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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
七月四日 遭逢
132/215

「誰がキノコだ!?」

 打てば響くように返ってきた突っ込みに利愛が胡乱げな視線を送り、椿は表面上は笑顔を浮かべつつ内心で面倒臭がりながら、卯月だけは厳しい目を玲に向けている。その理由は、次の玲の言葉で明らかになる。

「全く、今は柊椿にも現利愛にも用が無いんだ。今は君だよ、霧生院卯月」

「え、何? キノコ、卯月に告んの。身の程考えろよなぁー。まずそのキノコ取ってきなよ」

「告るか!! あと誰の頭がキノコだっ!? っていうか取れるか!!」

「いや、分かってんじゃん。自分で頭がキノコだって分かってんじゃん」

 玲をからかい倒す利愛をよそに、零余は椿に耳打ちする。

「知り合い?」

「ううん、顔見知り程度だよ。学年次席の、何だか私にライバル心持ってる人」

 椿の簡潔な紹介に零余は肯きながら、利愛の追求を避けて卯月に視線を送っている玲を見る。利愛などは冗談のように告白だと言っていたが、その目に宿る光はそんな甘酸っぱいものではない。もっと単純な、敵意や闘志といったものだ。もしかして、と零余が疑問に思った直後、玲は卯月に指を突きつけ、堂々の宣戦布告をした。

「明日の試合、僕が勝つ」

 それだけを言い残し、玲は踵を返して去ってしまう。利愛は何も言い返さない卯月に促すような視線を送るが、彼女が何も言うことは無かった。ただ去っていく後姿を見送り、悔しそうに唇を噛む。自身の実力を正しく把握しているからこそ、そこに確かにある差を実感しているのだ。玲は学年次席、対して卯月は学年六位。おそらくは、椿に対する牽制も兼ねて卯月を名指しで勝利宣告をしたのだろうが、それを笑い飛ばせないほどに明確な実力差がある。

 しかし、何より卯月が悔しかったのは、実力差があると分かっているからこそ、何も言い返せなかった自分にあった。万が一、堂々の宣言をした後にあっさりと負けてしまい、零余に幻滅されることを恐れてしまったのだ。そんな己を恥じ、何より許せなかった。

(……全く、ホントなんでこんなあたしが凛々しいんだか……)

 そう自嘲気味に思ったところで、俯いた卯月を覗き込むように零余がしゃがみ込み、視線を上に向けてくる。その突然のことに卯月は大きく動揺し、目を見開くと、そこで零余はふっと気の緩んだ表情でエールを送る。

「勝敗に関係なく、思いっきり頑張って。俺、絶対応援するから」

「――――――」

「あぁ……またこの兄さんは……」

「う、卯月だけずるい! 明日は私も試合なのにぃ、きぃ~~~!」

 頭を抱える椿とわざとらしくハンカチを噛む利愛、そんな彼女たちの反応も目に入らず、ただ卯月の目には、目の前の少年だけが映っていた。その笑みに勇気付けられ、卯月は自分の間違いを悟る。堂々の宣言をしたからと言って、この人は幻滅するような人じゃない、と気づいたのだ。

 だからこそ、彼女は遠ざかる玲の背中に叫ぶ。

「榊原! あたしも、負けないからっ!」

 その声を受け、振り返った榊原は、その目に好戦的な色を浮かべて去っていく。

 これで期せずして、舞台は整ってしまった。卯月には、端から優勝するつもりは無かったが、あの学年次席に大見得を切ってしまった手前、もう優勝する気が無いなど言っていられない。優勝候補の一角に喧嘩を吹っ掛けたのだ。彼に勝つということは、優勝のすぐ傍まで駒を進めると言うこと同義である。

 同時に、卯月はある一つの思いも抱いた。それをするには未だ想いも勇気も足りないが、一つの目標として持つには十分なものと言える。

(あたしも……してみようかな、告白)

 卯月には、胸の内に渦巻くそれがどう言った感情なのか、まだ判断がついていない。零余に憧れを抱く気持ちはあるし、他の男子とは違うと確信を持って言える。声をかけられればドキドキするし、隣に座ったりしたら目も合わせられなくなる。それでも四六時中彼のことばかり考えているかと言うと、そう言うわけでもない。ただ、ふと思い出した時に胸が温かくなり、利愛と楽しげに話しているのを見たときは苦しくなったりもする。

 卯月には、やっぱりこの感情に答えは見つけられない。それでも、一つの指標として持つ分には、大きな想いだと言えた。ゆえにその想いを糧にして、彼女もまた優勝を目指す。

 そんな決意を秘めているとは知らないだろう利愛に視線を送り、負けない、と内心でそう口にする。もちろん、届かない思いに利愛が気づくことも無く、再び聞こえてきた騒がしい声が一回戦第四試合の始まりを告げた。

 入場者ゲートから出てきたのは、今度は少女同士のペアである。どちらも身長は同じぐらいだが、片方は驚くべき巨体だ。まるで饅頭を思わせる彼女は、ノシノシと真っ直ぐに試合開始位置に着くと、威風堂々とそこに立つ。相手選手と言えば、それに若干押されていることは明らかだった。

「今度はまた、面白い組み合わせだな」

「学年順位五位の島津さんと、十位の内田さん。ここははっきり言って、見るまでもないかな」

「どっちが島津さん?」

「大きいほう」

 ああやっぱり、と思う零余であった。身体が大きい、と言うよりは恰幅が良い、端的に言って「デブ」と表現できる体型ではあるが、その堂々とした佇まいは、零余ですら並々ならない相手だと言うことが分かってしまう。一方で内田と言う少女は線も細く、目の前の巨体に怯えているような節すらあるのだ。気持ちで負けている以上、彼女に実力差を上回るだけの奇跡を起こせる可能性は低いだろう。

