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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第二章 失踪者
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 契里直哉。フォルセティ三年。ランク十五位。有力なクラティア。性格は粗野だが優しい。初対面の人間の質疑応答に無償で応じる友好性有り。態度の悪さは目立つが、人を不快にさせるほどの振る舞いではない。見た目は平凡。失踪当時の状況は、午後五時ごろ、帰宅途中の人気のない路地裏。意識を失うまでの前後の状況ははっきりと認識しているものの、どういった経緯で意識を失ったかは不明。目覚めたのは同じ場所だが、本人に大幅な時間経過の自覚はなかった。また、意識を失っている間、何らかの夢を見ていた可能性があり、夢で覚えている内容はベッドに伏せた自分と、シュトラーフェに関する話を聞かされていたという二つだけ。話は漠然としていて細かくは覚えておらず、またそこがどこだったのかも分からない。本人にとっては、あくまでも夢を見ていたという認識しか残っていないが、それが夢か現実かの判定は現状では不可能である。

 頭の中で一つ一つ情報を纏めていくと、こんな感じだろう。しかし、やはり事件の表層だけを走っていて、その中心には全く踏み込めていない。唯一、核心部分を思わせる点があるとすれば、契里先輩が夢として語った点であるが、やはりこれも内容としては曖昧であり、何かに結び付けて考えることは現状では難しいだろう。

「他になんか聞きたいことあるか? 俺みたいな失踪者を調査してんだろ。課題かなんかでよ」

「ええ、はい。東堂先生から罰則をもらいまして」

「東堂?」

 俺は無意識にそう呟いてた。聞き慣れない名前だ。そんな先生がいただろうか。

 すると、それを聞きつけた如月先輩が恨めしそうにこちらを振り返りながら答えてくれる。

「国際科コースを担当してるセンセーだよ。カティちゃんも留学生だから、そっちのコースにいるんじゃない?」

「へぇ、この学校って国際科なんてあったのか」

 それは初耳だ。元々世界初のクラティア育成学校とかで外国人の受け入れ体制を万全に整えていた学校である。わざわざ国際科なんて作って細分化する必要があったのだろうか。まぁ、時代の流れやら構造の変化やら色々あるものだ。その流れの中で出来たのだろう、と推測できる。

「今じゃ、他の国にも似たような学校出来て、わざわざフォルセティに留学する必要性がなくなってきたからね~。そんで留学生も減って、受け入れ方を変えたってわけ。どーよ、わたしのこの情報能力」

「ばっちり携帯見えてますけど」

「うぐ……これは、あれだよ。わたしの脳内メモリを超過した分を電子情報として携帯端末に記憶しているだけであってだね」

 如月先輩が何やら言い訳めいたことを言っているようだったが、俺はそれを聞かないことに決めた。

「でも、契里先輩からは十分にお話が聞けましたから大丈夫です。ありがとうございました」

 頭を下げ、カティさんはお礼を口にする。遅れて俺もそれに合わせると、教室の出入り口へ向かうカティさんを追いかけた。背後で如月先輩が別れの挨拶をしているのが聞こえ、軽く振り返って手を振っておく。その時、俺の目に映ったのは、先とは比べ物にならないぐらいの炯眼(けいがん)をカティさんに向ける契里先輩の姿だった。

 思わずごくりと唾を飲み込んでしまう。その眼は、つい最近見た誰かのそれに酷似している。

 反射的に記憶を探ろうとした俺の思考は、初めて向けられた契里先輩の言葉で断たれた。

「調査してるってんなら、俺が浚われた場所に行ってみるのもいいかもな」

「え、あ、はい」

 咄嗟に生返事すると、契里先輩はにやりと笑う。どうにも友好的なものには感じられず、俺は愛想笑いで返すと、慌ててカティさんを追いかけた。

 先輩の浚われた場所の調査か。

 契里先輩の提案を思い返してみる。なるほど、確かに何かの足しにはなるかもしれない。だが、それを俺が積極的にすることはないだろう。とりあえずは、カティさんにその旨を伝えておくくらいでいいはずだ。

 カティさんと一緒に廊下に出たところで、ちょうど椿たちが現れる。椿は、俺の顔を見つけると、なんだか恥ずかしそうに俯いてしまった。俺も思わず顔を背けてしまう。なんだか気恥ずかしい。

