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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第二章 失踪者
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 食堂での一件から数時間を経た放課後、俺はカティさんと二人、広い校舎の敷地内を歩いていた。カティさんの持つ学生手帳に書かれていた失踪者のリスト、その交友関係を一人一人当たっている最中である。一口に交友関係と言っても、ただの友人から先輩後輩、教員、恋人など様々であり、それらの情報を一から拾っていくことになる。まずはその生徒が在籍していたクラスを見つけ、そこで仲良くしていたと思しき友人たちを特定、それらに一つずつ話を聞いていくのだが、誰々と交友関係があった、と言う内容が一人一人バラバラだったりして、中々話が進まない。完全に試行錯誤しながらの聞きこみ作業となっていた。

 今、聞き込みを行っているのは、三人目の失踪者――契里直也。フォルセティの三年生であり、ランカー入りを果たしていた優秀なクラティアだったらしい。失踪したのは今より一週間前のことで、失踪以前にそれらしい素振りは無かったとか。ただ、家庭内での素行に問題があったというか、若干親とは疎遠気味であったらしく、失踪当初はさほど気にされていなかったようだ。それが二日、三日と経つにつれてさしもの契里先輩の両親も事件性を疑い始め、警察に届けを出す事態になった。しかしそれから現在に至るまで有力な情報は得られておらず、また契里先輩本人も戻ってきていない。

 とまぁ、大体の概要はそんなところである。契里先輩の友人に噂好きの人がいて、そこから仕入れた情報だ。カティさんは熱心に聴いていたようだが、俺としては半信半疑なところである。得意気に話すその様子に疑念を覚えたのだ。

「契里先輩の情報はこれくらいでいいかな」

 立ちながら器用に学生手帳にペンを走らせるカティさん。その隣で俺はと言えば、この二人きりの状況に若干の気まずさを覚えていた。そもそもどうして俺とカティさんが二人きりで調査を行っているのかと言うと、全ての発端は恋のある提案にある。食堂での話し合いを経て授業終わりに集まった俺たちは、まずカティさんの課題を手伝うべく、方向性を大まかに定めることにした。方向性というのは、何をどうするか、どうやってレポートを纏めるか、どの部分を重点において調査を進めていくか、である。単純に失踪者の調査を行う、と言っても俺たちにそれらの事件一つ一つを解決できるわけではない。さらに言えば、全ての事件に関連性があるとは限らない。そうした点を考慮し、いかに信憑性のある情報を掻き集め、取捨選択して報告するか、それを求められているのだ。

 まず決めたのは、調査の重点だった。カティさんが最も重視しようと決めたのは、個々の事件の関連性である。同じ時期の複数の失踪。どう考えても何らかの繋がりがあるとは思われるのは容易に分かることだが、かといってそれを証明できなければただの漠然とした思い込みの域をでない。ゆえに失踪当時の状況や個々の失踪者の当時の精神状態――何らかのストレスを抱えていなかった――を友人知人らから聞き込み、そこを中心に纏めることにした。これには当然、レポートの重点を定めると同時に調査の的を絞ることで課題を早く終わらせる目的もある。何度も言うが、俺たちに求められているのは事件の解決ではない。それは警察の仕事だろう。所詮、ただの私闘によるシュトラーフェの行使への罰則なのだ。なら、なるべく簡易化して物事を進めたほうが効率的だ。

 次に決めたのがどうやって調査を行うか、なのだが、ここが問題だった。当然、調査は聞き込み一択である。それ以外にはどうしようもない。なのでここで決めたのは、聞き込みのスタイルだったのだが、またも恋がここで手を挙げた。その言に寄れば、二人一組で聞き込みを行う、と言うものだ。片方が聞き込みを行い、片方がメモ帳か何かにそれを纏めていくといったものらしい。これまた異論を挟む余地もなく順当なものだったのだが、ここでその組み分けで問題が生じた。俺は当然、椿と一緒に調査するつもりだったのが、恋がじゃんけんで決めようなどと抜かしたのだ。その結果がこれである。

