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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第二章 失踪者
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 カティさんに借りた学生手帳と携帯を返し、時計を見る。放課後を終えてすでに一時間半ほど経過していた。色々と聞き込みをしていたせいでかなり時間を食ってしまったようだ。一人の失踪者に対してこの時間となると、もう一人を加えれば三時間ほどか。さすがに今日はもう、聞き込みも無理だろう。

「そろそろ椿たちと合流するか」

「そうね。さすがに今からじゃ、校舎に残っている生徒もいないだろうし、聞き込みは無理ね」

 んー、と肩を解すようにカティさんが伸びをする。ずっと同じ姿勢で俺が質問した内容とその応答を書いていたから疲れたのかもしれない。

「疲れた?」

「ちょっとね」

 携帯を取り出し、椿に連絡を入れる。無料通話アプリを展開し、そこに落ち合う旨の連絡を入れておいた。さほど間を置かず、すぐに返信が返ってくる。

『分かりました、すぐに落ち合いふへらぼへぶびほ――すぐに行きますわ、兄様』

 ……………………。

『お前、恋だろ?』

『何を言っていますの? もう、変で馬鹿で変態な兄様』

 ぜってぇ違う。これ絶対うちの妹と違う。

 恋のやつ、何を遊んでるんだ。しかし、これはこれで面白いかもしれない。少し乗ってやるか。

『そうか。椿だったか。悪いな、疑って』

『ええ、ほんと。今度疑ったりしたらぶち殺しますよ』

 あんにゃろう。

『しかし、あれだな。お前、なんか口調変わった? そんなお嬢様口調だったっけ?』

 そう返信すると、今まで即座に返ってきた返答がわずかに遅れる。

 恋のやつ、なんか考えてやがるな。はてさて、どう応じるか。

『そ、そんなことないでごわすよ』

「それは迷走しすぎだろっ!?」

 つーか何で文章内で動揺まで表してたんだ! わざとか、俺に突っ込ませるためにわざと書いたのか!

 俺の突然の叫びにカティさんがビクッと肩を震わせる。

「ど、どうしたの?」

「い、いや、こっちのことだから」

 くそ、恋にしてやられた気分だぜ。しかし、こちらも受けてばかりはいられない。もっと積極的に攻めねば。

『ああ、そんな感じそんな感じ。それでこそ、うちの妹だ』

 相手のボケにあえて乗っかってみる。ふふ、不用意な口調を使った己を悔やむが良い。そのノリを続けられるなら続けて見せろ。

『はぁ? なわねーだろ。萎えるわ、椿に変わる』

「あんにゃろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「ひゃわっっ!? な、なんのよ、さっきからっ!」

 や、やばいぞ。すぐにでも誤解を解く内容を書いておかないと。

 指が滑る。焦っているせいだ。そのせいで文章が打てない。ここで何か打っておかないと――

『さっきのは恋さんが書いた文章で、って書こうとしたんですけど……そうですか、私のイメージは力士さんなんですか。そうですか……もう、私は兄様の可愛い妹じゃないんですね』

 あ、妹だ。これうちの妹だ。やばいやばい。落ち込んでる。すごい落ち込んでる。

 ふぅ、と息を吐き出し、心を落ち着かせる。ここでこそ問われる兄力。兄とは、妹を受容し、許容し、抱擁する存在である。妹のあらゆる部分を受け入れ、それを正しく導いてあげることこそ兄の本命。正しき在り方だ。

 文は決まった。後は打つだけだ。

『違うよ。椿は、俺にとって……そう、花の椿のように可憐な愛らしさを持った存在さ。さっきのは誤解させたみたいだね。けど、安心して。椿は俺にとっていつまでも可愛い女の子だよ』

 どうだ、俺の改心の一文!

「ひ、柊くん、なに書いてるの?」

 訝しんで覗き込んできたカティさんがドン引きしていた。だが、ここで怯むわけにはいかない。俺も男だ。傷ついた妹を救うためなら臭い文だろうとドン引きするほど恥ずかしい文だろうと送って見せよう。

 送信、と。

 ふぅ、これで妹も機嫌を直したはずだ。

『いや、おま……うん、なんかごめんな。さっきまでの、全部アタシなんだ……。わるい、その……一生もんの恥、出来ちまったな』

「………………………………」

 あ、あ、あいつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!

 こ、ここまで虚仮にされたのは初めてだ。これは何かをしてやらないと気が済まない。だが、このままアプリでやりとりを続けていても俺に不利な条件が重なり過ぎている。これは、直接対決こそが望ましい。

『食堂で落ち合おう。話がある』

 簡潔にそれだけを送る。もう、他の言葉は要らないだろう。

『∑d(≧▽≦*)OK!! 』

「……カティさん、行こうか」

「え、ええ、でも柊くん。なんか、顔が怖いわよ?」

 ああ、そうか。怖いか。そうか、ふふのふ。待っていろ、パーカー棒つきキャンディー男装美少女め。俺が正義の鉄拳を食らわしてやろう。

 そう意思を固め、俺は歩き出す。だが、数歩と進まないうちに引き止められることとなった。

「あ、いたいた! おーい! そこの君らーーっ!」

 カティさんと二人目を見合わせ、他に誰もいないことを確認してから振り返る。見れば、廊下の奥の方から誰かがこちらに向かって駆けてきている。手を振るその姿は、さっき見たばかりのものだった。

 確か、契里先輩の友人で、情報通を自称していた女子生徒だ。名前は――なんだっけ? 聞いたはずだが忘れてしまった。眼鏡をかけているから眼鏡先輩と呼称しよう。眼鏡先輩は、両手をぶんぶんと振りながら走ってくる。だが、そんな不安定な走り方をしたためか、途中で躓いて転んでしまった。その拍子に眼鏡が顔からすっぽ抜け、見事にそこへダイブしてしまう。

