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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第二章 交戦
171/215

「クラティア、災害……?」

 聞き慣れないその言葉に利愛が眉を寄せる。その言葉の意味は推し量れるが、クラティアと言う存在と災害と言う言葉が結びつかないのだ。確かにクラティアと呼ばれる魔術を扱う者たちは、人の身を超える力を有している。先ほども彼女の父がやったように空を駆け、火を放ち、水を操ることすら可能とする。だが、それらは決して近代兵器を易々と上回るような力ではない。大砲の威力を実現できるクラティアは稀だ。チーターよりも早く走れるクラティアは稀だ。どんなにシュトラーフェが強力であろうとも、その行き着く先には限界がある。当然、クラティアに地震や台風、津波などの自然災害を現実のものとする力は無い。それに近しい現象は、能力を巧みに組み合わせることで起こせることもあるかどうかと言った程度。仮にそれが出来たとしても、そんなものを実現する者がいるだろうか。

 だからこそ、利愛は納得が出来ない。自身もまた同じクラティアであるからこそ、そんな化け物のような意味合いを持つ言葉は許容できなかった。

「クラティアの中には、私たちの想像も付かないような者もいる。お前は知らないだろうが、九鬼家の子息などがその良い例だ。人の身を超えた彼らは、時として身に余る力を持て余す。その結果、彼らの傍にある全てに牙を向いてしまう」

 そうして向いた牙は、多くの人間を恐怖に陥れ、その存在は人から災害と化す。

「そんな化け物染みたクラティアは、その時点で人間と言う扱いを受けなくなる。一種の災害だと見なされる。それがクラティア災害だ。今はまだ第二警戒体制のままのようだが、後一時間もしないうちに第一警戒体制へと移行することになるだろう」

 利愛には、父の話している内容が分からなかった。第一警戒体制などと言う言葉の意味も知らなければ、語られた内容もいささか彼女の常識を超えている。クラティアが災害として扱われるなど、それこそ本当に化け物のようではないか。

 利愛は、(うつつ)家の人間として生まれ、幼少の頃から魔術に接してきた。その過程でシュトラーフェを拝受され、魔術の力も磨いてきた自負がある。そんな彼女にとってクラティアとは、己を表す呼称の一つであり、魔術とは自身そのものだ。

 だが、彼女の父は言う。大きすぎる力を持つクラティアは化け物だ、と。ならばそれは、いずれは成長して力をつける利愛にも当てはまるのではないだろうか。利愛だけではない。彼女の友達、椿や卯月もまた、父の言い分を鵜呑みにするなら化け物の卵と言うことになる。

 そんな利愛の気持ちに気づいたのかは定かではないが、父は己の失言に察したように口を噤むと、空いた手で利愛の頭に手を載せ、安心させるように微笑んだ。

「全てのクラティアがそうと言うわけじゃない。一部のものがだ。人間誰もが犯罪者になるわけじゃないだろう? クラティアも同じだ」

「それは……そうだけど」

 しかし、それは利愛たちのようなクラティアの理屈ではないのだろうか。

 利愛は、隣を見る。そこには、瞳に怯えた色を浮かべる母の姿があった。彼女は、クラティアである二人と違って普通の人間だ。魔力を持つもののシュトラーフェは持たず、魔術を学んだことさえ無い。そんな母にとっては、自分も、あの炎を放つ存在も大した違いは無いのではないか。

 疑問は心の内で燻り続け、けれどそれを口にすることも出来ず、利愛は唇を噛み締めて走り続ける。そうしていくらか住宅地を抜けた先に、それは見えてきた。彼女がつい数時間前に通っていた場所、霧生院学園だ。そこには、すでに避難してきた多くの人たちが集まり始め、三人が体育館に向かうと、そこには利愛の見慣れた友人の一人がいた。

 霧生院卯月。この霧生院学園の理事長の愛娘であり、淡い群青色の瞳が特徴的な彼女の親友だ。

 卯月は利愛に気づくと、手を大振りしてその存在をアピールする。利愛もようやく落ち着きを見せ始めたた父と母に一言告げ、卯月の下へと駆け寄った。それから二人、両手を合わせて再会を喜び合う。

「リナ、無事だったんだね!」

「卯月こそ! 良かった、携帯忘れたから連絡できなかったからさぁ! それに――」

 そこにいたのは、卯月だけではなかった。そこには、学年選抜戦でも顔を合わせた榊原(あきら)や『五郎丸』と言うシュトラーフェの名前を嘆いていた利愛の初戦の少女、それに不戦勝した島津や、速水と言った顔触れが揃っている。

 そんな面々に対し、利愛は実に彼女らしい挨拶で迎えた。

「キノコに五郎丸にデブにディ――学年四位じゃん!」

「誰がキノコだ!」

「ご、五郎丸はもういいですよ! 私は時雨って言うんです!」

「デブって……さすがに何の躊躇もなく言われたのは初めてだわ」

「っていうかお前、俺をなんて呼びかけた!? 言っとくが俺は人間をやめないからなっ!」

 変わらない利愛の様子にそれを知る榊原と速水が全力で突っ込み、余り面識の無い島津は呆れ、『五郎丸』の少女――時雨は初めて名乗りを上げる。

 そうした四者四様のツッコミを聞きながら、あはは、と利愛は努めて明るく笑う。先の父の一言で芽生えかけた意識が、友人と愉快な知り合いによって緩和されていく。その心地よさが利愛には嬉しかった。

