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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第一章 天児
162/215

 大地を揺らす震動。響きわたる轟音。夜の静寂に響く夏特有の虫の鳴き声から感じられる風情など無視して、ただ無骨な戦場の音が柊家全体に浸透していく。

 全長五メートル、周囲一帯の土塊をかき集めて構成された獣が一歩動くたび、凄まじい地響きが伝わってくる。その足下が揺れるたび、何とも言えない不安感を抱きながら、桔梗は一人の少年が彼女の思惑通りに娘を救いに行ったことを知る。桔梗があの少年に渡したのは、天児(あまがつ)で創った犬型の獣だ。犬と同程度、ただし嗅覚ではなく桔梗の魔力による探知能力を受け継いでいるあの獣は、おそらく椿の下へと少年を運んでくれることだろう。その先にいるかもしれない大和と彼がどうなるかは桔梗も定かではないが、頑張ってもらわなければ困ると言うものだ。何故なら、彼には椿の行く末がかかっているのだから。

 ふと、今回の事態の中心とも思われる大和を思い返す。

(……大和くんがこんな蛮行に出るとはね)

 柊大和が常識の枠を外れた狂人であるなど、桔梗も理解しているし、大和の兄でもある桔梗の夫も理解しているところだ。その上で柊家の血を色濃く受け継ぐ優秀な研究者として本家の地下に特殊な研究所を与え、資金を与え、素材を与えた。彼の研究成果は素晴らしいものがあり、そのおかげで椿は、並々なら無い高い魔力量のみならず、より強く、優秀なクラティアとして成長したと言っていい。

 大和は、柊家には従順であった。生まれた家であることはもちろん、彼の非人道的な研究欲を満たす場としてこれ以上のものは無かったと言っていいだろう。だからこそ、桔梗は解せない。椿に手を出せば、桔梗はおろか、柊家当主をも敵に回すことになる。行き場を失うリスクを背負ってまでどうして彼が椿に固執したのか、桔梗には分からなかった。

(まぁ、それは考えても仕方がないわ。全てが終わった後にじっくり聞くもよし、聞かずに終わらせるもよし。それよりも今は――)

 目の前の戦いに意識を向ける。そこには、黒衣を纏う女性と巨大な獣と言う一種異様な光景が広がっている。何よりもおかしく思えるのは、巨大な獣の力任せの攻撃を黒衣の女性がいとも容易く受け止めていると言う事実だ。何度無く繰り返されるその光景を前に、もはや桔梗は驚くことをやめた。彼女はそう言う存在なのだと理解し、加減も何もなくシュトラーフェを振るう。その一撃が大地を揺らし、地面を抉り、すでに破壊されている柊家に更なる被害を招く。問題なのは、彼女の攻撃で倒れている柊家の使用人や分家の者まで巻き込まれていることだが、桔梗にこれを気にした様子はない。

 もう何度目かになる土塊の獣の一撃を受け止め、それどころかその巨体を逆に押し返しながら、黒衣の女性は、そのローブをはためかせて桔梗の前に降り立った。背後で巨体が倒れ、土煙が巻き起こることも気にせず、敬意を表するように桔梗に問いかける。

「あなた、名前は?」

 戦闘中とは思えないその問いに、桔梗は特に何も考えることなく答えた。

「柊桔梗。けど、名前なんて好きに呼びなさい」

 向かい合い、対峙する。だが、両者共に攻撃には出なかった。桔梗は魔術でこの女性に対抗しきれないことは理解していたし、女性の方はシュトラーフェ無しで彼女と戦う意図はなかったからだ。ゆえにお互い、まるで初対面で友好を図るような気安さと穏やかさで言葉を交わす。

