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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
七月六日 真実
144/215

 『国家安全対策室』について少し補足。『存在しない機関』と書きましたが、『開発部門』などは、有事以外では防衛省の「技術研究本部」の一部門として扱われ、年間予算もそこから下りている、と思ってください。

 当然、『開発部門』の研究成果も防衛省直下の自衛隊に提供されています。

 ちなみに「技術研究本部」は、2015年から「防衛装備庁」と名前を変え、防衛省の外局となっています。

 鏡に映る少女の顔は、変わらず山吹色の髪と同色の不思議な瞳をしていた。その目が鏡を通して揺れ動き、長い睫がピンと跳ねている。流れるように揃えた前髪を弄りつつ、少しだけ顔を横に向ければ、肩口付近でウェーブがかった毛先が見える。それを同じく手で弄り、逆方向の髪も同様に揃えると、最後に鏡から距離を取って全体を眺め見る。

 現利愛――霧生院学園の女子トイレで彼女は、これから始まる友人の試合もそっちのけで髪を整え、何か問題になる点が無いかを念入りに確認していた。

 髪は跳ねていない。特に目立つような跡も無い。目やにもついていないし、唇も綺麗な薄桃色だ。しっかりと睡眠を取っているために隈も無いし、疲れた様子も無く、化粧要らずの年相応の幼い顔立ちながらもそこには人目を惹く容姿の少女が映っている。だが、彼女がそんな自分を好いているかと言えば、案外そうでもなかったりする。

 山吹色の髪と瞳。この現家に代々伝わる特質は、彼女の幼少期にあまり良い思い出を残してはくれなかった。整った顔立ちは異性を近づけたが、目立ちすぎる容姿は同性を遠ざけた。かれこれ数年間、利愛がまともに友達と呼べる存在はほとんどいなかった。そんな中で彼女は、人に応じ、変わるすべを身に着けたのだ。どんな他者でも好む人、好まざる人が存在する。そんな者たちに己を合わせ、一方で自由奔放に振る舞っていくうちに、今の現利愛が出来上がったと言うわけである。今では、利愛自身もどの口調が正しく、他者をどう呼ぶことが己らしいのかも分からない。自分すらも見極められないその本当の姿を知るのは、おそらくそうなる以前の彼女を知っている人――柊零余をおいて他にいないだろう。

 鏡に映る自分を最後に確認してから、利愛はトイレから出る。そのまま廊下を進んでネージュの観客席に足を踏み入れると、そこにはもうかなりの人だかりが出来ていた。試合開始間近と言うこともあるだろうが、やはり学年主席にして霧生院の姫の名を冠する柊椿なだけのことはあり、その賑わいっぷりはかなりのものがある。観客席の一部では椿のファンなのか、赤や薄桃色、白色と言った色合いの鉢巻きを頭に巻いた集団が見えた。椿の花にも色々とあり、赤椿、白椿、他にもピンク色の椿などがあり、彼らの鉢巻きもそれに合わせたものだろう。熱心なその姿には一周回って利愛は鉢巻きではなく舌を巻く思いだが、実は彼女も同種のファンを持っている事実に気づいていなかったりする。

 そんな集団とは別にある座席の中、一席だけ空けて座る少年がいる。言うまでも無く、利愛の待ち人である零余その人だ。その隣には、今までいつも共に観戦していた卯月の姿は無い。どうにも彼女は、家の用事で休みということらしい。それは利愛にとっても好都合である。今日の椿の試合の時間中、利愛は誰気兼ねすることなく零余を独り占めできるからだ。

「零余さん、お待たせ」

 両手を後ろに組んで近づく利愛に気づき、零余が軽く微笑む。本当に笑顔の絶えない人だな、と利愛は少しだけ感心してしまった。利愛が知る限り、この少年がその穏やかな表情を崩したことはほとんどない。いつも優しげな表情でそこにいて、だからこそ、幼少の頃、利愛の心は救われたのだ。この笑顔こそがこの少年の魅力だと、利愛は再確認する。

「なんか利愛さん、いつもと違うね」

 ふと、零余は何かに気づいたようにそう言った。その目はジッと利愛の容姿を捉え、何かを見定めている。その視線の強さに利愛は目を若干逸らしながら、恥ずかしそうに問い返した。

「そ、そう?」

「うん。なんだろう……凄く、その、可愛いよ」

 どこか恥ずかしそうにしながらもはっきりと告げるに零余に利愛の表情が真っ赤に染まる。ここまで直接的な褒め言葉を受けるとは思っていなかったため、利愛は零余の隣に腰を下ろした後、しばらく何も言えなかった。スカートの前で組んだ手を一点に見つめ、赤くなった顔を隠してしまう。こんな気持ちは、利愛にも覚えが無かった。

