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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第二章 失踪者
18/215

いわゆるバトル回? 主人公の武器も出てきます。

「へぇ、生きてんのか。ちったぁ骨があるじゃねーか、てめぇ」

 契里先輩は攻撃の手を緩め、褒めるように武器の柄を叩く。ふざけた振る舞いだが、それを実践できるほどの実力を感じ取れてしまう。こちらを見て嗤うその姿は、余裕そのものだ。

 地面に仰向けになりながら、椿、カティさんの位置を確認する。椿はすでに立ち上がり、カティさんは少し離れた距離でアオス・ブルフを構えているのが見えた。だが、どちらも先輩の動きを窺うばかりであり、一歩踏み込むことに躊躇いを覚えているのが分かる。椿はそもそも防御に特化しているし、カティさんは得物の差がある。加えて、それを振るう者の力量も鑑みれば、足踏みしてしまうのは仕方のないことと言えた。

 安易な攻めは命取り。二人の緊迫した面持ちを見れば、それがよく分かる。

 息を大きく吸い込み、足に力を込めて立ち上がる。強烈な一撃を生身で受け止めたせいでずっしりと重たい疲労感が残っているが、同時に収穫もあった。

 手元を見る。本来、そこには俺が顕現したはずの“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”があるはずだ。だが、今は影も形も見えない。俺にそれを消した覚えはなく、仮に契里先輩の攻撃を受けて吹き飛んだとして、それがどこにも見当たらないのは少しおかしい。さらに威力。椿のミュールは、密度を込めれば、戦車砲の一撃すらも防ぎきる。それを打ち崩すほどの威力を誇る攻撃を俺はまともに受けているのだ。いくらワンクッション挟んだとはいえ、五体満足であるのは考え難いことである。その観点で見れば、やはり最初の一撃によって抉り取られたコンクリートは凄まじいものだが、戦車砲並の威力と言われると疑問が残る。

 単純な威力によるものではない。これは間違いなく、先輩のシュトラーフェの能力だ。

 椿と俺の受けた現象に共通することは、シュトラーフェの消滅だ。先輩のシュトラーフェによる一撃を受けた椿と俺だけが、武器を消滅させられた。一方でそれを受けていないカティさんは、変わらずアオス・ブルフを顕現し続けている。

 能力、条件、効果範囲――憶測に過ぎないが、少しだけ見えてきた。クラティア同士の戦いにおいて、相手のシュトラーフェに対する知識の有無は、当たり前だが戦局に大きく左右する。知っていれば対処できる攻撃も知らなければ無抵抗のまま受けてしまう。ゆえにクラティアは、相手のシュトラーフェを探ることを第一とする。

 今頃、椿たちも俺と同じように考えを巡らしていることだろう。同様の結論に至っているとすれば、彼女たちが足を止めているのは尤もだ。今、接近戦で攻撃を仕掛けることに勝機は全くない。

「……先輩が、他の失踪した人たちを連れて行ったんですか?」

 カティさんがアオス・ブルフを肩と並ぶほどの高さで構え、問いかける。剣術で言うところの「霞の構え」に似ているが、その刃先は肩から平行して先輩を向いているところを見れば、彼女独自のスタイルなのだろう。炎を纏ったその姿は、俺たちの中で唯一、攻撃力の高さを窺わせる。だが、それでも先輩に通じるだろうか。その能力の性質上、おそらく先輩のシュトラーフェと切り結べばアオス・ブルフであれ消滅は免れない。その事実にカティさんが気づいていればいいが、もし気づいていないのであればすぐにでも知らせなければいけない。しかし、この差し迫った状況で声はかけられなかった。万が一、カティさんの注意が俺に少しでも逸れてしまえば、そこを契里先輩に狙われる可能性があるのだ。迂闊に注目を向けることはできない。

