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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第二章 失踪者
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 階段側の談話室からさして歩くこともなく、先輩と契里先輩が在籍しているクラスにたどり着く。十数分前に訪れたそこは、さっきもほとんど人が残っていなかったが、今や完全に人気がなかった。そんな教室の中で一人、椅子に座って外を眺めている男子学生がいる。あれが契里直哉先輩か。

「ちっぎり~く~ん! 君をお捜しのお二人さん、連れてきたよ!」

「あ? ああ、如月か。つーか、お前眼鏡どうしたよ」

 眼鏡(元)先輩――如月先輩が陽気に手を振って契里先輩を呼ぶ。呼ばれた契里先輩は、それとは正反対の淡々とした口調で答えた。

 第一印象から言えば、普通と言ったところだろう。見た感じはそこら辺にいる男子学生と言ったところだ。顔立ちや身長は平均的なものだし、髪も染めていなければ、アクセサリー類の類もない。いささか今時の高校生にしては垢抜けなさ過ぎている気すら覚える。だが、その目だけは違っていた。こちらを振り向くその瞳だけは、一般的な高校生とは一線を画す何かを秘めている。

「いやぁ、それがさっきこけて壊れちゃってね。ってそうだ、契里くん。いつもみたくパパッと直しちゃってよ。わたしの特性じゃ、眼鏡直せないよ~」

 如月先輩は、ぶんぶんと壊れた眼鏡を振り回す。そんなことをしたらただでさえ壊れているのに余計壊れそうな気もする。

 契里先輩は呆れたような表情を一つ浮かべ、それから立ち上がって如月先輩に近づくと、その眼鏡を受け取った。そのまま一度両手で包むように眼鏡を隠すと、それを契里先輩に放ってよこす。空中に放り出されたそれを如月先輩が受け取り、掌で広げると、見事に眼鏡は完全に元通りになっていた。昨日の椿を彷彿とさせる、いや、それ以上の修復速度だ。まさに瞬く間、である。

「さすがランク十五位……」

 カティさんがまたも唖然としている。俺も椿以上の実力者をこの目で見ることは初めてだったため、少し感心してしまった。

「ったく、三年にもなったんだからこれぐらいは出来るようになっとけよ。特性の不利は、努力と発想でいくらでもカバーできんだからよ」

「いやはや、耳に痛いっ! っと、眼鏡を装着して、と……おぉっ! 見える、わたしには全てが見えるよぉ!」

「今まで何も見えてなかったのかよ」

 近くにあった椅子を乱暴に引き、契里先輩はそこに腰を下ろす。その視線は、すでに如月先輩ではなく、俺たちの方を見ていた。いや、俺ではなく、カティさんの方だ。鋭い視線は、カティさんに真っ直ぐ注がれている。

 まぁ、見るよな、そりゃ。

 しかし、その視線がただの興味以外の何かを思わせるのは気のせいだろうか。ただ目がいったという感じにしては、その視線は鋭利する気がする。

「んで、俺に話があるってのはそこのお二人さん?」

「あ、はい。私、一年のカティ・ブレイズフォードです」

 目が輝いてる。目が輝いてるよ、カティさん。本当に強者であれば誰であれ、興味深々なんだな。

 カティさんに続く形で俺も自己紹介を簡潔に終える。しかし、やはり契里先輩の興味は一向にかティさんにだけ向いているようだ。自己紹介の時も俺の方は見向きもしていなかった。

「俺は、まぁ知ってるだろうからいいか。そんで、なんだ。ここ一週間近く、俺がどこで何してたか知りたいんだっけか」

「はい、その通りです。柊くん、お願い」

 契里先輩の言葉に応じながら、カティさんから学生手帳とペンを渡される。どうやら、今回は俺が記録係らしい。まぁ、契里先輩が完全にカティさんの方しか見ていないから仕方ないと言える。カティさんも自分が注目されていることに気づいたからこそ、その判断を下したのだろう。

 俺は机の上に学生手帳を置き、少し窮屈な格好で二人の話に耳を傾ける。会話の主な流れは、契里先輩が何故今ここにいるかということから始まった。

「何をしてたってもなぁ、俺もあんまし覚えてねーんだよ。一週間前から記憶が途切れてるっつーか、ぶっちゃけ昨日の夜目覚めて家に帰ってから自分の状況理解したばっかりだしよ。今日だって警察に行かされるわ話し聞かれるわで大変だったんだぜ? おまけに親は学校に言って挨拶して来いってうるせぇしよ」

 話す先輩の声は、だんだんと苛立ったものに変わっていく。それはそうだろう。目が覚めたらいきなり一週間も経過して、周りの人間は自分を心配して警察沙汰になっていたりしたら、誰だって困惑し、それから理解不能な事態に苛立ちを募らせる。