 そんな俺たちを見て、恋がほくそ笑んでいる。全ての元凶たるこの女には色々と言いたいこともあったが、今は止めておこう。今は、一先ず調査報告が先だ。

「そっちの調子はどーよ」

 恋が軽い調子で尋ねてくる。言葉に合わせて口から出ている棒つきキャンディーの棒部分が上下に揺れ動いていた。相変わらず大雑把な奴だ。

「今さっき、失踪者の一人と話してきたところ」

「失踪者の一人? どゆこと?」

「帰ってきたんだとさ。そんで、学園に寄ったみたいだからついでに話を聞かせてもらった。聞いたことは、カティさんの手帳に纏めてある」

 恋の目が細まる。見せて、と尋ねるように手を差し出してきたため、返しそびれていた学生手帳を恋に手渡した。カティさんも何も言わない。別に見せても問題ないということだろう。

 ページを適当な様子でぺらぺらと捲り、読み終わったのかも分からないうちに恋は手渡してくる。本当に内容を確認したのだろうか。大した量ではなかったが、パッと読めるものではなかったはずだ。

 そんな俺の疑問をよそに、恋は俺とカティさんの間を抜けてその先にある教室に向かっていった。その背中から妙な緊張感が漂っている。俺もカティさんも目配せを交わし、それからカティさんに問うような視線を向けられたので首を傾げておく。

「おい、恋」

 声をかけるが、恋は振り返らない。近づいて肩に手を置くと、ようやく俺の方を振り返った。

「あん? どした?」

「いや、お前の方こそどうしたんだよ。急に」

 恋が不思議そうにこちらを見つめている。お前は何を言っているんだと言いたげだ。

「そりゃ、お前。ランク十五位なんだろ? 一度は見ておきてーだろっ」

 恋の気の抜けた台詞に、俺は呆れてしまう。いきなり何も言わずに先輩たちの方へ向かったかと思えば、そんなことか。てっきり何か、気づいたことでもあったのかと勘ぐってしまった。

「ミーハーだな、お前」

「なんだよ、悪いかよ。っつっても、ちょっと行き違ったみてーだな。もういねーし」

「は? いや、まだいるだろ」

 俺が教室を出てから一分ぐらいしか経っていない。教室を出るような素振りも見えなかった。

 しかし、恋の肩越しから見た教室には、さっき見た先輩の姿はなかった。契里先輩だけではない。如月先輩もまた、そこから忽然と姿を消してしまっていた。唯一、無造作に引かれた椅子だけが元の場所に戻されることもなく、整列された教室の中にあって存在感を放っている。あそこはさっき、契里先輩が座っていた場所だ。

「いねーじゃん」

「……さっきまではいたんだけどな」

 俺たちが出たところでもう一つの出入り口から出て行ったのかもしれない。でも、それにしたって動きが速過ぎる気がする。

 その時、窓の一番端にあるカーテンが風に揺られているのに気づいた。窓が開いているのだろう。他の窓は全て閉まっているのに、その場所だけ窓が開かれているというのもおかしな話である。

「まさかな」

 不意に浮かんだ考えを否定する。ここは三階だ。確かにクラティアならば可能な芸当かもしれないが、行動としてはアグレッシブ過ぎる。いやまぁ、どちらも平気でしそうな印象はあるけど。

「あーあ、にしてもそっちはいいよなぁ、失踪者から直接話聞けるなんてよ~。こっちは聞き込みだけでつまんねーっつーの。なんで他人の友人関係洗わなきゃいけねーんだよ」

 両手を頭の上に回し、恋がそんな風にぼやく。恋たちの方は、さして大きな収穫と言えるようなものはなかったようだ。

「お前がカティさんを手伝うって言ったんだろ?」

「だってよぉ、こうなんつーの、漫画みてーで面白そうだと思うだろ。なんか事件に巻き込まれていく感じを予想するじゃん」

「恋さん、その予想は不吉すぎます」

 カティさんを手伝うとか言ったときは面白半分だと思っていたが、よっぽどヤバイことを考えていたな、こいつ。事件に巻き込まれていく感じとか、椿の言うとおり不吉なものしか思い浮かばない。こういうのって、漫画とかなら調査中に仲間が失踪していくパターンだ。そうして次々と仲間が消えていき、最後には――そして誰もいなくなった、ってブラックアウトした背景で不気味な白文字だけが浮かび上がる。

 しかし、これは現実。無茶をしなければそんなことに巻き込まれる心配もない。ただ噂好きの人間が子供で出来る限りの調査をしている、その程度で済ませておけば事件に巻き込まれるなんてあり得ない。

 そう、例えば事件現場に自ら赴くとか――

「そうだみんな、これから契里先輩が失踪した場所に行ってみるのはどうかしら?」

 不吉だなんだと盛り上がる俺たちに、カティさんはそんな提案をするのだった。

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