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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第二章 交戦
172/215

 悲鳴のような利愛の叫びに、体育館内にいた人々の視線が集中し、それから何かに気づいたように目を伏せる。おそらく、利愛がテレビ越しの光景に恐怖していると思ったのだろう。もちろん、利愛は恐怖していた。そこに映る光景に、少なからず足を運んだその場所の惨憺たる有様に。だが、それよりも彼女が恐怖したのは、その倒壊した家屋の下敷きなっているかもしれない椿とレーヨのことだ。焦り、感情の赴くままにテレビにしがみついてそこを凝視するが、遠すぎる光景が詳細を教えてはくれることはなかった。そのまま映像が流れ、次に映し出されたのは、その柊家を中心として半径百メートル以上に渡って広がった破壊の光景だ。住宅地にある民家が軒並み崩れ、コンクリートの地面が割れ、凄まじい熱量の炎がそこかしこで燃え盛り、絶えずそれは黒煙を上げ続けている。夜の光景とは思えないほどの光量がその場所には広がり、その中で映像の中のある一点に利愛は目を吸い寄せられた。取材陣のカメラマンも気づいていない、本当に映像の中では点のようにしか見えないその場所に、黒衣を纏う人間がいる。見た目も性別も判然としないが、何故だか利愛はその姿に悪寒を覚える。

 やがて映像が別の場所を映す頃になって、利愛は気落ちした様子で友人たちの下へと戻っていった。その痛ましげな背中を不憫に思ったのか、誰かが肩を叩いてくる。利愛が振り返った先には、彼女の父と母が心配そうな表情を浮かべていた。

「利愛……その、友達があそこに?」

 利愛は、その言葉に首を横に振る。いるはずがない。いていいはずが無い、と己に何度も言い聞かせる。あそこにあるのは、レーヨたちの家であることに間違いは無い。だが、あんな手と足しか見えない、ちょっとした光景だけで下敷きになっているのが彼らだと決め付けるのは早計だ。そう必死に納得させようと試みるが、それに反して身体は震え、母に抱きすくめられる頃になって、利愛は縋るようにその身に抱きついた。恐怖と不安で涙が零れ落ち、母の温かな体温に身を寄せながら、利愛は必死になって言い聞かせる。

 生きてる、生きてる、生きてる――。

 自分自身ですらも空虚に思えるその言葉を繰り返していると、不意に彼女の左手薬指から何かが流れ込んでくる。それは指先を通して彼女の全身を駆け巡り、そこにある強い気持ちを想い、利愛は確信した。

「レーヨは……生きてる」

「え?」

 母の身体から身を離し、利愛はエンゲージリンクを目をやる。そこにあるのは、ただの白銀に輝く指輪だ。だが、そこから確かな気持ちの流れが汲み取れるのだ。強く、大きく、温かな、あの少年を髣髴とさせる心休まる強い想い。それが利愛の身体に染み渡り、感じていた不安がどこかへ消えていく。

「レーヨは、生きてる。生きてるよ、母さん!」

「り、利愛? レーヨって、誰のこと?」

 呆気に取られる母をよそに、利愛は喜色満面に叫び、それを見た卯月が呆れたような、けれどもどこか安堵するようにも見える表情で息を吐く。その言葉の真意が分からない他の面々も、彼女が元気を取り戻したことをそれぞれの中で喜んでいた。現利愛と言う少女は、その陽気性ゆえに落ち込んでしまうと他者を心配させる。らしなくないと、そう思わせてしまうのだ。

