⑤
初めに言っておきます。
決して五郎丸選手をディスってるわけじゃないです。マジ、ホント。
「あうち!」
「いたた」
ガンッ、と中々に小気味の良い音を立てて二人が頭をぶつけ合い、地面に倒れる。それに伴って観客席からは笑いが巻き起こり、それを聞きながら利愛はぶつかった相手の方へと視線を向けた。そこには、先ほども見た対戦相手の姿がある。黒髪黒目、日本人と言った感じの特に目立つところの無い少女だ。頭を痛そうに抑えている仕草まで特徴が無い。いかにも陰に隠れてそうな雰囲気がある。
その少女は、利愛の視線に気づくと、何故かぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、謝るのこっち。ごめんね~、前見てなかったんだぁ」
利愛は気楽な調子で謝罪を述べ、立ち上がって少女に手を伸ばす。その手を取って少女も立ち上がると、お互いに笑い合い、それぞれの位置に着いた。ちょうど対峙する距離は二メートルほど。試合が始まればすぐにも攻撃が可能となる距離だが、それまではいくらか話すことのできる距離でもある。未だ流れない試合開始のアナウンスを待ちながら、利愛は少女に話しかけることにした。
「初めまして!」
「え! は、はじめ、まして?」
礼儀正しく挨拶から始める利愛に呆気に取られたのか、少女は声を上擦らせながら同じく挨拶を返す。急に声をかけられるとは思わなかったのだろう。そんな慌てた様子を微笑で迎えながら、利愛は控え室からずっと気になっていたある端的な質問を投げかけた。それは、利愛が彼女のデータを見たときから思っていたものだった。
「ねぇ、シュトラーフェの名前、なんて言うんだっけ?」
「シュ、シュトラーフェの名前、ですか? そ、その、『五郎丸』、です」
その瞬間、利愛の表情が一変した。ニコニコと明るい表情が一転、眦がつり上がり、告げられた試合開始のブザーの音とほぼ同時に少女へ詰め寄る。その余りの形相に少女が慌てたように距離を取ろうとして尻餅をつくのも気にせず、彼女を見下ろした利愛は、はっきりと一言だけ告げた。
「ダサい!」
「え?」
その張り上げた大声に少女が呆気に取られるのも構わず、彼女は腰を下ろして少女と目線を合わせると、指を一本立てて言う。
「五郎丸は無いわ~。それは女の子として無いわ~」
そう何の躊躇もなく告げられ、少女の瞳に涙が浮かぶ。よほど打たれ弱い性格をしているのだろう。反論することも出来ず、ただオロオロと利愛に圧倒されるばかりでその五郎丸を出すことも忘れてしまっていた。一方で利愛もまたシュトラーフェを出すことを忘れている辺り、これが作戦というわけでもないのだろう。
利愛は本気で思っているのだ。その名前はダサい、と。再考の余地あり、と。
そんな二人の様子に、試合を楽しみにしていた観客から野次が飛ぶ。早く試合をしろ、シュトラーフェを見せろ、と当然のその言葉に、利愛はくわっと目を見開くと、立ち上がってその観客たちに指を突きつけ、荒々しい口調で怒鳴りつけた。
「うるせぇ、今大事な話してんのッ!!」
何が彼女をそこまでさせるのか、呆気に取られる観客たちをよそにまたも少女と目線を合わせると、利愛は手で何かを促すような仕草を取る。その意味を少女が図りかねていると、今度は利愛ははっきりそれを口にする。
「ほれ、シュトラーフェを出してみ」
「え? あ、た、戦う、って……こと、ですか?」
「ちっげーよ、もぅ。いいから、あんたのシュトラーフェを見せてみんしゃい」
言われ、迷った末に少女は自身のシュトラーフェを顕現する。それは、白い鞘を持つ一本の刀だ。刃渡りは六十センチほど、鍔は独特の、Sとそれを左右反転した形を腹の部分でくっつけ合わせたような形をしており、少女が鞘から覗かせた刀身は、鈍い銀の輝きを放っている。ネージュの白さによって反射された光に映されたそれは、ある種美しいとすら言える凶器だった。
それを見つめ、利愛が圧倒される。大袈裟に後ろへ仰け反り、それからそんな場合ではないと思い直したのか、彼女はその刀に触れ、少女に向かって声を変えて文句を口にする。
「ボク、五郎丸なんてヤダヨ」
「ご、五郎丸が喋りました!?」
「なわけない。あのね、君。このかっちょいい刀に五郎丸なんて名前はどうなの?」
利愛の試合前から言いたかったことは、この一言に尽きた。
そもそもシュトラーフェとは、クラティアが自身の魔力で以って形成する武器ではあるが、その管理はクラティア個人によって任されている。当人の魔力だからそれは当然であり、多くのクラティアは、そうした武器に特定の名前を付け、愛着を持って接しているのだ。それは別に不思議なことではない。過去、日本特有の武士たちも、刀匠から造られ、銘打たれた刀に信頼を置いていた。クラティアは、武士であり刀匠だ。名前を付ける権利ももちろん彼らに由来するのである。ゆえに大抵のクラティアは、十二歳付近でシュトラーフェを拝受された時、それに名前を付ける。特にこの年頃の少年少女たちは、寝ずの夜を過ごして考える。案をいくつか生み出し、時として名前を変える。