 契里先輩の言った内容を簡略化して書き加えていると、横から如月先輩が覗き込んでいた。そう言えば、この人はさっきから静かだな。

「へぇ~、結構キッチリ調べてるんだね~」

「上の内容を書いたのはカティさんですけどね」

 ちょっと見せて、と言われたので学生手帳を半分ほどずらして見せてあげる。少し態勢的には書き苦しくなってしまった。

「それじゃ、契里先輩は失踪していた一週間の記憶が全くないんですか?」

 俺と如月先輩がそんなやり取りをしている間にも、二人の会話は続いていく。

「おう、これっぽちもな。……あー、いや、全くってわけじゃねーか。俺としては夢みたいな気分だったんだが、もしかしたらあれがそうなのかってのはあるんだよ」

「夢みたいな……それって一体」

「さぁな。ただ、俺はなんかベッドみてーなところで寝かされてて、話を聞かされてんだよ。今思い返しても不気味な感じだったぜ」

「なにそれ!? まさかのエロ展開っ!」

 急に如月先輩が大声を上げる。隣で叫ばれるものだから耳が痛い。

「如月、お前はちょっと黙ってろ」

「あうっ」

 立ち上がったと思いきや、如月先輩は額を押さえて蹲っていた。掌から覗くそこは、少しだけ赤くなっている。おそらく契里先輩が何かをしたんだろう。机の上で指を弾くような動作をしているのが見えた。しかし、机の上には、放置された消しクズがいくつか転がっているのみ。あれを飛ばしたのだとすれば、恐ろしい。

 などと馬鹿な考察は置いておき、俺は先の契里先輩の言葉を反芻する。

「ベッドみたいなところ、ねぇ……」

 小声で呟きながら学生手帳にその内容を書き、ついでにいくつかの予想をクエスチョンマークと一緒に記しておく。ベッドのある場所、そこに寝かされた状態。病院か何かが真っ先に浮かんでくるが、契里先輩は怪我をしているようにも見えない。夢だと言っていたが、確かにそうと思えるほどに漠然とした内容だ。

「その夢で聞かされてた話って、どんな内容か覚えていますか?」

「内容ねぇ。なんだったか、シュトラーフェがどうとかそんな話をしてたような気はするんだけどな。正直、大して覚えてねーわ」

「シュトラーフェですか。それってつまり、契里先輩はクラティアに浚われたってことになるんでしょうか?」

「知らねーよ。こっちは知らない間に意識失って、目が覚めたら路地裏だったんだ。くそ、どこの誰だよ。俺が気づきもしないなんてな」

 苦虫を噛み潰したように契里先輩は吐き捨てる。実力もある分、それに対する自負も大きいのだろう。気づかない間にやられていたことが相当に腹に据えかねているようだ。

「それじゃあ、先輩が意識を失う前の出来事を思い出せますか? 何時のどこにいたとか、何をしていたとか、です」

 しばらく痛みに悶えていた如月先輩は、跳ねるように立ち上がり、またも俺の方へ戻ってくる。そうして何故か、やはり学生手帳を覗き込んでくるのだった。さらにはさっきと違って身体を寄せるように近づけてきている。何がしたいんだ、この人。

「先輩、近い近い」

「えー、そんなことないって~。普通だよぉ? 柊くん意識しっすぎ~」

 如月先輩の肩が俺の肩に触れる。男子の平均身長より五センチほど低い俺の身長は、如月先輩とそう変わらない。こうお互いの肩が触れる距離にまで近づくと、横を向いただけでそこに先輩の顔がある。息がかかるほど、というには少し足りないが、それでも睫の長さまではっきりと分かるほどには近い。正直、心なし動揺している。そうとはっきり自覚するほどではないが、若干血の巡りが熱くなったような気がした。

 だが――

「うーん、先輩が相手なせいかそんなにドキドキしない」

「ちょ、それはさすがに失礼でしょ」

「なんか気安いんですよね、先輩」

 最初にアホなテンションで会話したのが功を奏したというか災いしたというか、とにかくあんまりドキドキしなかった。

 ふむ、これなら落ち着いてカティさんたちの話に集中できそうだ。

「え、うそ? こんだけ近くに女の子がいるのに無反応? あれ、上がらない? 興奮しない? ドキドキ――」

「――してますよ、ほどほどに。あと、書くのに邪魔なんで離れてください」

「邪魔っ!?」

 再度、地面に突っ伏す如月先輩。少し言い過ぎたかもしれないが、今は構っていられなかった。

「じゃあ、契里先輩が最後に覚えているのは、家に帰る途中に近道しようと人通りの少ない路地に入ったところまで、なんですか」

 こちらをチラッと一瞥してカティさんがわざとらしく復唱してくれていた。俺が如月先輩と話している間に契里先輩の言葉を聞き逃していたことに気づいていたらしい。有難い話である。ただ、その目がほんの少しだけ冷たいのは何故だろう。さすがに真面目にやっていないから怒ったのだろうか。

 とにかく、カティさんが言った言葉を書き留め、次いで契里先輩へ再確認しながら俺へと渡してくれる情報も追加していく。

 契里先輩が消えた場所は人通りの少ない路地、時刻は午後五時ほど。帰宅途中に起こった出来事であり、その際に何らかの痛痒を受けた記憶もなければ、魔術的干渉を感知もしなかった。全く突然に意識を失い、目覚めたら同じ路地裏におり、家に帰るまでは時間が一週間も飛んでいることにすら気づかなかった。

 無造作に走らせた文字の数々を確認しながら、俺はペンをこめかみに押し当てる。グリグリと回転させるようにそれを動かしながら、頭を働かせていった。

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