(い、今まで、色々と恥ずかしくなったり赤くなったりはした気がするけど……なんか、ぜんぜん違う……)

 言うなれば、零余から向けられる視線と、感情の違いだろうか。利愛は今まで、零余の言葉に一喜一憂することはあっても、それがただの友人としての好意であり、その延長線上にしかないものだと分かっていた。だからこそ、赤くはなっても卯月のように焦ったり目を合わせることも出来なくなったりしたことは無かったのだ。だが、今の零余の言葉や表情、向けられた視線、声の震えの何もかも、今まで自然と彼の放っていたそれでは無い。そこにはそう、利愛自身でもはっきりと感じ取れる明確な好意の色が見えた。それもただの友愛の情ではない。それを越えた何か、心を満たすほどの思慕の気持ちが。

 勘違いかもしれない、と利愛は思う。一方で彼女は、昨日自分が盛大に放った一言も覚えている。あの一言が零余の中に何か、もしかしたら変革を来たしたのかもしれない。椿の友人という立ち位置から、確かな目線の高さで彼女を見るようになったのかもしれない。

 そう考えれば考えるほど、利愛は零余と目を合わせることは難しくなる。零余の目からその真意を知ることを恐れる気持ちもあるし、何より今の自分の目で彼を見てしまうことも怖い。剥き出しの好意、恋慕の気持ちがきっとそこにはある。

 お互い、何とも気まずい思いで沈黙したまま、アナウンスの声が鳴り響く。入場者ゲートからは、凛とした涼しげな様子を纏う霧生院の姫の一角、椿が現れ、一瞬にして会場の空気を持っていった。歓声が湧き上がり、怒涛の声援へと繋がる中、椿の視線が零余と交錯する。その目が隣に座る利愛を捉え、彼女は何かを察したようにため息を吐くと、特に何の反応も返さずに視線を逸らしてしまった。その様は、無視した、と捉えていいのかもしれない。あるいは、

(さっさと利愛さんを連れて行け、ってことかな……)

 そんな風に零余は思ってしまう。都合の良すぎる解釈のようにも思えるし、同時のあの聡い妹であれば、それぐらいの気を利かせてしまいそうな気もする。どちらにしろ、椿は今、眼前に現れた草薙とこれから戦闘に赴くのだ。その真意を聞くことも出来ず、内心で感謝と謝罪を並行して行うと、零余は思い切って立ち上がった。それだけでなく、利愛の手を半ば無理矢理に取る。

「れ、零余、さん?」

 じっとりと汗ばんだように感じるのは、零余が緊張しているからか、利愛が拳を握り締めてからだろうか。どちらにせよ、それを不快に思うことも無く、零余は利愛の手を引いて立ち上がらせると、少しだけ慌てた様子で言った。

「ほ、ほら、色々と見て回ろうよ?」

 上擦った声が不思議で、握り締めた手の強さに零余自身が困惑してしまう。思えば、昨日のあの一件から零余は不思議な感覚に囚われている。利愛が桔梗に向かって放った一言、告白とも取れるそれは、意外なまでに零余の心に深く響き、それは絶えず鐘を鳴らし続けているのだ。そう、彼女を見た時も同じくずっと、高く高く、はっきりと聞こえるほどに大きな拍動を続けている。感じたことの無い緊張が常にあり、その中で何故か、いつもより利愛が綺麗に見えたのだ。その綺麗な髪色と瞳も、白い肌も、長い睫も、全てに目が惹かれ、そんな自分が分からない。こんな気持ちは初めてで、零余はそれを持て余してしまっていた。

 零余の誘う言葉に、利愛もまた、緊張で身を縮めながら、こくりと頷く。引かれる手から感じられる熱さが、自分の想い人のそれだと分かると、途端に何も言えなくなってしまった。

(やばい……やばいよ、今の私……すごく恥ずかしい)

 零余に手を引かれ、ネージュを後にする。背後に聞こえた重たいブザーの音を最後に、利愛は自分がどこに連れて行かれているのかもまるで理解できていなかった。ただ手を引かれるままに歩き、時折人とぶつかりそうになりながらも進んでいったその先には、色取り取りの花々が咲き誇っていた。

 そこは、霧生院学園の校舎横にある花壇。園芸部が見世物として開いている、花の展示会場だ。咲き誇る花々は土くれの上を様々な色彩で彩り、そこから漂う気品ある香りの数々が鼻腔を擽る。視覚と嗅覚を刺激する色鮮やかなそれらを前に、思わず利愛は息を呑んだ。