 だからこそ、彼ら彼女らはこう思う。

 やっぱり、利愛はこうでないと、と。

「そうですよ、リナさん。レーヨさん? は、きっと無事です!」

「お~! 時雨ちゃん、やっぱそう思う? だよなぁ、レーヨがどうにかなるわけないもん!」

 利愛に同調するように時雨がそう励ますと、

「まっ、あんたがそう言うんならそうなんじゃないの?」

 島津が嘆息しながらそう続け、

「柊椿の兄、か。まぁ、柊椿が共にいれば怪我を負うことはないだろうな」

 椿に密かに想いを寄せる玲が上擦った声で言った後、

「俺は――」

「――人間をやめるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! ジョ――」

「違うから! お前は何を良い感じで叫ぼうとしてんだ、現!!」

 最後に締めようとした速水が見事に利愛に言葉を被せられ、そのふざけた様子に卯月が笑い始める。それに伴って場に流れていた重苦しい雰囲気が霧散していき、年相応の幼い笑い声がそこに木霊した。そんな姿を利愛の両親は微笑ましそうに見つめ、周囲の大人たちも楽しげな子供らの様子に勇気付けられる。目の前の恐怖を呼び起こす光景の中で、無邪気な子供の姿は彼らにとって何より折れかかる心を前に向かせる原動力となった。

 だが、それら微笑ましい光景を打ち破るように、その声は轟いた。

「なに笑ってやがるッ!!」

 突如として響いたその声に体育館が静寂に包まれ、利愛たちを睨み付けるように一人の男が現れた。小太りの、どこにでもいそうな普通の男だ。Tシャツと短パン一枚、それから草履という格好を見れば、おそらく着替える暇も無く外に飛び出してきたのだろう。

 その男は、眉を怒らせ、その怒りの矛先を利愛たちに向けている。笑い過ぎて不謹慎だったのだろうか、と彼女らの中でも割と落ち着いた部類に入る卯月がそう考えるが、続けて放たれた男の言葉は、彼女のそんな考えを否定した。

「笑ってんじゃねぇ! この化け物がっ!!」

 はっきりとしたその侮蔑の言葉に利愛が目を見開き、謝罪の言葉を放とうと口を開きかけた卯月の動きが止まる。他の霧生院学園の制服を着た面々も反応は似たようなものだった。告げられた言葉に初め、ぽかんと呆気に取られ、その意味合いがじわじわと身に染みてくるにつれてとんでもない侮辱を受けたのだと気づく。

 そんな風にして固まる子供たちに向けて、男は一気呵成とばかりに言葉を続けていく。

「クラティアだかなんだか知らねぇが、てめぇらあそこで暴れまわってる奴の仲間なんだろ!? そんな奴らがよくも笑えたもんだな、あぁ!? てめぇらみたいなののせいで俺がどれだけ迷惑してきたと思ってんだよッ!!」

 叫ぶ男の発言の全ては、その場の誰にも理解しきれない。利愛たちがクラティアと言う点でこの災害の中心たる存在と同質であることは、間違ってはいない。だが、続く男の言葉の内容は、必ずしも利愛たちに当てはまるものではなかった。この男にも、何かクラティアに恨みを抱く過去があるのかもしれない。何か、反感を持つに足る理由があるのかもしれない。しかし、今この場でそれは関係なかった。その理不尽さを、その場の誰しもが理解していた。

 けれども、誰も口を挟まなかった。

 魔法使いがクラティアと呼ばれ、それを育成する機構が生まれて五十年と少し。長い長い時間の果てに、世間は魔法使いと言う存在を受け入れてきた。いや、受け入れてきたはずだった。その存在は一般的なものとなり、才の無い者でもシュトラーフェとして武具を顕現することで魔術を扱うことを可能とした。ゆえに自分たちは認められていると、そう利愛や卯月、その他のクラティアたちは思っている。

 だが、世間はそう単純ではない。魔術を扱えるのは、やはり変わらずそうした立場に初めからいる者たちなのだ。クラティアとなるのは、魔法使いの名家の生まれなどの魔法使いと何らかの関わりを持つ者が大半であり、世間一般で認知されることはあっても、彼らにとってはやはり物語の中にある存在であることに変わりは無いのだ。