「そう。なら桔梗、私からも名乗らせてもらうわ。私は、アルケー・オラトリオ。マスターから与えられた名はアル。今はアルと呼んでちょうだい」

 アルケー・オラトリオ――その名前は、桔梗にも聞き覚えのある名前だった。あくまでも伝え聞くに止まっている記憶だが、確か五十年ほど前に魔術協会エクレシアから日本に派遣されてきた魔法使いの名ではなかったか。それを思い返し、桔梗はわずかに眉を顰めた。

「何の冗談かしら。アルケー・オラトリオが生きていたとしても、こんなに若いはずは無いのだけれど?」

 その言葉にアルはしばし目を丸くし、それから声を上げて笑う。その声には、どこか嬉しそうな響きを含んでいた。

「意外ね。私のことなんてもうみんな忘れていると思っていたわ。あの大和とか言う男に、桔梗。ふふ、覚えていてくれて結構。でも、忘れてちょうだいな。今の私はアル。ただの、アルよ」

 アルの言葉の真意は、桔梗には分からない。理解するつもりも無かった。ただ、自己紹介は終わり、会話も一定の区切りを見せた。であれば、もはや悠長に待ってあげる必要もないだろう。

 桔梗は、天児を操作する。放たれる能力は同じ、周囲の物質を適当にくっつけ、獣のような人形を創りあげる。いわゆるゴーレムと呼ばれるそれであり、先ほどは獅子の獣を一体だけ創ったが、今度は違う。総勢五体、先の獅子よりも多少は体積を減らしたが、四肢を持つ四足歩行の不気味な獣を形成する。

 これこそ、天児の持つ物質形成とその操作の能力だ。素材は何でもいい。その素材に応じた耐久と力を兼ね備え、そこに魔力を流し込むことで自由に操ることができる。数は桔梗の魔力量と制御能力に左右され、今の桔梗であれば同時に五体は操作できる。

「シュトラーフェ……私の時代じゃまだ出来たばかりだったのよ」

 そう一人ごちながら、アルは自身へと向かってくる獣たちに目をやる。その一体一体、似たような形をしながらも特性や性質は違うようだ。一体は速度が速く、一体は地を抉る深さから重量があるらしい。他の三体もそれぞれの特徴を有しており、それを似たような形にすることで見事に誤魔化している。

 桔梗の狙いを的確に看破しながら、アルは思う。これをただの魔術として行使する場合、どれだけの手順を踏む必要があるか。少なくとも特性を三つは必要とするだろう。『水』、『地』、それから一体ごとの力を高める『火』。

 魔法使いとしても才ある者だけが可能とする領域を、一っ飛びで可能としてしまうシュトラーフェ。彼女の時代にはまだ出来たばかりのそれが、今となっては素晴らしい完成度で目の前にある。

 アルは、それに歓喜する。彼女の智慧(ちけい)が試される。未知が刺激される。叡智が満たされる。

「マスター、私も同じものをちょうだい」

 彼女がそう声に出して呟くと、脳内に了承する意思が届く。そのことにアルは満足げに微笑みながら、目の前にいる桔梗に向かって堂々と、あえて聞かせるようにその名を呼んだ。

「――天児」

 桔梗が目を見開く。それは、アルが彼女のシュトラーフェの名を呼んだからではない。アルに向かっていた土塊の獣たちが、突如として地面から這いだしてきた巨大な腕に動きを妨害されたからだ。その腕は、土塊の獣を一蹴すると、地面全体を抉りとるように砂埃を起こしながらその異様を見せつける。

 地面が揺れ、地割れが起こる。桔梗は逃げるように空へと舞い上がりながら、それを見た。

 全長数メートル。三階建てはあろうかという建築物の高さに匹敵するほどの巨大な土の怪物がそこにいた。それもただの土の塊ではない。魔力によって形を固定され、動きを制御された土人形だ。

(まさか……天児の能力と同じ……?)