「いいや、一枚噛んじゃいるが、それは俺じゃねーな。誘拐だの人攫いだのにはトンと興味がなくてなぁ。俺はただ、おもしれぇ奴とやりたいだけなんだよ」

 カティさんに答えながら、先輩の目は世話しなく左右を走っている。余裕の態度を見せながら、全く油断はしていない。挟むような形で並ぶ椿とカティさんを第一に警戒しているのは明らかだ。

「戦闘狂……って、やつですか?」

「ひでぇなその言い方。まっ、否定はしねぇが、よっ!」

 先輩が地を蹴り、横薙ぎに武器を振るう。自身に向けられたその攻撃を、カティさんは避けることはしなかった。カティさんは動かず、その身から溢れている炎が生き物のように蠢き、三方向に別れて先輩の一撃を受け止める。一つは刃を、ほか二つは柄に絡みつく。そのうち、刃の部分に絡みついた炎だけが不自然に消し飛ぶが、残りはしっかりと柄を掴んでいる、

 あの炎、あんな風に物質的な動きができるのか。

 その光景は、一種奇妙なものだった。炎がまるで腕のように契里先輩の武器を押さえつけているのだ。日常的に見ることのある炎の性質とは全く異なっている。あれが、カティさんのシュトラーフェの力。物質的な炎か。

「おもしれぇ。――ッ!?」

 愉悦に笑う契里先輩だったが、背後から迫る椿に気づき、武器の柄を強引に抜いて突きのように振るう。後ろも見ないその動きには感嘆するが、しかし椿相手であれば手緩いと言う他ない。

 椿は、突きを難なく避け、契里先輩の足の間接部を狙って蹴りを放つ。いわゆる膝かっくんの要領だが、契里先輩は、これを再度武器を薙ぎ払うことで回転して回避する。一進一退の攻防、わずか数秒足らずのそれは、息が詰まるようなものだった。

 二人の攻撃は止まらない。流れるように攻撃と回避を両立する先輩に向け、カティさんの炎が迫る。数は先に増して五本。触手のように伸びるそれを、契里先輩は武器の刃先で消し飛ばした。それだけではなく、回転した武器の柄の尻で地面に転がるコンクリートの破片を打ち飛ばす。その向かう先には、カティさんがいた。

 間に合わない。直感的にそう感じたのか、カティさんが身を庇う仕草を見せる。だが、破片がカティさんに当たることはなかった。その前方の空間で何かに弾かれるように打ち砕かれ、粉々になって散る。椿が一瞬早くミュールを展開したんだろう。

「ありがと、椿」

「いえ。ただ、私のシュトラーフェはあくまで防御に特化しています。攻撃面ではあまり期待しないでください。それにあの武器……おそらくですが、シュトラーフェを消滅させる力だと思われます」

「たぶんね。けど、力は武器の刃の部分に限定されているわ。まだいくつか試してみないと分からないけど」

 椿とカティさんが何やら相談を交わしている。あの二人、即席とは思えないほどに息が合っているな。お互いの攻撃には絡まず、互いを最小限で補佐していることに注力しているのがよく分かる。互いの武器や力の特性を正しく把握していない以上、邪魔にならない範囲で助け合っているのだ。

 妹もそうだが、カティさんも相当な実力者だ。現状、足手纏いは俺か。

「一年って聞いてたが、結構やるもんだな」

 ククク、と先輩は喉の奥で笑いを漏らす。同時に、少しずつ先輩の身体が淡い青の光を浮かび上がらせていく。

 魔力発光現象――魔力が高密度で集中したとき、それは特定の色を伴って肉眼で捉えられるようになる。先輩の身体は、今、まるで全身を包むような青の光を放っていた。

「ちっと本気でやってみるか」

 一言、ゾッとするような声色を放ち、先輩の動きがさっきまでとは桁違いなほどに速くなる。コンクリートの地面を踏みしだき、武器の刃先を身体の中心においた神速の突き。空気さえも切り裂くようなその一撃に、椿とカティさんの顔色が変わる。コンビネーションで一時、余裕を見せていた二人だが、この急激な速度の上昇は予想を上回ったようだ。