 ……今、何か嫌な音がしたような。

「あーっ!? め、眼鏡が……如月の眼鏡が……」

 割れた眼鏡を抱え、眼鏡(元)先輩は涙ぐむ。そんなに大事ですか、その眼鏡。

 眼鏡が壊れてショックを受けていたようだが、すぐに眼鏡(元)先輩は立ち直ったようで、すぐに立ち上がって駆け寄ってくる。しかし、眼鏡がないせいかその動きは覚束なかった。どうやらかなり目が悪いようだ。

 仕方がなくカティさんと一緒にこちらから近づいていくと、勢い余った眼鏡(元)先輩が俺に突っ込んできた。

「おわっ」

 押し込まれそうになったのを何とか受け止めると、眼鏡(元)先輩は気恥ずかしかったのか、照れ笑いを浮かべる。俺は、その肩をそっと押しやって立たせてあげた。

「ご、ごめんね~。っとと、それよりもそれよりも! ちょ~ビッグニュースがあるのっ!」

 眼鏡(元)先輩は、スカートが舞い上がることも気にせず、その場でクルリと一回転すると屈託ない表情を取る。聞き込みをしているときもそうだったが、陽気性の気質が振り切っている人だ。行き過ぎて若干、うざいくらいである。

「ビッグニュース?」

 カティさんが聞き返すと、眼鏡(元)先輩の表情が待ってましたと言わんばかりに輝いた。

「おー、いぇ~す! 二人はさ、契里くんのこと、調べてるんだよね?」

「あ、はい。そうですけど」

「ふっふっふ、こちとらビッグニュースを持ってきましたのよぉ~。実はね、なんとね」

 パンと両手を打ち合わせ、眼鏡(元)先輩はグイッと近づいてくる。一々その仕草の一つ一つが芝居がかっていて面倒くさい。

「帰ってまいりましたよ! 契里くんがっ!」

「帰って……えぇ? それ、本当ですか?」

 念のために眼鏡(元)先輩に確認してみると、彼女はなんだか物足りなさそうな表情を浮かべる。俺の反応があんまり期待に沿わなかったようだ。

 つんつん、とカティさんに肩を突かれる。さっきと同じようにやれ、と言うことらしい。

 ったく、しゃーねーな。

「ん、ごほん」

 一度咳払いし、俺は仕切り直した。

「ホントですか!? マジっすか、先輩!」

「そーそー! 本当に帰ってきたんだよ、さっき契里くんがっ!」

 あー、面倒くさい。

 この先輩、情報を提供してくれるのは良かったんだが、分かりやすいリアクションを取らないと途端に反応が鈍くなるのだ。さっきの会話の中でもノリノリで会話に応じてくれるときとそうでないときの差が激しかったために違和感を覚えたのだが、その正体はこれだった。自分のテンションに応じてくれる人に対してのみ、かなりの友好性を発揮するみたいなのだ。

「だからほら、契里くんに色々と聞きたいんじゃないかと思って捜しにきたんだ。教室で待っててもらってるんだけど、どうする?」

 カティさんの方を見る。カティさんは、うんうん、と何度も頷いていた。どうやら、話を聞きに行くことに異論はないらしい。

 カティさんがそれで良いのなら俺の方も特に断る理由はない。後で椿たちにもこのことを伝えておこう。

「でも、良いんですか? 契里先輩に迷惑がかかるんじゃ」

「あーいいよいいよ。契里くん、なんか全然無事そうだしぃ。なんかね、自分もどこで何してたかはあんまし覚えてないんだって~」

 来た道を戻りだした眼鏡(元)先輩だが、やはり眼鏡がないせいか抜き足差し足になっている。俺には分からないが、眼鏡をかけている人からすれば、眼鏡のない状態と言うのは恐ろしいものなのだろう。しかし、いくらなんでもここまでゆったりと進んでいるのもじれったいな。

 俺がそう思っていると、カティさんも同じ考えだったらしく、眼鏡(元)先輩に駆け寄ってその腕を取った。

「行きましょう」

「お~、さんくす」

 結局、そのままカティさんが先輩を連れて行くような形で教室へ向かうこととなる。その間にも先輩はテンション高く色々と話しているようだったが、その相手はカティさんに任せておいた。俺は、その間に椿へ連絡を取ることにする。今度は失敗しないようちゃんと電話で、だ。

『あの……兄様』

「ああ、椿か。うん、声からして椿だな。椿で……良いよな?」

 何故か不安になってしまう。椿の声のトーンがいつもより抑え目だったこともあるのだが、やはり一番は恋の成り済ましを警戒してだ。携帯電話の音声は、コードブックにある二千五百種類の声の中から最も似ているものが選ばれていると聞く。つまり、俺の今聞いている声は椿のものではないということであり、本当に椿かどうかは確実ではないのだ。

『はい、椿ですけど……あの、その、ああいうことを書かれるのは困ります。いえ、決して嫌というわけではないんですけど……誰かに見られるかもしれませんし、その』

「は? なんかわからないけど、とりあえずそっちに行くの遅れると思う。もしあれだったら、こっちに合流するか?」

『え? あ、はい。どこに集まればいいですか?』

 椿に契里先輩の在籍する教室を伝え、俺は通話を切る。それからそっと携帯を握り締め、短く息を吐き出した。

「ふぅ…………」

 あっぶねぇ……。何とか誤魔化せたか? 何とか誤魔化せたか? くそ、恋のやつめ。完全に椿、動揺してたよ。後でまた追及されかねないから、対策を考えておかないとな。

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