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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
七月四日 遭逢
130/215

「…………」

 鏡の中にいる自分の姿を眺め、椿は見惚れるように立ち尽くしてしまった。そこにいたのは、普段の自分とはまるで違う、別世界の住人のような出で立ちをした愛らしい少女だ。頭部から生える黒いネコミミが不自然にならない程度の大きさで主張し、少しだけスカート丈の気になるメイド服から覗く艶かしい素足が健康的な色香を放っている。照れたように頬を染めて見つめる自分は、何だかいけない雰囲気を醸し出していた。

(こここ、これはまずいっ!)

 そう本気で思う椿だが、着てしまった手前、どうしようもない。今さら脱ぐことも出来ず、しばらく悶々と悩んだ末に、彼女は大きく息を吸い込むと、意を決して専用のパンプスに履き替え、外に出る。その瞬間、多くの生徒がその手を止め、息を呑んだ。特に男子の大半が出てきたネコミミメイドを目にし、隣に立つ別のネコミミメイドを一瞥して叫ぶ。


「チェンジで!」


「死ねっ!!」

 バシィン、とトレイで豪快に殴りつけられる男子生徒だが、その目は何故だか満足そうだった。

 そんな様子を曖昧に笑って見つめながら、椿は戸惑ってしまう。皆の視線が一点に注がれ、不安になってきたのだ。まさか、自分の着方に何か間違いがあったのだろか、と途端に怖くなるが、それは肩に手を置いてきたあの案内してくれた女子生徒によって解消された。

「ちょ~良いにゃ」

 グッと親指を突き出した仕草と共に言われた心からの賛辞を受け、椿がホッと胸を撫で下ろす。同時に気づけば、見たことも無い女子生徒たちが彼女の周りに集まり始めていた。彼女らは、口々に椿を褒め、その邪気の無い様子に椿はどんどん身を縮こまらせていく。そんな中で男子生徒たちと言えば、遠目から椿を眺めるばかりでどうにもアプローチに困っているようだ。

 だが、そんな男子生徒たちの中で一人、椿の前に歩みを進めた者がいた。マッシュルームヘアの髪型に、細い瞳が特徴的なその少年は、椿の前に進むと、その姿を鼻で笑う。

「ふん、良い格好じゃないか、柊椿」

「榊原くん……」

 そこにいたのは、椿も良く知る人物だった。この霧生院学園の一年生であり、入学当初から椿の後塵を拝する学年次席の秀才、榊原玲である。彼は、常より自身を上回る椿を目の敵にし、何かあるとこのようにちょっかいをかけてくるのだ。

 そんな変わらぬ同級生の様子に内心で嫌気が差しながら、表面上だけは椿は愛想良く接することに決めている。今回もまた、侮蔑的な視線を受けても表情一つ変えず、笑顔で応じてみせると言う完璧な対応をしてみせた。

「どう、似合うかな?」

 そう笑顔で特に他意も無く尋ねれば、何故か玲は焦ったように顔を逸らしてしまう。

「知るか!」

 誤魔化すように放たれた言葉に、周囲の女子生徒たちが微笑ましそうに笑っていた。彼女らには、この光景が「感想を求める彼女」と「素直になれない彼氏」とでも映ったのだろうか。もしそうだとすれば、椿は冗談じゃない、と思う。彼女にも嫌いなキノコぐらいはある。

「まぁでも、柊椿! そんな風に遊んでいるようなら、この選抜戦は僕も楽が出来そうで何よりだ!」

「榊原くんもクラスの手伝いをしてるんじゃないの?」

「なっ!? そ、それは……それとこれとは別だろう!?」

 どう別なのかじっくりと話し合いたい椿ではあるが、やはりこのキノコは嚥下しきれないだろうと止めておいた。その代わり、ニコッと作ったような微笑だけを浮かべ、口にする。

「選抜戦、お互い頑張ろうね」

 それだけを言い終え、椿は相手にしていられないとその場を去ってしまう。その後姿をその少年がどこか憧れにも似た面持ちで見ていることには、彼女はまるで気づいていなかった。

 カーテンで仕切られたそこから顔を覗かせ、椿は店内となっている教室の様子を伺う。そこには、いくつか四角く並べられた机と、その席に座る男子学生たちの姿が見える。その中、一人のネコミミメイドと談笑している零余の姿があった。彼は、何故か席を同じくしたネコミミメイドと笑顔で言葉を交わし、時折お互いに声を揃えて笑い合い、如何にも仲良さげな雰囲気を宿している。初対面であるはずなのだが、そうした壁は色々と突破してしまっていた。

(ま……また、あの兄は……っ)

 椿は、兄の持つ悪癖が遺憾なく発揮されていることに頭を抱えてしまう。どこで身に着けたのか、柊零余と言う人間は、とにかく初対面の人間の受けが良いのだ。特に女子から好意的な印象を得やすく、小学校の椿の友人たちの中で彼と会ったことのある少女は、声を揃えて言うのである。