 まずい――。

 契里先輩の緩急の隙を狙ったような攻撃を前に、二人は無意識のうちに防御体勢に移っていた。考えている暇もなかったのだろう。反射的に自分が最も繰り返してきた防御を行ってしまっている。椿はミュールを、カティさんはアオス・ブルフの炎を、それぞれ展開していた。

 シュトラーフェでは、契里先輩の攻撃は防げない。あの隙を狙う一瞬の突き。散々速度を落として攻撃を振るった上での本気の一撃。

 良かった、と思う。先輩が魔力発光現象を起こした時点で駆け出していた良かった。走れる程度には回復していて良かった。

「“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”――!!」

 名を呼び、手繰り寄せる。さっきまで何もなかった空間に手を伸ばし、そこから降りてくる物を掴み取る。

 それは、一冊の本。文庫本ではなく、ハードーカバーだ。だが、その大きさは一般のそれよりも一回り大きく、本の表紙にはうねるように文字が並んでいる。どこか荘厳さを思わせるそれは、俺の武器――“識者の叡智”。武器と呼ぶには攻撃性という点は皆無であり、その能力も遠ざかっている。だが、現状を変える力は持ち合わせているはずだ。

「ミュールを自分に向けろッ!!」

 本を手に取り、叫ぶ。具体的な説明を省いた指示だったが、椿は理解してくれたようだ。自分を庇うように向けて展開していたミュールを、咄嗟に逆方向へ向かわせる。敵の攻撃から身を守る壁を作るようにではなく、敵の攻撃よりも先んじて自身に迫る壁のように。その結果として、椿とカティさんの身体が何かの圧力に押されるように左右へ飛んだ。そこを契里先輩の突きが通り抜けていく。

 ギリギリで先輩の攻撃を避けることに成功した二人だが、強引な形で避けたせいで体勢が崩れている。当然、契里先輩はそれを見逃さない。

 だからこそ俺は、事前に走り出していたのだ。契里先輩の追撃から二人を庇うため、あるいは少しでも時間を稼ぐため。

 本を開く。そこには、白紙のページが並んでおり、高速で文字が書き連ねられていた。

 情報を読み取れ。理解しろ。頭をフルに使え。

 シュトラーフェの特性、流れる魔力、使っている術式、攻撃に転ずる上での体重の移動、重心の位置、そこから予想される次の行動。計算し、考えを巡らし、一瞬で動く。契里先輩の動きは速い。俺の身体能力では、それに合わせることはできない。ゆえに予測する。

 この“識者の叡智”の能力は、情報の収集。対象の魔力を検知し、その現在進行形のデータを瞬時にして表出させる。ご丁寧に文字は、かつて暗号用に使っていた魔法使いの文字だ。それを瞬間的に読み取り、判断する。

「あ?」

 カティさんを狙って放たれた一撃を、俺はその柄を横合いからぶっ叩くことで防ぐ。今度は、先のように吹き飛ばされはしない。魔力による身体能力の強化を施し、威力を相殺してみせる。俺の身体強化は素人に毛が生えた程度の効力だが、狙ったのは先輩の手元少し先のところ。先輩の武器の特性上、最も力が集まらないところだ。

「てめぇ……!」

「おらぁっ!」

 掛け声を上げ、拳を振るう。顎先を狙うアッパーカットを、先輩は顔を軽く逸らして交わし、転じて頭突きを俺の額に叩きつけてきた。凄まじい衝撃が額を起点に脳髄を走りぬけ、意識が飛びそうになる。それでも何とか柄を握り、先輩の動きを封じ込めた。この状態では、武器は振るえまい。