 桔梗は、それを信じられないと言った面持ちで見上げる。通常、シュトラーフェの能力というものは個々人で異なっている。もちろん、似通った能力もあるだろう。だが、これほどまで一致した力があるだろうか。感じる魔力も、形成されゆくその姿も、何もかもが桔梗の持つ天児と酷似している。いや、全く同じと言っていいだろう。

 愕然とする彼女の眼前に、アルが舞い上がってきた。完璧な魔力制御で緩やかに宙に浮かび上がり、自身らの高さよりもさらに上にある土人形を眺め見る。その瞳は恍惚とした輝きを纏い、自身で成し遂げた現象に感嘆しているようだった。

「あなたは素晴らしいわ、桔梗。この天児は、私の叡智に相応しい」

「あなたの……叡智?」

 そう言えば、と桔梗は思い出す。アルケー・オラトリオと呼ばれた魔法使いは、エクレシアから正式にこんな風に呼ばれていたのではなかったか。

 その者、あらゆる知識と智慧を蓄え、神の記した万物の理を説く者なり。称して――

「叡智の魔女、アルケー・オラトリオ……!」

「その名は棄てたと、言ったはずよ?」

 土人形が動く。ただ無造作に拳を振り上げ、何の躊躇もなく振り下ろす。それが狙ったのは、桔梗ではない。未だ倒壊を続けている柊本家、さらにはその周辺一帯の敷地全体だ。

 叩き込まれた大質量の一撃に地面がひび割れ、木々が倒れ、塀が崩壊する。それは柊家のみならず周辺地域の道路や住宅地にまで伝わり、そこかしこで悲鳴が上がり始めた。深夜という時間帯ゆえに人気も無かったその近くで、突如として響きわたる轟音がようやく危機意識の無かった一般人を叩き起こしたのだろう。彼らは、巨大な土人形を見上げ、口々に悲鳴を上げている。

 その様子を眺め見ながら、桔梗はまずいことになった、と歯噛みする。このままでは、柊家のみならず、無関係な一般人にまで危害を加えかねない。このアルと言う存在が本当に零余を起点としたものであるなら、その責は当然柊家が負うこととなる。そんなことになれば、柊の名に傷を付けることになる。

 桔梗は覚えている。零余と椿を産んだ時、椿は賞賛され、零余は侮蔑された。それは翻って、彼を産んだ桔梗にまで波及したほどであり、さらには彼女の夫すらも非難された。

 魔力を持たない者、不吉の象徴などと旧家特有の謎の理屈で陰口を叩かれ、陰鬱な気分を味わったことを覚えている。同時に、それこそが柊家として守るべき誇りであることも理解した。世間の評価、それが名家と呼ばれるものには何より大事なのだ。ならば、桔梗もまた、それを重視する。柊のものとして、守るべきものを正しく見極める。

「人の力で暴れられては困るのよ。万が一にでも私のせいにされてはたまらないわ」

 そう嘯き、桔梗は再度天児を生み出した。それも彼女の魔力量と制御能力のギリギリの限界まで振り絞り、アルの生み出した土人形に匹敵しようかというほどの巨大な獅子を生み出してみせる。

 突如として現れた今までに倍するそれを見つめ、アルは笑みを深くする。外れかけていた桔梗への意識をもう一度傾け、土人形の攻撃の方向を変える。

「ふふ、桔梗。あなたって本当に素晴らしいわ。さすがマスターの産みの親ね」

「マスターと言うのが零余のことなら、確かに私はあの子の母親よ。そして母親には、子供を叱る義務があるの。知っているかしら?」

「ええ。子を持たずに死した私でも、それくらいの常識は持ち合わせている。良いわ、親子喧嘩といきましょう。あなたの本気を見せてちょうだい」

 互いの闘志を剥き出しにし、二人がその場を離れるのに遅れ、巨大なニ体の土塊による激闘が始まる。その一歩で大地を揺らし、振るった拳がぶつかるたび、その身から崩れた土塊が下方へと落下していく。それが再度地面を陥没させる頃になって、またも両者は激突し、血の代わりに土を飛び散らせていく。その巨大さゆえに工夫もなければ技もない。ただ質量に任せた一撃が互いを削り、壊し、食らっていく。