それは、利愛も同じである。彼女のシュトラーフェの名前は、『カヴァティーナ』。かれこれ数回は気分で名前を変えたものである。
そんな彼女だからこそ、目の前の少女の付けた愛らしくも無ければ、女の子らしくも無く、かと言って格好良くも無いその無骨な名前が許せなかった。五郎丸は無いだろう、と言うわけである。
「そ、そんなこと、言われても……お父様が、そうしろって……」
「それダメェ!! ダメだよ、それ。そういうの良くないよ? 泣き寝入りしてちゃダメだって。あなた、お父さんが一緒にお風呂に入れって言ったら入るの? どうなの?」
「そ、それは……恥ずかしいけど、入らないといけないですし。っていうか、その……今も、たまに」
「ファックッ!! そのお父さんファック! こぉんのロリコン変態親父がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! そこか、そこかぁ!?」
ビシビシ、と観客席にいる父兄らしき人間を指差し続ける利愛。そんな彼女を慌てて少女が止め、そんな中でやはり観客は事態について行けずに盛り上がることも出来ず、何だか退屈したように欠伸する者までいる始末である。それはある意味で仕方ないと言えるが、利愛にはどうでも良いことだった。
観客席にいる父兄、その中でも少女の父親と思われるような年齢の男性を一通り睨み付けた後、利愛は本気で心配そうに尋ねる。
「五郎丸、嫌じゃないの?」
その本気の様子に少女は打たれ、その瞳に大粒の涙を零し始める。その予想だにしない展開に観客が固唾を呑んで事態に少しずつ注意を向けていく中、少女はか細い声で本音を漏らした。
「ほ……ほんとは、いや……です。わたし、五郎丸なんて……ダサい名前イヤッ!!」
そう彼女が叫んだ瞬間、観客席で一人の男がうぐっと何か心に刺さったように表情を歪め、それに気づいた無垢な少女の涙に怒れる「お兄ちゃん」たちが非難の視線を向ける。それだけではない。四方八方、前後左右から向けられたのは、同年代と言う立場にある少女たちからの軽侮の眼差しであった。それを受け、どんどんその男が縮こまっていく。
「だろだろ? 戦闘中にさ、五郎丸! とか叫ぶの、嫌だよね?」
「は、はい! だから私……ぜんぜん、名前とか、呼べなくて。ほ、ほんとは、皆みたいにカッコよく、名前呼んでシュトラーフェを出したかったのに……ぐすっ!」
「だよなぁ。名前呼んで手元に現れたとき、スカッとするもんね。可哀想に。よぉーし、ここはこのリナさんがいっちょ良い名前を考えてしんぜよう」
「ほ、ホントですか!?」
利愛の提案に少女が目を輝かせ、縋るような目を向ける。それを受けて利愛はドンと胸を張ると、そっと少女の肩に手を置き、諭すように告げた。
「だからさ、この試合、終わりにしよーよ」
その提案に、少女は大きく頷いた。ふっ、と音も無く五郎丸と呼ばれていたシュトラーフェを消し去り、大きな声ではっきりと宣言する。
「私の、負けです!」
少女の放ったそれに一瞬、観客は呆気に取られ、その場の時間が停滞したように感じられた頃、誰もが当然のように叫んだ。
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」
本当にそれで良いのか、と言いたげな観客たちの声など意にも介さず、少女は利愛を一心に見つめる。その二人だけの空間の中で、利愛と少女は頷き合うと、何故か二人、手を繋いで同じ競技者用ゲートの方へ歩いていってしまった。それを観客は呆然と見送り、もう一度叫ぶ。
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」
試合終了を告げるブザーの音がネージュ全体に響き渡り、観客の唖然とした様子もそのままに、学年選抜戦一回戦第二試合は、そんな何とも言えない形で終わりを迎えるのだった。
~ハイリヒトゥム・シュトラーフェのコーナー~
どんどん、ぱふぱふ~。はい、すいません。
と言うわけで、あとがきを使って今まで出てきた武器のおさらいをしたいと思います。
それでは主人公から。
・識者の叡智
《形態》本
《能力》対象の魔力を感知し、そこに込められた情報を読み取る。本の記述は全て昔の魔法使いが用いていた暗号文字によって書かれ、情報も細かく表示されるため、知識のない者、慣れていない者が読み取ることは非常に困難。
例えば、魔術の発生がどこで行われるか、などは位置情報を三次元軸で細かく表示される。基本的に零点は“識者の叡智”を中心としている。
と、なっています。「主人公なのに本かよ」と思われた方もいるかもしれませんね。これでも結構応用力のある武器で、シュトラーフェ(魔力体)の動きから相手の行動を先読みすることも出来るし、耐久力もそこそこあります。エドガーのトラヴィアータを防げるくらいには硬いです。
本日はもう一話投稿すると思います。