「ん、の雑魚がッ!!」

 先輩の表情から余裕の色が消え、怒りが表れる。武器を握っていた片手を離し、俺の方へ振りかぶった。俺を無理矢理にでも引き剥がそうとしたのだろうが、甘いと言わざるを得ない。一対一ならばともかく、椿とカティさんがいるこの状況下。武器から片手とはいえ手を離すことは、命取りになる。

「させない!」

 先輩の振りかざした手に、炎が絡みつく。カティさんの炎だ。それは這うように先輩の腕を縛り上げた。さらに、腕に絡みついた炎は枝のように分かれ、先輩の動きを拘束するべく動き出す。

「うざってぇっ!!」

 先輩の判断は早かった。自身の身体に炎が迫るや否や、シュトラーフェを消し、俺を蹴り飛ばすと同時にその反動で炎の動きから逃れる。同時にシュトラーフェを再展開すると、それを腕に纏わりつく炎に振るい、消し飛ばした。

「何度も後ろから攻撃してんじゃねーよっ!」

 それだけではない。背後から再び攻撃を仕掛ける椿の攻撃を回転運動でかわし、その背後に回りこむと、首筋を掴んで地面に押し倒す。

「うぐ……っ」

 椿の表情が苦悶で歪む。ミュールを咄嗟に展開したのか、顔だけはざらついた地面からほんの数センチ先で動きを止めていたが、それでも衝撃は免れなかったのだろう。

「椿っ!」

 咄嗟に駆け寄るが、それが間違いだった。それを見越していたように先輩は椿を片手で引きずりあげ、俺に放って寄越す。それを受け止めたところで、大上段に武器を振り上げる先輩の姿が見えた。

 しかし、この動き。狙いは――

「やめろ、カティさん!!」

 俺たちを守るため、先輩にカティさんの炎が迫る。だが、その瞬間、先輩は笑っていた。まるで罠にかかった獲物を嘲笑うかのような、そんな嫌らしい笑み。

 先輩の手から武器が消える。先と同じ、シュトラーフェを一時的に消したのだ。武器を思いっきり振り上げた勢いのままにバック宙でカティさんの炎を回避すると、着地と同時に地を蹴り、一気にカティさんとの距離を零に詰める。

 俺も椿も、どちらも体勢を崩して対処できない。カティさんの方も炎をかわされた以上、アオス・ブルフ本体で先輩と対抗するしかない。しかし、相性があまりに悪すぎる。武器も、能力も、そのどちらも差がある。

 先輩の手に再びシュトラーフェが顕現され、神速の踏み込みによる一撃がカティさんを襲う。アオス・ブルフを反射的に構えるのが見えたが、あれでは防げない。

 時間がコマ送りになったような気さえする。少しずつ、少しずつ、先輩の攻撃がカティさんを刺し貫かんと迫る。

 殺される。このままでは、カティさんが殺されてしまう。連れて行くなどと言っていたが、あれは殺しの一撃だ。

 地面に放り出されていた“識者の叡智”に文字が浮かぶ。それは、俺への判断を問う一文だった。どうしますか、とそう問いかけていた。

 蘇る。地獄のように炎に包まれたその場所で、怨嗟の声を上げ続けるその姿を。

 思い出す。助けを求める少女を前にして、無力感に打ち震えたあの時を。

『どうしますか、マスター』

 本が問いかける。俺の判断を仰ぐ。そうしながら、すでに文章は出来上がっていた。踊るようにいくつも文字が浮かび上がり、俺の朗誦を請う。

「さ――」

 誘われるように上げようとした声は、しかし、途中で止まる。

 カティさんを狙った攻撃は、すんでのところで止まっていた。俺でも、椿でもない。それ以外の第三者の介入によって、一ミリも動かないほどに停止させられていた。

「何をしている、契里」

 低く冷たい声と共に現れたのは、カティさんの兄、エドガー・ブレイズフォード。

 エドガーは、横合いから契里先輩の武器を素手で握り締め、その一撃を受け止めていた。

一先ず一気に投稿させてもらいました。

次から第三章に移ります。

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