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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
七月七日 産声
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 柊大和は、椿に全ての事実を話していった。その内容は、多少、中学一年生の少女が受け入れやすいようにオブラートに包まれはしていたが、事実に基づいた悲惨な内容は正しく伝えられたと言っていい。零余が何故、あの地下研究所にいるのか。それを許したのは誰なのか。そしてならば、椿の前で兄を名乗っていたのは何者なのか。それら全てを打ち明け、教え、その上でこう言ったのだ。

 ――兄を救いたくはないか、と。

 椿が見た零余は、残酷な有様だった。手足は切断された上で別の誰かのもを据え付けられ、髪は伸ばしっぱなしで切られておらず、身体は食事も碌にとっていないのかやせ細っている。手足の分を差し引いてもその身長は低く、双子の椿よりも十センチは下に思えた。明らかに栄養が足りていないのだろう。さらに酷かったのは、何度も呼びかけた椿の声に一度として反応しなかったと言うことだ。心が壊れ、目は焦点を合わせず、かつて守ると言ってくれたその口は、不明瞭な音だけを漏らし続けている。歪な手で地面をカリカリと掻き、何をするでもなくそこに在る姿は、椿に柊家全体に対する殺意を芽生えさせるに十分なものであり、その時の大和の言葉が無ければ、おそらくは激昂して彼を殺していたかもしれない。それほどに零余の姿は、酷かった。ともすれば、椿ですらも兄なのかと見紛うほどに。

 だが、それでもあの地下にいた子供は間違いなく椿の兄だった。姿形は変わっていても、何か心の中の芯の部分で椿は直感したのだ。この人は、自分の兄に違いない、と。それは双子だからなのか、あるいは彼女の想いの強さゆえか。どちらにしろ、あの地下にいた子供が零余であった以上、彼女の前に姿を見せ続けていたのはただの紛い物だった。柊零余を騙る、偽者だ。

 それにもかかわらず、彼は言う。自分は椿を愛している、妹として大事に想っている。

 ふざけるな、と彼女は思い、実際に口にもした。どの口でそんな言葉を吐くのか。椿は、彼が零余の実験に手を貸していたことも知らされた。何より、彼自身が肯定していたではないか。大和の実験に力を貸している、と。それだけ聞ければ十分だった。彼を忌避し、排し、敵として見据えるのに否やは無かった。彼もまた、柊家の全てと同様、零余を傷つけ、その痛ましい姿を作った元凶の一人だ。そしてその一人の中には、椿自身も含まれている。

(私のために……兄さんはずっと辛い思いをし続けてきた。心を、壊してしまうほどに……)

 椿が幼少より受け続けてきた、魔力を高め、安定させるいくつかの施術。それだけではない。柊家の秘術の数々は、彼女に何らの害を与えることなく、ただ彼女の力を強めた。当たり前だ。事前に最も有効なモルモットで再三、確認していたのだから。

 兄は、一体どれほどの痛みを与えられたのだろう。どれほどの苦しみにもがいたのだろう。どれほど涙を流し、悲鳴を上げ続けたのだろう。

 零余は、決して身体が強い子供ではなかった。クラインフェルター症候群と言う特殊な染色体異常によって生まれた彼は、生まれつき身体が弱く、落ちてきた椿を受け止めるだけで精一杯の虚弱な少年だった。そんな彼が、どれほどの苦痛の中を耐え続けてきたのか。そのことを思い、椿は絶望的な気分に打ちのめされる。

(私のせいだ……)

 自責の念は、絶えることは無い。自分がいなければ、と強く思ってしまう。柊椿と言う存在が、柊零余を実験体とすることを決めさせた。もし、零余に魔力があれば。もし、椿に魔術の才能が無ければ。こんなことにはならなかったかもしれない。普通の兄妹として生き、笑い合うことが出来たかもしれない。

 だが、それは五歳のあの日、唐突に奪われた。零余が死んだと言う事実だけを伝えられ、椿は心を失った。大切な兄の死は、彼女の中にぽっかりと空白を生み出し、何も見えない虚無の世界で、偽者の光がその穴を満たした。そのせいで、あんな紛い物を兄と呼んでしまった。