 椿のお兄さん格好良いね、と。

 それだけならまだしも、中には幼い想いを告げる者までいる始末。おかげで椿と言えば、それを牽制したり、いなしたり、応援する振りをしながら気持ちを逆方向へ持っていったりと苦労するのである。別にそれは、彼女たちの邪魔をしているわけではない。兄のことを思えば、半端な恋心は痛みを伴うからだ。

 そんな零余の話術なのか雰囲気なのか良く分からない力に当てられ、今もまた、一人の少女が陥落しかけようとしていた。その頬が零余の一言一言で徐々に乙女の様相を呈していき、そこに慌てて椿が駆け込んでいく。病気にしろ何にしろ、発症前に叩くのが良い治療法だ。

「んん……兄さん?」

「あ、椿」

 そうして咳払いと共に椿が現れれば、席に座っていたネコミミメイドはその椿の可憐な姿に圧倒されたように立ち上がり、敗北感に涙を滲ませて去ってしまった。どうやら手遅れだったようだが、発症後でも即座に潰してしまえば傷は浅いはずだ。

 そんなことよりも今は、椿にとっては注がれる零余の視線が気になって仕方なかった。所在無さげにもじもじと足をすり合わせ、少しだけ俯いたようにしてスカートの前で手を組んでしまう。そこに着けられたシュシュを弄びながら、零余の言葉を待つ。

 だが、彼の言葉が届けられるより早く、その声が大きく響いた。

「帰ったぞ~、ネコミミたちよ」

「ちょ、ちょっと、リナ。やめ――ってえぇ、な、なに、君たち!?」

 開かれた教室のドアから堂々とした様子で足を踏み入れる利愛と、入った段階で多くのネコミミメイドに囲まれた卯月の姿が目に飛び込んでくる。その瞬間、椿はサッと身を伏せてしまった。机の足の間から二人を見つめ、パニックに陥ってしまう。

(な、なんで二人がここに来るの~!?)

 そんな椿の様子に気づいた零余が曖昧に笑い、その肩に手を伸ばして一言告げる。

「いいじゃないか、似合ってるんだし。利愛さんや卯月さんにも見てもらおうよ」

「そんな問題じゃない! こんな姿見せられるわけ――はっ!?」

 そう全力で突っ込んでしまったところで二人の視線が零余に注がれ、それから机の下に身を伏せたネコミミメイド姿の椿を捉えると、その目が薄く細められた。案内に出たネコミミメイドを利愛が押しのけ、憧れの眼差しを向けるネコミミメイドを卯月が脇に追いやり、只ならぬ雰囲気を宿した二人が人を寄せ付けず、何だか危険な雰囲気を宿す兄妹に近づいていく。

「「椿」」

 見事に揃った声に椿がびくりと肩を震わせ、誤魔化すように笑って立ち上がると、その肩に二人の手が置かれる。

「「兄妹でそれはない」」

 再びの心を抉る発言に、椿がグッと机に突っ伏した。

「おはよう、利愛さん、卯月さん」

「はよざいまーす、零余さん」

「おはよう、零余さん」

 無情な発言に倒れた椿をよそに、二人は零余と挨拶を交わし、自然な様子でその席に着く。椿が顔を上げる頃には、三人の視線は彼女に注がれ、その目が嫌な光を宿していた。そのことに戦慄し、椿は逃れようとするも、それより一歩早く零余によって手を掴まれてしまう。

「まぁまぁ、椿。折角だし、注文ぐらいは聞いてくれてもいいだろ?」

「い、いいい、嫌! 私、着替えてくる!」

「はっはっは、にゃん語を忘れてるよ。メイドさん」

「兄さん!」

 冗談めかして言う零余に合わせて二人のにまにまと状況を面白がる視線に晒され、椿は確信する。自分が逃げられない蟻地獄に嵌ってしまったことに。どう言う経緯で利愛や卯月がここに来たのかは分からないが、この友人二人がこの状況を見逃すはずも無い。もし椿が逃げようものなら、その学年選抜者に選ばれた身体能力で邪魔をしてくるだろう。

 その事実に椿は心の中で涙し、仕方なしに形ばかりの給仕を行うことにした。

「分かった……分かったよ。それで、何にしますか、お客様?」

 だが、その問いに誰も返答しない。それどころか明後日の方を向き、口笛を吹いている者までいる始末だ。その意味するところは、先の零余によってすでに示されている。つまり、にゃん語とやらを話せと言う無言の圧力に他ならなかった。

 椿は思う。ここでそれを口にすればどうなるか。おそらく、今後長い間、友人たちは彼女のその発言をからかい続けるだろう。それは恐ろしい未来予想図だ。だが、同時に期待するような目を向ける零余の姿を見てしまい、椿は震える声でそれを口にした。

