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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
七月五日 胎動
135/215

「落葉!」

「霧雨!」

 互いに名を呼び、二人の手元に現れたのは、奇しくも同じ刀の形態を取るシュトラーフェだ。卯月のシュトラーフェ――落葉は、赤みがかった鞘を持ち、大きく二つの円が重なり合うような独特の鍔が特徴的な形状だ。対して玲の霧雨は、茶褐色の鞘に鍔の無い仕込み刀のような形をしている。

 その形状を見て、卯月は訝しむ。鍔が無ければ、刀で打ち合った時に手を守るものが何一つ存在しないのだ。あれでは、鍔迫り合いが成立しない。対峙する武器にもよるが、同じ刀同士の戦闘を想定した場合、欠陥品も良い所である。

(あるいは、そこに勝機がある?)

 武器を繰り出したとは言え、迂闊に飛び出すようなことはしない。互いに鞘から刀を引き抜いた状態で構え、出方を窺うように視線を交し合う。卯月の構えは、『脇構え』と呼ばれる右足を引き、身体を右斜めに向けたまま、刀を右脇に置いて剣先を後ろに下げたような構えだ。これは相手から見て自身の急所が集まる正中線を外すのに加え、刀身の長さを誤認させる意味合いも持つ誘いの構えともされる。一方で玲の構えは、剣の基本、腰元やや高めから相手に向かって剣先を向ける『中段の構え』である。攻守に優れてバランスの良いそれは、剣道の基本ともされ、この構えから卯月の行っているような脇構えや、その他の構えにも移行するとされる。端から返しに特化している卯月と、あらゆる状況に対処しようとする玲。今、互いに幾多もの戦いの道筋を想定していることだろう。

 先に動いたのは、玲の方であった。痺れを切らしたように緊張状態から一歩踏み出し、互いの攻撃圏内に足を踏み入れる。振り上げたそれは、上段から真っ直ぐな一刀。工夫も何も無い純粋とも言えるその一撃を前にし、卯月は微笑さえ浮かべながらこれに応じてみせる。摺り足でわずかに身体の重心をずらし、紙一重で玲の攻撃を回避すると、反撃に出た。

「はッ!!」

 気合と共に息を吐き出し、右斜め下から掬い上げるように胴体を逆袈裟切りで狙う。だが、それよりも一歩早く、玲の一刀が地面を叩いた。その剣士として有るまじきそれに驚きながらも、構わずに卯月が攻撃を行おうとした瞬間、不意に床が隆起したように揺れる。玲の攻撃を受けた闘技場の床が割れたのだ。結果、卯月の攻撃が目的を見誤って空を切った。そのあり得ない事態に驚きつつも、体勢を立て直そうとする卯月の下へ、先の彼女と同じく玲の左斜め下から逆袈裟切りが迫る。それに卯月も素早く応じ、落葉で受け止めようとしたところで、それは再び起こった。

「な……ッ!?」

 まるで弾けるように、玲の霧雨を受け止めた落葉の刀身が砕け散ったのである。そのことに驚くのも束の間、勢いを殺しきれていない霧雨の一撃が、狙いを外れて卯月の防護服をわずかに切り裂く。受け止めた瞬間に刀の軌道がずれたようだったが、今は卯月にはそんなことはどうでも良かった。再度、手元の落葉に魔力を注いで再生を施しながら、咄嗟に玲から距離を取る。その玲は、値踏みするような視線を向けるだけで追撃してこない。剣先は先と同じく腰元やや上からの中段の構え。ゆらゆらと揺れるそれは、『鶺鴒剣(せきれいけん)』と呼ばれる技術だ。自身の次の動作を速め、相手に攻撃の意図を悟らせない。

 しかし、そんなことよりも先に、卯月には理解できないことがあった。それは、卯月のシュトラーフェである落葉が、噛み合うことも出来ずに消し飛ばされたと言うことである。いくら魔力を武器に変えるシュトラーフェであり、玲のそれが学年次席に相応しいものであったとしても、ここまで強度に差が出るとは思えない。となれば、答えは一つだ。

