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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第二章 失踪者
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 唯一、カティさんだけは俺たちの言葉の意味が伝わっていないらしく、困惑顔を浮かべている。

「確かに人気はないけど、別に珍しいことでもないんじゃない?」

「いえ、通りだけじゃありません。マンションの部屋や他の家々に至る全て、ここには誰もいません」

「え?」

 きっぱりと口にする椿に、カティさんの表情が固まる。さすがに言われた内容の不気味さを理解したのだろう。俺もまた予想していたとはいえ嫌な予感を覚えていた。ここら一帯、俺たち以外に誰もいない。椿は、そう言っているのだ。普通に考えればあり得ないことである。家が何件ある。マンションの部屋は何号室まである。とてもじゃないが、誰もいないはずはない。もう通りに人が通らないこともある、なんてレベルを越えている。

「椿、クラティアじゃない人の魔力も感じ取れるの?」

「はい、意識を傾ければ一応は。人の生活を覗き見しているようで好きではありませんけど。ですが――」

 椿は、頻りに辺りに目を凝らしている。きっと隠された魔力の流れを探っているのだろう。もし事件現場が隠されているとしたら、それは魔術の行使によるものである可能性が高い。その痕跡を椿は探っているのだ。だが、その様子を見れば、見つけられずにいることも分かってしまう。それを行っているかもしれない相手の力量を鑑みれば、それは仕方のないことだろう。

「それでも魔術による魔力の痕跡を感じ取れません」

「ってことは、現場が隠されているか、あるいは俺たちが見つけられていないだけか、判断がつかないな。とにかく、ここは何かがおかしい。改めて俺は帰ることを提案したい」

 俺の再度の呼びかけに、今度は二人も否定の意思は見せなかった。しかし、すぐに肯定の返事が返ってくることもない。それどころかその表情は鋭く研ぎ澄まされ、何か別の気概に溢れている。その目は真っ直ぐに俺に向けられ――いや待て、二人は俺を見ていない。そのさらに先、俺の死角を一心に捉えている。

 二人は何も口にしない。ただ、唾を飲むような音だけが嫌に響いた。

 なんだ? 何故、二人はそんな緊張感に漲るような表情を浮かべる。何故、足を半歩後ろに下げ、何かに備えるような姿勢を取っている。

 それになんだ、この背筋に湧き上がってくる悪寒。

 恐る恐る背後を振り返る。最初に目に飛び込んできたのは、眩いぐらいの夕焼けの色だ。それを背景に控え、影に呑まれるようになりながら、一人の男がこちらに向かって歩いてくる。その顔は、つい最近見たばかりのものだった。

「契里、先輩?」

 契里先輩が近づいてくる。直線距離にして十数メートルといったところ。風に煽られて張り付く前髪を鬱陶しそうに掻き分けながら、彼はどんどんこちらへ歩いてくる。

 考えてみれば、ここは契里先輩の帰路だ。その先輩がここを取っているからと言って何らのおかしいところもない。そう、おかしいところはないのだ。

 ただ、道を歩いているだけであるなら。

 契里先輩の手には、巨大な武器が握られていた。全長二、三メートル。棍の先に包丁を取り付けたようなその武器を、彼は肩で担ぎながら向かってくる。確か、あの形状の武器の名称は、『クト・ド・ブレシェ』。西欧を発祥とする長柄だ。

 来る。向かってくる。武器を握りながら、殺気を撒き散らしながら、契里先輩は迫る。しかし、その動きは、距離を五メートルほど置いて止まった。そのまま、彼はまるで友人にでも接するかのような気安さで声をかけてきた。

「よぉ」

 手を挙げ、先輩は口元を緩める。表情は、質問をしていたときとは別人のように穏やかであり、睨みつけるような視線もない。そこだけを見れば、人の良い先輩としか映らないだろう。だが、その手には武器が――おそらくは先輩のシュトラーフェが握られている。その不一致さが薄気味悪い印象を与えてくる。

 俺も椿も、何度か話したカティさんでさえ、何も返せなかった。先輩の笑顔と武器、身に纏う異様な空気にどう接していいのか判断がつかなかった。

 返事を返せばいいのか、睨みつければいいのか、距離を取ればいいのか、同じくシュトラーフェを出せばいいのか。先輩の求めている答えが分からない。先輩の意図しているものが何なのか、皆目見当もつかなかった。

