、その色は深く濃く変わり、滅赤(けしあか)色へと染まっていく。

 マーズの戦闘も激化してきました

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