 花壇と言っても、よく学校で見られるような小さなそれとはわけが違う。四方十メートルの花畑が一面に広がり、その中で多種多様の花が咲き誇っている。一般的なアサガオやヒマワリを初めとした、白い花びらが羽ばたくように咲いたホオズキ、種々の花が重なり合って覆うように咲いたアジサイ、広がる花が飛沫のように舞うスイレンなどなど、どれもが見目麗しい花の色相世界が広がっている。

「きれい……」

 それを見つめ、利愛はそんな感想を漏らしてしまう。その隣で零余は、クスリと柔らかく微笑んだ。利愛からそんな純粋極まりない一言を引き出したのが嬉しいのか、彼は微笑を浮かべたまま、その花の一群に触れる。

「昔、利愛さんに作ったことあったよね。ここにあった花じゃないけど、冠」

「あ……」

 言われ、利愛は驚く。もちろん、利愛もそれは覚えている。あの頃の記憶はいつも胸に仕舞って大切に保管しているのだ。花で作ってもらった冠のことは、ちゃんと思い出の中にある。それよりも彼女が驚いたのは、零余がそれを覚えていると言う事実だ。彼はちゃんと、利愛との邂逅を覚えていたのだ。

「う、うん! 作ってくれたよ、零余さん。可愛いやつ」

「うん、作った。覚えててくれて嬉しいよ。……だから、さ。覚えてるついでに、お願いがあるんだ」

「お願い?」

 何だろう、と利愛が不思議に思っていると、花からそっと手を離し、零余は言うべきかどうか迷うような素振りを見せた後、はっきりと口にした。

「君のこと、椿たちみたいにリナ、って呼んでも良いかな。幼馴染みとして――俺の、友達として」

 その言葉に利愛が驚き、真っ直ぐに零余を見つめる。だが、零余は自身の発言をした後に何やら慌てだした。それから必死になって取り繕うような言葉を続ける。

「あ、で、でも! 友達って言ったからって、その、昨日のあれを断ったとかそう言うわけじゃないから!」

 その意味するところを考え、利愛はああ、と気づく。どうやら零余は、『友達』と言った言葉が利愛の告白を断った、と受け取られることを恐れたらしい。そのために大いに慌てている様子なのだが、それは逆に言えば、零余自身が利愛にどう見て欲しいのか、何を誤解して欲しくないのかも如実に表していた。

「その……だから、利愛さん。俺、その――」

「リナでいいよ」

 何かを言いかけた零余に自ら待ったをかけ、利愛は言う。

「それから、その続きは待って欲しいの。私、私ね、明日……明日、優勝して、それからまた、零余さんにちゃんと言いたいんだ」

 打ち明けた思いの内は、利愛が常々抱いていた思いだ。明日、七夕のその日、零余に告白する。多少予定がずれて気持ちを打ち明けることにはなったが、それでもその想いは変わらない。今ではなく、明日――織姫と彦星が再び巡り会うように、その日に別たれた二人もまた、明日に別の形で再会を果たす。

 それに零余も気づいたのか、言いかけた言葉を引っ込め、なら、と別の言葉を口にする。それは、利愛にとっても願っても無いものだ。

「俺のこと、零余、って呼んでくれる?」

「うん、零余っ」

 断るつもりなど毛頭無く、利愛は大いに頷く。それを受け、零余もまた嬉しそうに目を細めると、自然と二人の伸ばした手が絡み合い、その花壇に集まっているカップルの少年少女たちがそうであるように、二人でああだこうだと言いながら花を眺め見る。そのどれもが美しく、二人の目を惹きつけて離さない。

 そんな中で、零余は思う。花壇に咲く万遍の花と比べてもなお優雅に美しく、意気揚々と元気な明るい色を輝かせる一輪の花。彼の隣に立つその少女は、そこに咲き乱れるどれよりも美しくそこに在り、彼の心を満たしてくれる。

 あの時も、零余は思ったのだ。

 ブランコで一人、そこに咲き誇る山吹色の花。その花が目に見えて萎れていて元気が無く、だからこそ、零余は水を上げたいと思ったのだ。その花に水をやって、元気に咲くその姿を見てみたい。一輪でも堂々と輝く姿を目に焼き付けたい。その思いは、最後の最後に果たされ、その鮮烈な記憶と共に利愛は零余の下を去っていった。そうして今、再びその花はこうして芽吹き、あの時よりもさらに綺麗に輝いている。

(そっか……そうなんだ。俺はあの時から……リナのこと)

 ようやく気づいたその想いを違和感無く受け入れ、零余は知らず利愛の手を強く握る。しかし、決してそれは痛くするようなものではなく、大きく包み込むように、優しく抱擁するように、握り締めた。

 リナ充 = リナ充実。

 破天荒キャラクター、リナを「可愛い」と思ってくだされば本望です。

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