「にしても、皆もこの近くに住んでたんだなー。いやはや、この巡り合わせにリナさんは驚きを隠しきれませんぞ~」

 冗談めかして利愛はそう言いながら、ようやく彼女らしさを取り戻していく。

 口調の一貫しない利愛のマイペースなその振る舞いは、多少なりとも緊張と不安を抱えてここに来た十三歳の少年少女たちの心に言い知れぬ安心感を抱かせ、少なからず因縁のある彼らは自然と頬を緩ませていた。何より、集まっている人間のほとんどが子供よりも大人がいると言う状況下では、さして仲の良いわけではないこのメンバーでも連帯感と言うものは生まれるものである。皆がその場に止まり出し、内心の不安を滲ませながら会話を始めるのも自然なことと言えた。

 そんな中、利愛は姿の見えない友人を思い出し、キョロキョロと視線を走らせてみる。しかし、やはり彼女の姿も、彼の姿もどこにも無い。そうしながら、半ば予想はしているものの、利愛は卯月に聞いてみた。

「卯月、レーヨや椿は来てないの?」

 その言葉に、その場の全員が押し黙った。何の予兆もなく流れ出したその暗く重たい雰囲気に利愛は目を瞬かせ、何か変なことを言っただろうか、と疑問に思う。反応だけを見れば、何やら二人に良くないことが起きたようにも見られるが、利愛のエンゲージリンクは未だレーヨの気持ちを反映している。それは、レーヨが生きていることの証左でもあるのだ。

 だからこそ、問われた言葉の意味が、利愛には見当も付かなかった。

「現利愛、知らないのか?」

 フルネームで彼女の名前を呼び、玲がおもむろに口を開く。そんな彼に目線で続きを促すと、利愛の疑問に答えたのは、彼女の親友である卯月だった。誰もが言い出し辛い状況で、彼女は自らその役を買って出る。

「今回の、この警報……クラティアによる無差別攻撃があったってことは知ってる?」

「無差別、攻撃?」

 父から聞いていた話と利愛は照らし合わせる。クラティア災害、無差別な攻撃、なるほど、まさに天災そのものだ。人も場所も選ばずにただ力を振るう様は、人間的思考が介在する予知が無く、そんな存在を人として扱うことで処理できるかと言えば、おそらく不可だろう。その方法や理由が何であれ、暴れ狂う存在を人とは言えまい。

「クラティア災害だって、父さんから聞いたけど……」

 真剣な卯月の口調に動揺し、利愛の声が尻すぼみする。何故だか、ここから先の話を聞くことが不吉に思えたのだ。卯月の表情が、そこにいる面々の沈痛な面持ちが、利愛にとっては喜ばしくない事態を突きつけるように思えてならない。

 しかし、怯える利愛に反し、卯月はきっぱりとした口調ではっきりとその事実を言ってのけた。

「今回の攻撃は、柊本家……椿と零余さんの実家で起こったことなのよ」

 その言葉に、利愛は何を返すことも出来なかった。微かに開いた唇が震え、目を瞬かせる。卯月の言った言葉の意味が何度も頭の中で反芻し、同時に蘇ったのは、空へと上る青白い光を浮かべた炎がその真下へと落下していく様だった。

 そこにあるのは、利愛が数日前に訪れたばかりの、大切な友人と恋人が住まう場所。

 思わず、利愛は卯月の肩を掴んでいた。焦りによって呂律が上手く回らず、それでも必死になって言葉を紡ぐ。

「ま、待って、ちょ、待ってよ! だって、だってだって、エンゲージリンクはちゃんと反応してる! レーヨは生きてる、きっと椿だって無事だって! な、なぁ、そうだよね?」

 必死になって問いかける利愛に答えられる者など、その場には誰一人としていなかった。その代わり、卯月がある一方向を指差す。そこには、どこから持ち出したのか大型の液晶テレビが置かれ、事件現場を上空から移したニュース映像が流れている。大きなテロップと共に大々的に映されたそこは、利愛が見たことのある街並みとは全く別の崩壊した家屋と木々、割れた地面や土砂によって覆われたものが広がり、その中で唯一、彼女は見た。見覚えのある純和風の建築物。大きな門を潜った先には石畳が敷き詰められ、奥に行けば使用人がいて、玄関の戸がある。それを越えれば、椿を待つ和装の使用人がいて――

「なに……これ?」

 そこに広がるのは、彼女が見たものの面影を持たない、崩壊と崩落に塗れたかつて家だったものの姿だった。屋根が崩れ、障子が破け、縁側は破壊され、池だった何かがある。木々は根元から引っこ抜かれるか、圧し折られており、見事な調和を醸し出していた岩は、ただそこにあるだけで何の意味も為していない。歩いていった石畳、その周辺にある地面は大きく陥没するか、異様な大穴を開き、そんな中で彼女が目にしたのは、倒壊した木材の中から覗く、人らしきものの姿だった。

 その姿に、彼女の見慣れた友人と恋人の姿が重なった。

「何だよ、これっ!?」

 学年選抜戦での登場人物を覚えていますでしょうか?


・榊原(あきら)

 学年次席。椿の後塵を拝し、彼女に憧れを抱きながらもライバル視している少年です。マッシュルームヘアが特徴的。


・時雨

 リナの初戦の相手であり、シュトラーフェの名前で悩んでいた少女です。メガネをかけた地味っ子です。


・島津

 リナに不戦敗した太めの少女です。


・速水

 リナの二戦目の相手です。ちなみにやたらとリナがジョジョネタをぶち込んでくるのは、この少年の名前が『大夫はるお』と言うからです。

 大夫→だいお→DIO、です。

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