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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
七月五日 胎動
141/215

 世界はどこかで繋がっている。

 人は誰かを見ている。

 想いは他者と通じている。

 永い眠りから目を覚ましたとき、そこに広がるのは何も無い、ただ白の広がる空間だった。

 明らかに現実の世界ではない。だが、ならば夢の中と言われるとそれも違うように思える。

 では、これはなに?

 目が眩しい。この世界は白すぎる。

 真っ直ぐに伸びた道は先も見えないほどの彼方に続いていて、見上げた空からは高低の感覚すらも感じられない。広がるのは一面の白だけであり、かつて見た木々や山々、草花の自然豊かな景観も無ければ、家々など人間の文化すらも無い。

 それがこの世界――人としての何もかもが存在しない、ただ白亜の虚構だけが広がる場所。

 歩く。

 何も無いその場所を、ただひたすらに歩く。けれど、歩いても歩いてもどこにも通じていないそこは、まるで牢獄だ。自由であるにもかかわらず、自由にはなれない。身体があり、意思があり、思いのままに動けたとしても、何も無ければ自由ではないのだと、そう実感する。自由の意味とは、決して身体の拘束に捕らわれないのだろう。

 これは、そう、心の拘束だ。

 縛られている。

 何かに縛られ、そこに磔にされ、身動きすることすらも侭ならない。

 これは思いのほかきついものだ。なまじ目を覚ましたばかりだから余計に辛い。睡眠と起床の狭間に地獄に叩き落されたような、そんな唐突過ぎる感覚がある。

 本当にここは何も無いのだろうか?

 世の中、虚無と言う言葉は長らく存在しているが、それが現実としてあり得ることは稀だ。何も無い場所、何も無い空間、何も無い世界。そんなものは非現実的な考え方であり――いや、そもそもが視覚の情報として物事を捉えている現段階で言えば、便宜的な光と呼べる存在はあるのだろう。その明度が大きすぎて何も見えていない、そんなところなのかもしれない。

 歩くのを止めた。真っ直ぐに進んでいても何も見えず、その意味を感じられなかったのだ。その代わり、その場所にそっと腰を下ろし、膝を抱えて座り込む。

 あれからどうなったのだろう。

 思い起こされる記憶の果てに、見たくも無い光景ばかりが流れ込んでくる。その一つ一つを見やりながら、ふと気づく。その光景は、決して頭の中で広がっているものではなかった。

 記憶の光景。

 それが今、眼前に確かに広がっている。目の前の空間に自身の記憶が投影され、四角く区切った囲いの中で、まじまじと見せ付けられている。

 ここは、記憶が見られるのか。

 何とも不思議な面持ちでそれを実感していると、それに気づいた。

 歩いてくる。誰かが、自分と同じようにこの白亜の世界を怯えた瞳で歩いてくる。

 少年だ。黒髪黒目、自分よりも小さな身長に可愛らしいと言える顔立ちをした子供。彼は、真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。だが、どうにも彼の目に自分は映っていないようだ。彼はキョロキョロと辺りを見回し、先の自分と同じように膝を抱えて座ってしまった。

 思うところ、不安なのは同じらしい。

 興味が湧き、立ち上がる。向かって歩いたその先で、やはり少年は確かにいた。だが、自分には気づいていないようだ。

 手を伸ばす。触れられた。感覚としては、あまりに普通だ。熱があり、子供の柔らかな肌の感触がある。

 少年がこちらを向く。どうにも気づいていくれたらしい。

 不思議そうな瞳の奥で光が揺れ動き、その先にある深淵がこちらを捕らえて離さない。それに多少圧倒されながら、尋ねた。

「だれ?」

 発した声は空気に溶けて消え、尋ねた言葉は曖昧なままで不明瞭だ。だが、それを受けた少年は、しばらく迷った末に、一つの解を示した。

「れいよ……ひいらぎ、れいよ」

 短く紡がれたその名前は、この世界の主――白亜の虚構に座す者の名に他ならなかった。

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