「相っ変わらずデブいなぁ、島津。シュトラーフェも鎖鉄球だし」

「鎖鉄球って?」

 聞き慣れない単語に尋ねる零余に、利愛は両手を使って説明を始める。その右手を上に向かってクルクルと振り回し、左手はその右手の下方で何かを引っ張っているような動作をしていた。その仕草と名前からある姿を思い浮かべ、漠然とだが零余も得心が行く。つまり、鎖の先端に大きな鉄球がついた武器のことなのだろう。それを振り回して戦うのが、あの島津と言う少女の戦法らしい。

「なんか、らしいね」

「でしょ、零余さん。結構豪快だから見物だよ」

 へぇ、と零余が感嘆の声を上げつつ、戦いの始まりを待つ。すぐにもブザー音が鳴り響き、それは始まった。

 試合が開始した瞬間、それは現れた。島津と言う少女の両手に零余がイメージしたとおりの鎖と、その先に巨大な鉄球の付いたシュトラーフェが現れる。それをぶんぶんと空中で島津が振り回すと、凄まじい大気の振動が巻き起こり、触れもしない段階から内田が大きくの仰け反っていた。迫力と圧力に押されたのだろう。それでも咄嗟にシュトラーフェを顕現した辺りはさすがだが、明らかにその手に現れたのは近接武器である小太刀だ。あれでは、島津のシュトラーフェとの相性は最悪かもしれない。

(ただし、初手を防げれば話は変わる)

 二人の様子に視線を送りながら、零余はそう予想する。

 もし島津の一撃目を回避することが出来れば、内田は即座に距離を詰めることで正気を見出すことが出来るだろう。だが、それは島津が一撃目を放てばの話である。あのように頭上で大きく回転するように振り回し続けていれば、内田は迂闊に近づけない。一方で、これはまた戦法としては不安が残る。この膠着状態で問題となるのは、あの巨大な鉄球を振り回し続ける島津の体力についてだ。いくら身体強化を施せるクラティアとは言え、あの鉄球をいつまでも振り回し続けていればいずれ体力が尽きる。そうなれば、有利になるのは内田の方だ。

 ゆえにここで、お互いにこれからの展開を予想していることだろう。初撃、打って出るのは島津の方だ。これに内田が上手く応じられれば勝機は内田にあり、万が一対応に誤れば、勝機は島津へと移る。

 しかしこれもまた、武器の特性だけに焦点を当てて考えればの話だが。

 零余は気づく。島津の動かす鉄球の勢いが大きく、激しくなっている事実に。それは徐々に圧力を増していき、零余が瞬きした途端、一気に巨大化して半径数メートルの大きさに膨らんだのだ。

「あー、出た。島津の『鉄墜』」

「て、っつい?」

 聞き慣れない言葉に再び聞き返す零余に、これまた利愛が得意気に答える。

「鉄球の墜落、略して鉄墜。まぁ、見たまんまっす」

 その利愛の言葉に続いて響いたのは、巨大な鉄球が大地を揺るがす凄まじい轟音だった。その一撃で闘技場の床が大きく陥没し、腰を下ろした観客席がビリビリと震える。その力任せの一撃に観客全員が息を呑み、さすがにこれはまずいのではないか、と焦りを覚え始めた頃、鉄球の大きさが元に戻り、そこから腰を抜かした内田の姿が現れた。彼女は、ギリギリのところで鉄球の落下地点から逃れていたらしい。いや、逃してもらった、と言う方が正しいのか。

 再び島津が鉄球を振り回し始めた頃になって、内田は慌てたように大声で叫ぶ。それは、この試合の終わりを告げる一言に相違なかった。

「なんか……あの子と利愛さんが戦うような気がする」

「奇遇だね、兄さん。私もそんな感じがする」

「って言うか、島津の実技成績は三位だったから、上がってくる可能性は高いよ」

「それ以前に私、もう一試合戦う必要あるんだけど、まぁ確かにそんな感じはするかも」

 そんなどこか予感めいたものを四人は覚えながら、終わりを迎えた一年生の試合とそれに続く二年生の試合の間に出来た休憩時間を経て、彼らは激化していく闘争の宴に時間が経つのも忘れてのめり込んでいくのだった。

・トラヴィアータ

《形態》剣

《能力》不可視の剣を生み出す、あるいは針状にして降り注ぐ。有効半径はエドガーから約五メートルほどであり、その範囲内であればどこへでも剣を降り注げる。ただし、剣として顕現する場合、針として降り注ぐ場合のどちらにしろ、一度消してから再展開すると言うプロセスを必要とする。

《技》

・断罪の雨……針状にした剣を降り注ぐエドガーの得意技。誰が名前を付けたのか、いつのまにか呼ばれるようになった。ちなみにエドガーの迷言「罪は流血によって洗われ、剣は墓標のように突き立つ」の基である。

 筆者曰く「いつかあの迷言を零余にいじらせてやるんだ」とのこと。

 エドガーと零余の会話を書くのは結構好きです。

・横時雨……断罪の雨を『空』の特性を用いて方向を変えて降り注ぐ技。特性魔術の利用で威力が上がる反面、エドガー自身の消耗も激しいので、使う機会は少ない。


 はい、『緋色の少女編』序盤の強敵、エドガーのシュトラーフェです。見えない剣と降り注ぐ針のコンビは、割と強力だと思っています。ただ、弱点を言えば、遠距離攻撃に極端に弱いことですね。“爆轟の奏歌”は遠距離で戦う相手を自身の攻撃半径に引きずり込むハイリヒトゥムですが、こうした力を使われれば、エドガーは苦戦します。有効半径外からの攻撃に滅法弱いですからね。接近戦専用のシュトラーフェ、と言ったところでしょうか。

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