表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
七月三日 萌芽
122/215

『――一年二組、現利愛』

 名を呼ばれ、利愛が一歩前に出ようとする。しかし、椿と手を重ね合わせていた彼女は、緊張していたせいか勢いよく前方に飛び出してしまい、それによって椿、卯月が一気に引っ張られ、体勢を崩し始めた椿が反射的にそれを整えようと大きく一歩踏み出して姿勢を低くしてしまう。さらにそこで引っ張られた卯月が反射も何も間に合わず頭から椿と激突した結果、絡み合った少女たちの身体がその手の先に繋がれた利愛を吹き飛ばした。

「ふんぎゃっ!?」

 そんな奇声を上げ、咄嗟に手を離してしまった利愛が飛んだ。講堂の壇上にもつれて倒れる二人の少女が、宙を舞ってそこから落ちていく友人を眺め、息を呑む。このままではまずい、と思うものの、体勢を崩した二人は動ける状態に無く、突然のことに対処できる人間もいるようには見受けられない。もし、このまま地面に背中から激突すれば、利愛は軽くない怪我をしてしまうだろう。

 そんな中で、誰よりもいち早く危機を察し、動いた少年が一人いた。壇上手前にある父兄席から飛び出し、らしくもなくフードを被って素顔を隠した彼は、壇上から飛んでくる少女の落下地点に一歩早く飛び込み、その身体を受け止めた。

 その手に華奢な少女の身体を受け止め、脱いだフードの先から黒髪と黒目を覗かせた、椿のよく知る少年が問いかける。

「怪我は無い、利愛さん?」

 そんな風にして大々的に利愛の前に登場して見せた彼。本来であれば、椿と同じ学校に通っていないその少年がこの場にいることはいささか不可解に思えるが、父兄の一人として参加していたのならそれも納得だろう。何せ学年選抜戦の開幕式は、選抜者に選ばれた学生にとっては一種の晴れ舞台。父兄の観戦も認められたものなのだから。

 利愛は、突如として目の前に現れた想い人に硬直し、その腕に抱かれたまま数秒固まってしまう。その間に周囲はざわざわと騒がしくなり、先生たちが集まる頃になって、利愛は優しく地面に下ろされた。その彼女は、止まっていた意識を取り戻したようにその名を呼ぶ。

「れ、零余さん!?」

 それに遅れて上がる二人の少女の声は、利愛と同様に驚きを過分に含んだものだった。

「兄さん!?」

「零余さん!?」

 名前を呼ばれ、席に戻りかけていた零余が振り返ると、爽やかな笑みと共に三人に手を上げて挨拶を交わす。それに遅れ、湧き起こるいくつもの拍手。それは次第に熱を帯びたように大きくなり、乗りやすい生徒たちによって怒涛のそれへと変わっていった。

 そんな自分に対する賞賛の中、さすがにここまでのことになるとは考えもしなかった零余は、頬を掻きながら拍手に向かって軽く手を振ってみる。彼もまた、乗せられやすい性格をしているがゆえの行為だったが、それが盛り上がりを見せる生徒たちにさらに熱を植えつけた。

 騒然となる講堂の中、零余が父兄席に腰を下ろし、それを見送った先生が最後にもう一度零余に拍手するように生徒たちを促した後、一拍の間を置いてその波を落ち着かせる。そのまま落ち着かせようとすれば反発していただろう彼らも、一旦思いっきり賞賛することを認められたがゆえにその先生の言葉に従い、再び講堂内は静けさを取り戻していった。

 その中で終始恥ずかしそうにしていた椿は、立ち上がると、こちらに目を向ける兄を見る。人の目に圧倒されて最初は気づかなかったが、そこにいるのは間違いなく彼女の兄だ。その目が一点、椿を捉えていることに気づき、彼女は小さく息を吸って芽生えかけた緊張を押し殺すと、

『――一年二組、柊椿』

 その呼びかけに応じ、一歩前に出た。それだけではない。椿の名に相応しい花の咲いたような笑顔を浮かべ、軽くスカートの端を持ち上げると、楚々とした動作で会釈する。その舞踏会さながらの仕草に講堂内は反応を忘れ、顔を上げた椿が「しまった」と張り切りすぎて所作を間違えた自身の失態に顔を青ざめさせたとき、それは聞こえてきた。

 パチパチ、と手を叩く軽い音がする。それはもちろん、彼女の兄が鳴らしたものだった。それは徐々に周囲へと波のように伝わり、湧き起こるのは美しい振る舞いを見せた少女への純粋な賛美である。

「椿ちゃーん、ちょー可愛いよ!」

「愛してるぅ、結婚してくれぇ~!」

「ちゅっちゅっちゅばき!」

 不意に聞こえてきた謎の声援にさらに顔を青ざめさせながら、その声援に同じく気づいた兄の眉がピクリと跳ね上がり、背中からゴゴゴと音が鳴るような気配を発しているのを見やりつつ、椿は一歩後ろに下がった。どうやら、挨拶は上手くいったらしい。大半は兄のおかげによるところも大きいとは思われるが、椿には関係の無いことだった。彼女と零余は、二人で一つ。双子なのだから。