 地面が崩壊し、家屋が崩れ、木々が根本から吹き飛んでいく。陥没した大地が割れ、それはさらに大きく、巨大な穴へと変化していく。超重量級のニ体の怪物による戦闘は、もはやそれらだけのものではなくなっていた。その周囲一帯にある空間を根こそぎ破壊し、そこにいた人を際限無く巻き込んでいく。同時、それらの激突音に紛れるように聞こえてきたのは、市全域に渡って鳴らされた警戒警報だ。本来であれば、津波や地震などを知らせるために鳴らされるそれが、今はこの常軌を逸したクラティアたちの闘争によって響きわたっている。

 しかし、その中心にある女性たちは、どちらも悠然とそこに在り、眼下の光景になど頓着していなかった。膨大な魔力を常に操り続ける桔梗にそれだけの余裕はなく、予想以上の力を見せる桔梗の姿に歓喜するアルには、羽虫の行進など意に介する必要も無かった。

(逃げるなら逃げればいいわ。どうせ、全ては無に帰す)

 共に巨大な魔力を手繰りながら、その差は徐々にだが表れ始めている。明らかに桔梗の土塊の獣の再生が衰えてきているのだ。地面から吸い上げる土の量が、土人形の攻撃で削れる量よりも減ってきている。それはひとえに、桔梗が限界に近いことを示していた。そもそもが無尽蔵に近い魔力を放つアルと桔梗では、端から勝負にならなかったのだ。

(まずい……限界が近いわね。なら、一気に勝負をかけるほか無い……)

 自身の状態を正しく把握し、桔梗は振るう攻撃のパターンを切り替える。今まではただの殴り合いに徹していたその攻撃の方向を、土人形の支える地面へと変化したのだ。それもただ攻撃するだけではなく、攻撃と同時に自身の質量の全てを落下させる。巨大な自重は、そのまま不安定になっていた地面を完全に崩壊へと導き、その上に立っていた土人形もその崩落に巻き込まれて崩れていく。そもそもが柊家には地下が存在しているのだ。そんな場所であれほどの質量が暴れ、地面を破壊すればどうなるか。地面の崩壊に伴って土人形は完全に壊れ、加えて大質量の落下に伴って視界を覆うほどの土煙が柊家全体を覆い尽くした。それだけではない。衝撃波が突風となって巻き起こり、それが周囲へと拡散していく。

 その様を眺めながら、アルはパチパチと拍手して見せた。

「あらあら。勝てないと見越して同士討ちに持っていったわけね」

 でも、とアルは続ける。その手には、すでに膨大な魔力が集約しており、続けて放たれた言葉は、桔梗の表情に絶望を宿らせる一言だった。

「――天児」

 巨大な土人形が、再生を果たす。

 もちろん、桔梗もそのことは予想していた。復活するだろうことも念頭に置いた上で同士討ちに持っていった。仮に復活できたとしても、天児で形成した物体が壊れれば、それに応じた魔力を失うことになる。普通のシュトラーフェと違って一回の形成ごとに膨大な魔力を消耗するのだ。その中であれほどの巨体を構築すれば、その消費量は計り知れない。だからこそ、一度壊してしまえば再構築に足踏みすると考えたのだが、アルはまるで迷わなかった。

 それもそのはずだ。アルには、彼女がマスターと呼ぶ黒い球体の中にある存在から供給される膨大な魔力がある。一度失ってもそれは復活し、常に彼女と共に在り続けるのだ。その消費量を気にする必要はまるで無い。

「柊桔梗、覚えておくわ。そして、さようなら」

 迫る巨人の拳を眼前にして、桔梗が思い出したのは、安らかに仲睦まじく寄り添う双子の赤子のあどけない姿だった。

 ある意味で主人公無双(?)の始まりです。

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