「にゃ、にゃにににゃさいますか、ご主人さみゃ……?」

 その少し行き過ぎた感のある発音に利愛は噴出し、卯月もサッと目を逸らす。ただ零余だけは、常と変わらぬ笑みを浮かべたまま、メニューを開いて注文していく。すっかり食べ物関係は後で回すと言う考えは忘れてしまっているようだ。

「じゃあ、俺はコーヒーで。二人はどうする?」

「ぷっ……くくく、わ、私は、オレンジジュースで」

「あたしは、紅茶かな」

「かしこまりましたにゃ……ご主人様……」

 肩を震わせながら、椿はげんなりした様子で注文を聞き終えると、厨房の方に戻っていく。その姿をジッと見つめ、利愛は何かを思いついたように指に手を当てると、卯月の肩を軽く叩いた。そのままジェスチャーで椿を指差し、次に自分たちを指差す。その仕草を見て、卯月は言葉を当ててみる。

「私たちも、着てみない?」

「オー、イェス! どーよ、よくね? 私たちもネコミミになりませんか?」

 そうノリノリで提案する利愛だが、卯月の反応は素気無いものである。丸きり相手にされないことに利愛は多少肩を落としながら、のっそりと立ち上がると、ぼそりと呟いた。

「いいもんいいもん。でも卯月、私たちがネコミミになって帰ってきたら、卯月だけ霞むけど、良いんだね?」

「はぁ? 別に霞んだって何とも――」

 そこまで言いかけて、卯月は気づく。普段ならばともかく、ここには零余がいるのだ。そんな中でもし、椿だけでなく利愛のような綺麗な女の子がネコミミ姿になったとしたらどうなるか。まず間違いなく、普通の格好をしている卯月の印象は薄くなり、利愛の方にばかり零余の目は行くことだろう。それはつまり、利愛と少なからず差をつけられることを意味している。

 その事実にたどり着いた卯月の反応は早かった。

「れ、零余さん、あたしたちもちょっと、着替えてこよっかなぁ~」

「え? 卯月、霞んでもいいんでしょ?」

「うっさい。リナは黙って。ほら、行くよ」

 そう言うと、卯月は利愛を引っ張って椿を追いかけてしまう。それを零余は、何を言う暇も無く見送ると、次いで注がれた教室内の他の客の視線に気づいた。それだけではない。卯月に群がっていたネコミミメイドたちの視線もそのパーカー姿の少年に注がれている。まるで値踏みするような視線を受けながら、零余は思った。

(何でも良いから、早く誰か戻ってきて……)

 この少年は、自分の周りにいる美少女たちがこの学園でどれほど有名なのかを余り熟知していなかったのである。

 そんな居た堪れない気持ちの中、程なくしてトレイを三つほど持ったネコミミメイドたちが厨房の方から飛び出してきた。最初に、諦めたのか慣れた様子の椿の姿が並び、続いて堂々とした利愛、それから恥ずかしそうに俯きながら卯月が飛び出してくる。注文通りのメニューを運んでくるそんな三人を視界に入れ、思わず零余は息を呑んだ。そこにいたのは、まさしく彼の理想としたネコミミメイドたちだったからである。

 最初を彩るのは、清楚なイメージを持つ艶やかな黒髪に合うネコミミメイドの椿に、次いで快活な印象もそのままに山吹色の髪に不似合いな黒いネコミミ、しかしそうした違和感を吹き飛ばす笑顔を浮かべる利愛、その殿を務めるのが最もこの場で恥ずかしそうに頬を赤く染め、スカートの丈を頻りに気にしている卯月の姿である。それらを一様に目に入れ、零余だけでなく、その場にいた他の客たちも見惚れているようだ。しかし、そんな観客たちなど気にせず、少女たちの視線はただ一点、椅子に座って三人を出迎えるご主人様(、、、、)に注がれている。

「……お持ちしましたにゃ、ご主人様」

「コーヒーだにゃん、ご主人様っ!」

「う、うぅ……にゃん語とか無理だよぉ……にゃ、にゃん」

 あはは、と三人のその様子を笑顔で出迎えながら、席に座らず、見せびらかすようにして立つその姿を見て、彼女らが待ち侘びているであろう言葉を零余は送る。

「三人とも、よく似合ってる。可愛いよ」

 その言葉に椿は呆れたようにため息をつき、利愛は目に見えて嬉しそうに身をくねらせ、卯月は目を点にしたままカチコチに固まってしまうのだった。

・アヴェルテレ

《形態》斧、機械的なつくりをした斧

《能力》増幅と減少。武器形態の解除。


 恋のアヴェルテレです。能力は、増加ではなく、増幅と減少です。色々な応用力の利くシュトラーフェとして創っているので、今後の展開次第でお披露目することになるかもしれません。

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