(あれが……霧雨の能力……)

 卯月が覚えている限り、吹き飛んだのは落葉の刀身のうち、霧雨と触れたその部分である。落葉は、そこから一気に砕けた。転じて視線を玲の足元に向ければ、そこには割れた床が見える。こちらもまた、剣身の触れた箇所が割れていた。先はあれのせいで足元を崩されたが、それがただの腕力によるものでないことは見れば明らかだ。

(純粋な破壊力を突き詰めたシュトラーフェ? もしそうなら、鍔が無いことも分かるけど……)

 鍔が無いことに当初は疑問を抱いた卯月だが、そもそも鍔迫り合いが成立しないのであれば、それも納得だ。後は、武器の使用者が気をつけて刀を振るえばいいだけの話である。

 しかし、と卯月は思い返す。その答えはあくまでも漠然としたものであり、明確なものとして出ているわけではない。破壊力がある、とただそれだけでは、確信に足らない。何かもう少し、ヒントを出させなければいけない。そうとなれば、卯月も受けに徹してはいられなかった。

「ふぅ……」

 軽く息を吐き出し、呼吸を整えると、卯月も同じく中段の構えを取る。そのまま両者は、摺り足で互いの間合いを計るように移動しながら、呼吸を読む。攻撃のタイミング、角度、踏み込む位置――それら一つ一つを頭の中に思い浮かべ、次の瞬間、剣を手繰るクラティア特有の凄まじい速度による一進一退の攻防の連続は始まった。互いに互いの隙を突くように剣を振るい、躱し、あるいは応じてみせる。不利であるのは、明らかに卯月の方だ。剣が触れた瞬間に予想通り剣身の一部が消し飛び、多少なりとも軌道がずれているとは言え、急所を狙った一撃が迫り来る。それを強引な形で避けながらも、身に纏った防護服にダメージが加算されていく。この学年選抜戦の勝利方法は、降参ないしは防護服の一定耐久値の超過だ。それは常に数値化されて表れ、仮に小さな傷であってもカウントされる。相手の能力を見極めるためとは言え、卯月もそう何度も攻撃を食らっていられるわけでもなかった。

 やがて、何度目かになる一撃をぶつけ合った後、またも互いに距離を取り、ジリジリと間合いを計りだす。これが剣士のクラティアの戦いだ。共に動体視力、身体能力も互角である場合、剣道の試合のようでありながらも、それを遥か上回る速度での打ち合いが行われた後、静寂が訪れるように互いに隙を窺い、再びそれは激しい攻防のための予兆となる。

 『喧々寂々』――喧々諤々を文字って作られたこの造語は、まさしくこの戦いの在り方を表している。常人からすれば、刀が打ち合うたびに耳を劈く金属音だけが一瞬にして鳴り響き、それは一拍の間を置いて再びの静寂に包まれるのだ。それが何度も断続的に続く様は、まさにその言葉通りのものと言える。

 そんな打ち合いの中で、卯月はある事実に気づいていた。確かに玲のそれは強力なシュトラーフェだが、純粋な暴力、と言う感じではない。刀を受けるたびに霧雨の軌道が変わっているのがその証拠だ。力を増幅させるようなものではなく、より性質的なもの――そう、例えば触れたものを切り裂く、と言ったような印象を受けるのだ。

(あたしの落葉は切られ、床は切られ……それだけじゃない。この防御に優れた服まで切られてる。ここまで来ると、さすがにあの霧雨の恐ろしさが分かってくるよ……)