 そんな中、俺たちの中で最も先に動いたのは椿だった。面識のある俺やカティさんと違い、椿は先輩とは全くの初対面だ。事前に会っていない分、武器を持ち出して現れた存在に対する一切の友好性も示さず、ただ警戒するように一歩前へ飛び出した。その様は、俺を庇おうとしているのは明らかだ。

「兄様、知り合いの方ですか?」

 押し殺したような声で椿が問いかける。その目は俺の方を見ず、先輩の一挙手一投足に注がれていた。少しでも先輩が不穏な動きを見せれば、即座に攻撃へと転ずる構えだ。

 椿に遅れ、カティさんも前に回ってくる。椿に比べて幾分攻撃の姿勢は崩れているが、それでも警戒したように先輩を見ていた。

「ああ、あの人が契里直哉先輩。俺たちが……直接話を聞いた失踪者の一人だ」

 そう説明する俺の声も、自分でそうと分かるほどの緊張を孕んでいる。まるで嘘をついているような、そんな心持ちだ。話していることは全て真実であるはずなのに、自分の言葉がまるで信用できない。口からこぼれる言葉の全てが空気に溶けて消えていくようだ。

「それにしては、ずいぶんと物騒ですね……武器なんて持ち出して」

「そうね。先輩、どういうつもりか説明してもらえますか?」

 二人の少女が勇ましく一人の男に対峙する。二人から明確な敵意を向けられている先輩は、しかし涼しげな表情を崩すことはなかった。笑みは変わらず、少しの緊張も見受けられない。

「どういうつもりも何もなぁ、ここは俺の帰り道だぜ?」

 口の端を吊り上げて笑い、先輩がさらに一歩距離を詰める。だが、その足はそう進まずに止まった。その目は、何かを見つめるように薄く細められ、何気なく目の前の空間に手を伸ばすと、コツコツと指で叩くような仕草をする。何もないはずのそこで、何故か先輩の指がパントマイムのように壁にぶつかるような動きを見せた。

「先輩には、シュトラーフェを出して帰る癖でもあるんですか?」

「あ? あるわけねぇんだろ、そんな癖」

「なら……どうしてそんなものを?」

 先輩の手にある武器を指差す。巨大な、持ち上げるだけでも一苦労な代物だ。

「ああ、これな。これはなぁ」

 先輩の表情から笑みが消える。その目は、教室で見たときと同じく、冷たく鋭いものだった。そこに宿る敵意、殺気。はっきりとそう感じられるほどの害意を纏い、先輩はシュトラーフェを振り上げる。その瞬間、シュトラーフェが膨大な魔力の密度の高まりによって淡い青の光を放った。

「こうするために決まってんだろッ!!」

 巨大な包丁にも似た刃が振り下ろされる。それは一瞬にして目の前の空間を切り裂き、俺たちのちょうど目の前の地面を抉り飛ばした。その衝撃は辺り一帯に大音を巻き起こし、穿たれたコンクリートの破片が舞い散る。

 唐突な事態に椿は目を見開き、カティさんは一瞬にしてアオス・ブルフを顕現する。俺は何も出来ずに硬直したままだった。弾け飛んだ破片は、咄嗟にカティさんが生み出したアオス・ブルフの炎が薙ぎ払う。

「薄壁程度で俺を止められると思ったかよ、クソガキ」

 契里先輩の言葉に、唇を噛み締める椿の姿が見えた。おそらく、先の契里先輩の動きから予想して、椿が自身のシュトラーフェ――ミュールを展開していたんだろう。昨日、俺からカティさんを守ったときにも展開していたと思われる不可視の防御壁。それがあったからこそ、契里先輩は無造作に自身の武器を振るい、それを打ち破った。

 その現実を目の当たりにし、椿が動揺しているのが分かる。俺もまた、少なくない畏怖を覚えていた。椿のミュールの防御力は知っているつもりだ。それをああもあっさりと打ち崩されるとは、俄かには信じがたい。

「兄様、下がってください。この人は……危険過ぎる……ッ」

 今までにない危機感を覚えているのか、椿の口調は聞いたことがないくらいに切羽詰まったものだった。たった一撃、それだけで椿をこうも恐れさせるとは、契里先輩はそれほどに危険な相手なのか。