(兄さん……ごめん)

 心の中で本当の兄に謝罪する。彼を捨て置いたこともそうだが、何より彼以外を兄と呼んでしまった自分が許せない。自分にとっての半身、大切な片割れは、あんな嘘に塗れた男ではない。妹のために自分の身すらも投げ打つ、優しい兄だ。

 だからこそ、椿はあの男を許さない。大和を許さない。柊家の全てを許さない。

 大和だけではない。昨日、椿は母である桔梗からも話を聞いた。その際、桔梗は堂々と口にしたのだ。臆面もなく、はっきりと口にしたのだ。

 ――それが零余のためになるわ。一族にとって何ら益を見出せないあの子が、ようやく生きる道を見つけたのよ。

 その時、椿は初めて母に手を上げた。何の手加減もなく頬を打ち、周りの者が止めるまで母に掴みかかった。噛み締めた唇から零れ出た血を吐きながら、悲鳴のような叫びを上げ続けた。

 許せなかった。実の親でありながら、椿を愛していると言ったその口で、彼女の半身を侮蔑するような言葉を吐く母親が許せなかった。

 その後は、父に話を聞くことは無かった。どうせ、返ってくる答えは同じだ。何を聞いても怒るだけなら、それは後にとって置けばいい。

 それよりも今は、椿にはやることがある。

 先の少年を思い出し、その隣にいた少女を思い出す。現利愛。あの嘘吐きに騙された哀れな少女は、幼少から抱いた仄かな想いを勘違いしてしまっている。嘘吐きは、椿の友達すらもその力で絡め取ってしまったのだ。ゆえにまず、椿は彼女を救うと決めた。多少、強引な方法にはなるが、力尽くで叩き伏せ、その上で二度とあの少年に近づかないと言う言質を得る。脅し、屈服させ、無理矢理にでも仲を引き離す。その結果、利愛に嫌われても構わない。どうせもう、この戦いが終われば最後だ。この戦いが終わり、織姫と彦星の邂逅を終えた次の日、引き離されるぐらいなら、それら全てを壊してしまおう。天の川も二人を引き離す神様も何もかも、全て滅ぼしてみせる。

(だから待ってて、兄さん。必ず、助けるから)

 決意を固め、響くアナウンスに従い、椿は控え室の奥へと向かう。そこから伸びる薄暗い廊下の向こう、入場者用のゲートから飛び出した先には、ここ五日間見続けてきた白に包まれた闘技場と、小うるさく騒ぎ続ける観客たち、そして彼女が救うべき友達がそこにいた。

 椿も憧れた山吹色の髪を靡かせ、同じ色彩を持つ瞳に強い意志を乗せ、何の気負いも無くそこに立つ姿は、椿の知る利愛らしい。迷いも不安も何もなく、悠々としてそこにある様は、四日前に見た壇上であわあわとしていた彼女と比べると、まるで違う。人の波に緊張していた癖に、他のことに目が向くと途端にそれがどうでも良くなり、気持ちが別の方に向いてしまう。現利愛とは、そんな少女だ。

「リナ、初めに言っておくよ」

 試合開始位置に着き、椿は平淡な声で言う。それは、試合開始前の勝利宣言であり、彼女の強い意思を表したものだった。

「私は、あなたを助けるために何でもする」

 それを聞き、利愛は目を丸くすると、呆れたように息を吐き出した。

「助けるのはこっちだっつーの。椿、見えてないわけないよな? ホントは気づいてるんでしょ。だったら、目を背けないで」

 その言葉の意味するところに椿が瞳を揺らしたのも束の間、試合開始を告げる重たいブザーの音が鳴り響く。それを受けて大歓声が上がる中で、椿は思う。

 目を背けていないから、自分は戦うのだ。両の目を見開いてしっかりと立つから、もう迷わないのだ。

 試合が始まる。五日間に渡って続いた学年選抜戦決勝戦――波乱を呼び起こした一年生の武闘祭の締めは、耳を揺るがすほどの大音響から始まった。

 次話、リナvs椿となります。

 

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