 言うなれば、一刀両断。剣士としては最も望まれる剣術の在り方を、あの霧雨は体現しているのだ。その恐ろしさは、卯月も身を持って知ってしまった。あらゆる防御は通じず、その一刀の下に全てを叩き伏せる。ゆえにその刀に防御する機能は無く、居合いのような神速の抜刀も必要としない。ただ攻撃性だけを突き詰め、上段から振り下ろすことで最高の力を得るシュトラーフェ。それが榊原玲の霧雨の力だと卯月は仮定する。その仮定は、剣士として戦う卯月としてはあまり喜ばしくないものであり、同時に自身のそれとの相性を思い、口元に笑みを零した。

「落葉――そろそろ始めるよ」

 卯月のその言葉に、彼女のシュトラーフェの刀身が輝きだす。それは武器本来の力ではなく、卯月の魔力に反応して起こった発光現象だ。それは卯月だけでなく、その足元にも伸びていき、やがて玲の近辺にまで広がった時、咄嗟に危機を察知して回避に移ろうとした玲の全身に、それは一気に攻勢を繰り出した。

「く――ッ!?」

 玲の表情に動揺が走り、回避を諦め、それを打ち払いにかかる。一刀両断は、紛うことなくその機能を発揮し、一刀の下にそれ――刀身の破片を打ち払った。だが、無意味だ。いくら切り裂こうとも、いくら打ち払おうとも、零れた破片はまたも卯月の手によって意志を取り戻し、その目に見えない危険な刃先を相対した敵へと向かわせる。

 これが落葉――木々から落ち葉が零れるのは、決して枯れゆくからだけではない。低温や乾燥という厳しい環境条件に耐えるべく、弱い葉を落として休眠に入るのだ。それだけでなく、これらには塩害や虫害による防御反応としても行われる。

 卯月のそれもまた、同じだ。打ち合った衝撃で剣身から零れ落ちた破片は、決して朽ちゆくためではない。降り注いだ刃は絶えず卯月の意思に従い、それが零れ落ちるほど卯月の攻撃手段は増していく。ゆえにこのシュトラーフェは、落葉という銘を持つのである。

「どうやら、君のそれとあたしの落葉、接近戦の相性だけで言えばこっちが不利だけど、能力ならこっちが上ね!」

「ち……く、そ……ッ!!」

 破片の一つ一つ、それも微細なそれとなって襲い掛かるそれらに対処できるはずもない。それどころか、玲が力を使えば使うほど、卯月の放った落葉の欠片はその量を増していくのだ。まさに打つ手なし、その怒涛の勢いに勝敗が決したかと思われたが、不意に吹き荒ぶ風がそれら破片の一つ一つをいとも容易く吹き飛ばした。玲が卯月の能力に気づき、咄嗟に防御のために『空』の魔術特性による風の操作を行ったのだろう。

 賢しい、と卯月は内心で思う。確かに刀の欠片一つ一つを扱える卯月ではあるが、その細かさから風などの影響を諸に受けてしまう。風の中で操作できないわけではないが、それを万全に扱えるほど今の卯月はシュトラーフェを扱いきれていないのである。だが、同時に魔術を行使したと言うことは、それ以外に玲に打つ手が無かったと言うことも意味している。であれば、武器の相性差は変わらずそのまま、玲のシュトラーフェの能力も予想通りと見ていいだろう。

 再度、落葉を構えなおしながら、卯月は次の展開を頭の中に描いていく。眼前の敵、玲がどう出るか。すでに霧雨による攻撃が落葉にとっては攻撃手段を増やすものとなりかねないことに気づいただろう今、玲の出方は二つだ。魔術によって遠距離からの攻撃に特化させるか、あるいは――

「――落葉を操る暇も無いぐらいの怒涛の攻撃を続けるか、ね!!」

 当然だが、無数の欠片を操る落葉の制御は、接近戦で刃を交えながら行えるものではない。何よりその刃が卯月自身を傷つけかねない以上、近接戦闘で用いられる技ではないのだ。そのことに玲はすぐに思い至ったのだろう。地を蹴って加速し、瞬く間に卯月の間合いに入り込んでくる。構えは変わらず『中段の構え』であり、対して卯月は最初と同じ『脇構え』だ。相手が攻撃を繰り出してくると分かり、それと打ち合うことに意味を見出さない以上、一瞬の見切りがこの勝負を決定付ける。