 そんな彼女の肩を二人の友人が叩いてくる。一方の友人は笑いを堪えるように手を口元に当て、一方の友人はどこか遠くを見つめるようにして、彼女に決定的な一言を告げる。

「「あれはない」」

「今そういうこと言わないで……っ!」

 ボッ、と音が鳴るほどに顔を真っ赤にし、己のしたことを思い出して恥じてしまう椿。しかし、ここは講堂の舞台上、逃げ場も無いその場所では、からかう友人の視線に晒されるままである。卯月が名前を呼ばれて前に出ていくのを見送り、程なくして壇上挨拶が終わった後、ようやく壇上から逃れられる頃になって、椿その恥ずかしそうな様子に一定の落ち着きをみせた。

 舞台裏では、先生がこれからそのまま場所を変えて行われる一回戦の説明に入っている。トーナメントは五日間、一日一学年で二試合、都合六試合行われ、五日目の最終日は、準決勝と決勝の連続二試合の割とハードなスケジュールとなっている。また、その組み合わせ表は基本ランダムではあるが、十二名の内上位四名は、一回戦が免除されており、二回戦以降、つまり三日目からの試合となっている。そのため、今日、椿に試合は一切ないのだが、利愛と卯月は違うようだ。

 先生の説明を熱心に聞いている二人の様子を眺めながら、椿はポケットからこっそりと携帯を取り出し、そこに入れておいた組み合わせ表を表示する。利愛と卯月、確かに試合が組まれているのが分かる。組み合わせはAグループとBグループに分かれているのだが、二人はその別々のグループにいるのだ。椿と卯月がAグループ、利愛がBグループと言った具合である。

(順調に勝てば、私と卯月は準決勝であたるんだ……)

 今さらのようにそんなことを思いながら、流れ始めた人の波の中、椿も慌てて後を追う。彼らは皆、一様に闘技場へ向かうのだろう。この霧生院学園には、クラティア同士の戦闘訓練のための特別施設が備えられているのだ。

 これから試合とあってか、先とは別の緊張を孕んだ二人の後ろを歩いていると、不意に椿は誰かに肩を叩かれる。その気安い仕草に振り返れば、そこには彼女の兄が立っていた。

「兄さん?」

 そう椿が呼んだ瞬間、先を歩いていた二人がガバッと振り返り、その目にほんの少しだけ乙女を宿した後、慌ててそれを押し隠してその少年と向かい合う。

 柊零余は、フードつきのパーカーにジーンズと言う如何にもラフな、季節柄を考えれば暑くはないのかと疑ってしまような格好でそこにいた。身長は椿よりも少し高い百六十ほどであり、穏やかな微笑がよく似合う、少年と呼ぶにはいささか大人びた感のある出で立ちだ。堂々として立つ姿は、すでに幼さを排してきた感が漂っている。

 それを見て、利愛は思う。

(やっぱり零余さん、かっけぇ!)

 そんな利愛とは違うものの、似たような色の視線を向けて卯月は思う。

(なんか、他の男子とは全然違うんだよなぁ、零余さん。あたしと同い年なのに)

 そんな二人の少女から好意的な視線を向けられているとは露知らず、零余は自然な仕草で椿の頭にポンと手を乗せると、まるで犬や猫にするような気安さと愛情を持って撫で付け、妹を褒めそやす。

「さっきの、すごく可愛かった。皆に俺の妹だって自慢したくなった」

「も、もぅ、兄さん! そう言う変な言い方やめて。それに頭撫でないで。子供じゃないんだから」

 などと言いつつも満更でもなさそうな椿の様子に気づき、利愛は胡乱げな視線を彼女に送る。その視線に気づいたのか、振り返った椿が二人から向けられるそれに気づき、斜め上を見上げて誤魔化すように言った。

「そ、それより、ほ、ほら、利愛! 助けてもらったんだし、兄さんにお礼言っておかないと」

「ふんにょわっ!? そ、そうであった! あ、兄者ぁっ!!」

 その想い人を前にしても彼女は変わらず、普段の調子で言葉を発する。呼ばれた零余は笑顔のまま淡々と事実を述べた。

「俺は君の兄じゃないよ」

「そ、そうであったか……。では、零余さん。ごほん、さんきゅーべりぃまっち?」

「なんで英語? っていうか、ふざけてると嫌われるかも」

 後半部分は声を小さくして椿が耳打ちすると、利愛は表情を一変させ、再び零余に向き合い、今度は素直な様子でお礼を述べた。

「さっきは助けてくれてありがと、零余さん」

 その姿を見て、椿は衝撃に打たれ、卯月は大きく一歩後ずさった。二人とも、常ならぬ清楚な印象を宿し始めた利愛の姿に違和感を覚えたのである。そんな失礼な友人二人に多少は頬を引くつかせながら、しかしそんな感情を抑え、利愛は零余との数少ない話す機会を逆手に取り、先ほど椿から渡されたそれを彼に見せ付けた。同時にペンも取り出し、言う。