 一般人は、自力で火を操れない。水を扱えない。人は人らしく、真っ当な力だけで日々を過ごし、超人たちの常識に意識を傾けない。

 だからこそ、未だクラティアに対する差別意識は根強く残っている。本人たちもそうと意識していないほどの、人間ではないと言う考え。自分とは別の雲の上の存在であり、言ってしまえば画面向こうの芸能人を見るようなものだ。クラティアが事件を起こしたとニュースで流されても特に何も思わず、それを無意識の内に聞き逃す。自分たちとは違うのだからと、住む世界が別にあるのだからと、彼らは無意識に取捨選択を行い、非日常に在るそれらを放り捨てる。

 結果、それは少なくない差別意識を生んでしまう。化け物だと、そう思わせてしまう。

 魔術技能者養成機関フォルセティに端を発するクラティア・コロッセオの競技としての成功以降、そうした考えは薄れてきたはずだった。だが、誰もがその今や一般的な競技に熱狂するわけではない。仮に熱狂したとして、プロボクサーが一般人を急に襲えば、その人間は問答無用で気狂いの烙印を押されるだろう。それと同じだ。いくらクラティアの差別意識が薄まったとしても、根本的な意識の差異は変わらない。それが今回の事件によって大きく広げられ、結果、それは利愛たちに厳しい現実となって圧し掛かる。

 誰も、男の言葉を止めようとしない。それどころかどこかで納得し、肯定する。彼女たちのような化け物のせいで、こんなところに押し込められる羽目になったと責任を転嫁する。それだけではない。中には、実際に事件に巻き込まれ、家族を失った者もいるのだろう。そうした者たちは、男の言葉に刺激され、瞳に怒りを滲ませている。

 それら全て、利愛たちのような子供にとっては酷なものだった。男の明らかな理不尽さを否定する者はいない。縋るように向けた視線の先で、誰もが目を逸らす。その間にも男の言葉は続いていく。お前たちは化け物だと、人間じゃないと。最後に叩きつけられたのは、

「化け物は化け物と心中してろよ! お前らのせいで俺たちまで巻き込まれたらどうすんだよッ!!」

 そんな心無い一言だった。

 その言葉に卯月は唇を噛み締め、玲は拳を握り締める。島津は詰まらなそうに鼻を鳴らし、時雨は肩を震わせ、速水は口惜しげに視線を逸らす。

 そのあからさまに心を傷つけられた子供たちの中で、彼女だけは違っていた。真っ向から男の視線にその山吹色の瞳を叩きつけ、男に激昂しかけた父を片手で制すると、堂々とした歩みを伴って一歩前に飛び出す。

 その手に魔力が宿り、一瞬のうちに彼女――利愛のシュトラーフェであるカヴァティーナが姿を現す。その二又の剣を怒れる男に向け、幼い少女は、はっきりと告げた。

「――私たちは、人間だよ」

 音が細やかに反響し、体育館全体に響き渡る。カヴァティーナの力によって届けられた声は、迷いも何もないきっぱりとしたいっそ清々しいものであり、それゆえに誰も異論を挟めなかった。迷うことも無く、男の発言に心揺さぶられることもなく、彼女は言い切ってみせたのだ。そんな彼女に、男の言葉に扇動されただけの者たちが何を言い返せると言うだろう。それどころか、自分の意見も明確にせず、ただ一方的に「そうだ」と心の内で唱えた己自身を恥じる。

 だが、男は違っていた。利愛の言葉に多少気圧されたようではあっても、彼は懲りずにまだ彼女たちを罵倒していく。

「に、人間が、何も無いところからそんな物を取り出すかよ!」

 カヴァティーナを指差し、言ってから男は我が意を得たりとばかりににやりと笑う。彼にとっての正義は、どうやら利愛たちを化け物として(そし)ることにあるらしい。

 勝手にやってろ、と利愛は思う。想い人の安否を心配する今、こんな男に付き合ってはいられなかった。言いたいことは言った。ならば、これ以上の言葉は無意味だろう。だが、さらに吐かれた言葉が、踵を返しかけた利愛の足を止める。

「そういや、さっきレーヨとか言ってたなぁ!? どうせそいつも化け物なんだろッ!! いなくなってくれてた方が清々するぜッ!」

 男は、その発言で周囲の人間を完全に敵に回したことに気づいていない。今まで多少なりとも男に同調していた彼らも、先の利愛の様子を知るからこそ、その悲壮さと必死さに胸打たれている。そんな中でその気持ちを踏みにじるような発言は、到底良心的な人間であれば黙って聞いていられるものではなかった。