 玲が上段から霧雨を振り下ろす。そのタイミングを完璧に見切り、一気に卯月は攻勢に転じる。型は先と同じ逆袈裟の一撃。これを防ぐすべは、先ほどのように床を割ってタイミングをずらすことだが、卯月はその距離も見据えた上で攻勢に出ている。

 勝った――そう卯月が確信した瞬間、不意に真横を通り過ぎていた霧雨が姿を消した。玲がシュトラーフェを消滅させたのだ。だが、卯月は構わない。その奇妙な行動に頓着せず、一気に落葉を振るう。

 その時、来る勝利に胸を弾ませる卯月の耳に届いたのは、どこか余裕を思わせる玲の声だった

 落葉、かなり能力として気に入ってます。

 卯月と玲の決着の行方は――?


・パペットドール(歩美)

《形態》マネキンのようなお人形。人間大。

《能力》ハイリヒトゥム、シュトラーフェの別なく認識を操る力。開闢時に現れる応身にも作用する。また、自律思考しているため、術者とは無関係に魔術を扱うことも可能。ただし、特化しているのは術者である如月の魔術特性に同じ。


 はい、『識』のクラティア、如月の持つ自律思考型のシュトラーフェ、歩美です。三白眼に甘えたような口調、両手をパンと打ち合わせる仕草、人を食った態度が特徴的な彼女です。作中でもかなり突出して目立つ部類に入るキャラクター性を持っているんじゃないかと思ってますが、どうでしょう。

 何やら『桜色の少女編』終盤で雄輝たちと共に現れましたね。学園を自主退学扱いになった如月たちはどうなったのでしょうか。

 さて、シュトラーフェの紹介なので、そのまま歩美の紹介ですが、まぁ、基本的にお菓子好きですね。あとテンションが高く、自由奔放です。生まれて六年の六歳児でもあります。一応、ご主人様の如月大好きです。ふざけた態度取ってますけどね。好物はシュークリームです。

 必殺技は、『烈風殺戮拳』です。またの名をコークスクリューパンチです。


 ちなみに今さらながらに『緋色の少女編』の零余が彼女の能力について気づいたことの補足説明をさせてもらいますと、

1、如月本人がいたこと

2、シュトラーフェだけに作用していたこと

 がまずキーですね。

 一つずつ細かく見ていくと、まず如月は歩美と一緒に現れました。本当に五感を操れるなら、一緒に現れる必要はありませんね。でも、現れました。ここで零余が地下施設の構造に言及していましたが、万が一、歩美がエドガーに突破された場合、直線コースでまた如月に出会います。結果、如月はまた歩美を呼び出します。

 はい、無意味ですね。ですから如月は、エドガーだけは先に行かせました。

 当然、ここに零余は疑問を抱きますね。そこで不思議なのが、五感を操れるのに何故、エドガーに突破される可能性があるか、と言うことです。普通に考えて五感を操られるなら、仮に断罪の雨で魔力の流れを断ち切られても関係が無いですし、そもそも見ただけでシュトラーフェの術中に嵌ると言う点に矛盾しますね。

 これに加えて零余は、如月が姿を隠していないことに違和感を覚えました。普通に考えて五感を支配できるなら姿を見せ続けることは愚策でしかありません。結論として『如月は姿を消せない』 = 『五感の支配は完璧でない』となります。

 次いで見るべきがシュトラーフェの誤認ですね。五感の支配と言いながら、歩美の能力はシュトラーフェだけに作用していました。それこそ、零余の五感を完全に操っていませんでした。視覚情報を著しく狂わされたわけでもなく、ただシュトラーフェに関することだけ誤魔化されていました。

 これらを総合して、彼は結論として歩美の能力を言い当てたことになります。

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