「問一、この文章中の間違いを修正しなさい」

「ん、クイズ? えっと、誕生日は……メ、メールアドレスに、電話番号? これ、俺のじゃ――」

「問一、この文章中にある内容を零余さんのものに修正してくださいお願いしますあと付き合って」

「いや問題が変わって――え?」

 流れに沿って――いや、全く沿っていない流れの中でひっそりと、けれどはっきりと告白した利愛に零余は目を丸くし、そんな友人を椿と卯月が慌てて羽交い絞めにし、零余が動き出すより先に引っ張っていく。その二人の形相と言えば、その場に見た者がいなくて良かっただろうと思えるものだった。

「あんあん、零余さぁ~ん」

「気持ち悪い声出さないで。殺すよ?」

「ふふ、いい度胸だね、リナ。殺すよ?」

「ちょ、二人ともなんでそんな殺気を剥き出しに――え、どこ連れてくの? 私をどこに連れてくのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 ズルズルと引きずられていった女子トイレの先で何があったのかは、定かではない。ただ、帰ってきたその少女は、瞳に涙を滲ませながら、零余にこう言った。

「さっきのは冗談です、すいません」

「じょ、冗談か。なんだ、驚いた」

 ホッと胸を撫で下ろす零余とは対照的に、利愛は背後から向けられる視線にビクビクと怯えている。その耳元では、二人の少女がこんな言葉を吐き出していた。

「優勝したら告白するんでしょ?」

「優勝しなかったら告白しないんだ?」

 それは違うと思う、と言いたい利愛ではあったが、一度口に出した手前、撤回することを許してくれそうに無いことも事実だ。背後から寄せられる得も言えぬ恐ろしい空気に耐えつつ、ならば、と利愛は方向性を変えることにする。すなわち、告白するのが駄目なら仲を縮めれば良い、と言う方へ。

(うん、そうそう。って言うか、さっきのは無いわ~。いきなり告白とか無いわ~。自分のこととは言えムードもへったくれもあったもんじゃあーりませんわ)

 そう思い直し、利愛が何か話題でも拾って会話を広げようと話し出そうとしたところで、その手にこっそりと零余から何かが渡された。それを後ろの二人に気づかれないように見てみれば、完璧に修正されたメモ用紙がある。その最後の行に小さく「よろしくね」と添えられた文字を見て、利愛は思う。

(零余さん、ちゅてき!)

 しかし、思いはしたものの、表立って口に出すことも出来ず、それを椿たちに気づかれないように腕の中に隠してポケットに押し込んでおく。その事実に今は満足し、利愛は話をすることを後回しにした。それにそろそろ闘技場へ向かわないとまずい時間帯である。椿はともかく、利愛と卯月は一回戦があるのだ。特に十二位の利愛ともなれば、相手は格上ばかり。余裕を見せていられるような立場でないことは明らかである。

 闘技場へ向かい始めた三人と足並みを揃えながら、利愛はごくりと緊張で唾を飲み込み、そっと携帯を取り出すと――早速零余にメールを送ることにした。どんな状況でもやはりぶれない少女と言える。

(えっと、これからよろしくね、れーよきゅん……うーん、なんか違うなぁ。きもいなぁ。これは寒すぎるよ。ここをこーして、この絵文字をこう付けて、これを弄くると――)

「――出来た!」

 そこにあったのは、何故かアスキーアートだった。

「ってなんでこうなったし!?」

 自身の成した偉業に驚きつつ、これはこれで良いんじゃないかと利愛が思い始めた頃、四人は闘技場へとたどり着いた。

 立ち並ぶ多くの人で混雑する中、選抜者でない零余だけはそこで別れることとなり、名残惜しい思いで三人はそれを見送る。

 零余が行ってしまうと、メールの内容に悪戦苦闘していた利愛は、肩口から覗き込む二人の視線に気づいてハッと振り返った。椿と卯月は、硬直する利愛から携帯を奪い取り、それを見る。

「なにこれ? 絵?」

「無駄にクオリティ高いね、リナ」

「あ、あはは、あははは、そでしょ~。意外な才能だろ~」

 どうやら二人は、それが誰に当てたものか気づかなかったのか、メール本文中の内容にばかり気を取られているようだった。

 手元に返ってきた携帯を仕舞いつつ、メールを送れなかったことに利愛は肩を落とす。

 そんなこんなで迎えた霧生院学園、夏の学年選抜戦は、少女の放った一言を契機として、波乱の展開となって行くのだった。

レーヨさんの登場です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