 いや、そもそも何故だ。何故、先輩がこんなことをする。

「どういうつもりですか、契里先輩! なんで急に俺たちを襲ったりなんか」

「別に急にってわけでもねーよ。それに別にお前らを襲ってるわけでもねーしなぁ。ついでだよ、ついで。特にお前みたいな無能に興味はねっつーの」

 わざと持って回った言い方をする。核心を避け、こちらをからかうように先輩はそう(うそぶ)く。だが、その目が誰を見ているか、それを考えれば分かることもあった。

 先輩の目は、最初に見た時と変わらず、ただ一人を捉えている。炎を纏い、白銀に輝く剣を構える緋色の少女を。まるで獲物を狙う狩人のような、温情の一欠けらもない冷徹な瞳だ。ジッと見つめているのは、興味があったからなんてものではなかった。理由は分からないが、先輩はカティ・ブレイズフォードという少女を狙っているのだ。

「にしても、まさか本当にここに来るとは思わなかったぜ? ちょっとした余興のつもりだったんだからよ」

「余興?」

「ああ。興味を持ってここに来ればよし、来なくても別に構わねぇ。賭けだよ、ちょっとしたな」

「じゃあ、その目的は――」

「もちろん、てめぇらをとっ捕まえて連れて行くことだ」

 先輩の腕がしなる。先とは違い、真横に薙ぎ払うような大振りの一撃。椿のミュールが突破された今、それは何らの抵抗も受けず、俺たちへ襲い掛かってくる。

「兄様!」

「ぐ……っ!」

 咄嗟に反応できない俺を椿は強引に押し倒すと、そのまま椿自身は俺に密着するように姿勢を低く留める。そのせいで強かに背中を地面に打ちつけ、肺から息が漏れるが、目の前を恐ろしい刃が通り過ぎていく現実を見れば、文句を言う気にもなれない。すんでのところで椿に救われたが、あのまま立ち尽くしていたら胴体ごと真っ二つになっていたはずだ。

 こんなとき、鈍すぎる自分の運動能力が疎ましいが、今はそんなことを気にしている場合ではない。それよりもカティさんだ。俺たちよりも後に攻撃の線上にいた彼女はどうなった。

「二人とも早く立って!!」

 頭上からカティさんの声が聞こえてくる。彼女もどうにかして契里先輩の一撃を凌いだようだ。それも無様に動けず、椿に助けられる形で避けるしかなかった俺と違い、指示を出せる程度には体勢も整っているらしい。

 椿の肩を叩き、二人して慌てて立ち上がる。見れば、すでに契里先輩が二撃目の構えを取っている。遠心力と足の構えを利用した円を描くような動き。武器の特性上、そのほとんどが大振りにならざるを得ないはずだが、立て直しが予想以上に早い。加えてあのリーチの長さだ。

「避けるぞ、椿ッ!」

「はい!」

 バックステップで距離を取り、必殺の一撃を回避する。だが、一度避けただけではどうにもならない。契里先輩は、武器を振るった勢いのままに回転し、こちらへの距離を詰めている。まるで大波を思わせる怒涛の攻撃の連続だ。半端に距離を取ってはすぐに捕まってしまう。

「くそ……ッ!」

 悪態をつき、俺は椿の身体を押しのける。押し出される形で椿は先輩の攻撃半径から逃れるが、急なことに体勢を崩し、地面に倒れてしまった。しかし、それを謝る暇もない。すでに先輩の次の攻撃が来る。右斜め大上段から斜め下に振り下ろすような鋭い攻撃だ。

 避けられるか。攻撃の通過する箇所は分かる。だが、俺程度の動きで回避行動に移っても、すぐに合わせられるのがおちだろう。なら、するべきことは一つだ。

 意識を集中する。微量ながらも身体に宿る魔力を掻き集め、それを表出するイメージ。それを頭の中で思い描き、形作る。

 来い――

「――“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”」

 顕現は一瞬、結果は明白だ。契里先輩の攻撃を防ぐ形で現れた俺の武器は、その一撃を受け、俺の身体ごと吹き飛ばした。

 やっぱり、無理か……!

 椿のミュールをぶち破るほどの一撃だ。まともに防げるとは思っていない。だが、ギリギリで“識者の叡智”を楯にすることで刃の直撃は避けられた。一方で代償も大きい。尋常ならざる腕力で振るわれた攻撃は、武器越しとは言え俺の胴体を打ち、地面を思いきり転がした。硬いコンクリートに打ち付けた箇所が痛み、全身が麻痺したように震える。立ち上がろうとして足に込めた力が、直前で抜けていくのを感じた。

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