 だが、そんな彼らが何かを言うより早く、一歩で男との距離を詰めた利愛が底冷えするような声で言う。

「黙れよ」

 利愛は、許せなかった。レーヨを化け物と言われたことではない。いなくなってくれた方が清々する、とそう男は言った。不幸によって家を奪われ、家族を奪われ、名を奪われた。そんな彼がようやく見つけた先すら、安寧の地ではなかった。レーヨは、曖昧模糊とした存在だ。彼自身がそれを自覚している。だからこそ、利愛は「レーヨ」と名前をあげた。記憶と思い出を共有し、確かなその存在を感じ取ったのだ。そんな不安定な彼を、この男はいなくなった方が清々するなどと口にした。何も知らないくせに、その歩んできた道のりの過酷さの一分として理解していないくせに、心を抉るような発言だけを的確に言い当てた。

 それが利愛には許せない。せめてこの場にレーヨがいなくて良かったと、不謹慎にもそう思ってしまうほどに。

「な、なん、だよ……お、俺を、殺すってか……?」

「私の父さんはけーさつかん。んなことするかっつーの」

 殺気とも取れるほどの気迫を瞬きと共に引っ込め、利愛は明るく笑う。言いたいことは言い、ぶつけたい想いももうぶつけた。その上でまだレーヨを小馬鹿にするなら利愛も黙ってはいないが、怯えた様子を見ればそれも無いだろう。ゆえに怒りを消し、笑みを浮かべて男の肩を叩くと、気さくな調子で言ってのける。

「まっ、おっちゃんも色々あんのかもしんないけどさ。お互いここに逃げてきた者同士、仲良くしよーよ。私らで出来ることがあったら手伝うし。魔術って結構便利なんだぞ~、はは」

 器が違う、と誰しもが思ったことだろう。矮小に己の不幸を嘆く男に比べ、利愛はそれを笑って流す懐の広さすらも見せた。その年齢を思わせない姿と、年齢に見合わない姿を見比べ、どっちにつくのが正しいのかを迷う者はいない。もはや、男を見ている者は誰一人としていなかった。馬鹿騒ぎを起こした彼に侮蔑の視線だけを向け、飽いたように人々が散開していく。

 そうして静寂と喧騒の狭間のような何とも言えない微妙な騒がしさの中、利愛の両親は娘の成長した姿に心打たれ、彼女の友人たちは、その姿を呆然と見ていた。同時に、彼らは何となくだが悟ってしまう。

 こんな少女だからこそ、柊椿すらも打ち倒し、学年選抜戦を優勝することが出来たのだろう。

 最初にその光に魅せられた時雨はもちろん、負けた速水は呆れたように首を振り、不戦敗で戦えなかった島津は今さらながらに闘志を芽生えさせる。その中で玲は利愛に近づくと、

「ありがとう」

 とそうはっきりと告げた。返す利愛の言葉はこうである。

「急にきしょいぞ、キノコ」

「だからキノコじゃないと言っているだろう!?」

 卯月の件があるからか、利愛の彼に対する態度は、益々酷いものだった。

 キノコじゃないだろう、とぶつぶつと呟いているマッシュルームヘアの少年を捨て置き、利愛は自分を誇らしげに見つめる卯月にピースを送る。その目は、してやったりとした感が漂っていた。

「ったく、リナってばいっつも後先考えないで啖呵切るんだから! 見てるこっちもハラハラするのよ、馬鹿っ」

 笑いながらそう言う卯月に、利愛も笑顔で返すと、彼女が何かを意図してか振り上げた手を見つめ、自分の手も軽く上げる。

 利愛が近づき、二人はハイタッチを交わすと、乾いた音が小さく響くのだった。

 リナが主人公のようですね。

 少しだけ本作の世界観の世相みたいなものが見えました。

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