 別にカティさんが嫌いなわけじゃない。外国人という点で気後れする部分を除けば、その見た目やスタイルは完璧だ。隣に並んで歩けて嬉しくないわけでもなかったりする。ただ、問題なのは二人で並んで歩き回っていると言う事実そのものにある。

 そう、さっきから刺さるのだ。なんか色々、視線が。

 こう見えて俺は、割と顔が知られた学生の一人である。

 クラティア・コロッセオと言う週二、三回の必須科目は、観客側は自由参加だ。毎度足を運ぶ者もいれば、人気のグラディアートルのときだけ試合を観にいく者もいる。もちろん、自身の勉学のために試合を観戦する者も。それは当然、学年に限らず、他の学生たちの目に触れる機会が多くなると言うこともであり、土下座降伏で鮮烈なデビューを飾った俺は、次の試合からやたらめったら注目されることとなった。もちろん、大半が冷やかし半分だろう。だが、注目が集まると乗りやすい我が身が災いしたと言うか、土下座を色々と張り切ってしまった。

 世の中には、色々な土下座スタイルがある。スライディング土下座、ジャンピング土下座、ちょっと似ている三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)の礼なんかも同じくカテゴライズできるだろう。

 それらを一つ一つ実践していくうちに、毎度愉快な見世物が見られるとなって観客が集まるようになった。また、それを理解し始めた対戦相手が仁王立ちで待つようにもなったのだが、それはいいだろう。とにかく、そうして付けられた二つ名というか渾名が“座王”である。多分の侮蔑と少分の享楽を込めたこの名前は、俺をフォルセティでそこそこ名の知れたクラティアへと押し上げた。全く、不本意かつ不愉快な話ではあるが。

 そのため、こんな風にして外国人美少女を連れ立って歩いていると、奇異の目で見られてしまうのである。中には、あからさまに煽る者までいる始末。幸いカティさんは調査の方へ集中していて気づいていないようだが、それもいつまで持つか。気づかれて気まずくなるのが一番避けたいところだった。

「契里先輩の聞き込みはもういいのか?」

 本校舎廊下の階段付近に備え付けられた談話スペースに腰を下ろし、俺は学生手帳と睨めっこしているカティさんに声をかける。調査が始まってからずっと、彼女はよくこうして自分の書いた内容を吟味していた。意外に真面目なところもあるようだ。

「そう、ね……でもやっぱり、有力な情報は全然ないわ。話を聞いている限りじゃ、本当に何の前触れもなくいなくなったって感じ」

 パタン、とカティさんの閉じた学生手帳が乾いた音を鳴らす。それは手帳同様、中身のない空虚なものだった。

「失踪なんてのはそんなもんだと思うけど」

「それはそうなんだけど」

 何か気になることでもあるのか、カティさんは考え込んでいる様子だ。

「どうかした?」

 何の気なしにそう尋ねてみると、カティさんは携帯を取り出し、あるページを開いてみせる。そこは、個人運営で作られたクラティア・コロッセオのホームページだ。複数様々な生徒の名前とその仰々しい二つ名が載っており、そこに契里先輩の名前もある。

「これは?」

「個人で管理しているホームページ。クラティア・コロッセオの有力なランカーが載っているんだけど、これを見て。契里先輩、ランク十五位に入るほどの強者なのよ」

 言われ、確かに先輩の隣にそれらしい数字があることに気づく。フォルセティで上から数えて十五番目の実力者。先輩の友人から聞いただけではランカーという話だったが、これは驚くべき事実だ。

「よくこんなもの知ってるな」

「向こうにいた頃からずっとこれを見て過ごしてたもの。毎年結構変わって面白いし」

 何故か誇らしげに胸を反らすカティさん。コロッセオについてこの熱意の入れようは、もはやお腹一杯の感はある。

「ランク十五位、そんな実力者が失踪という言葉で片付けられる状況って、どんなものだと思う?」

 不意にカティさんがそんなことを聞いてくる。俺はしばし考え込み、その質問にいくつかの答えを提示してみせた。

「考えられる理由は二つ。一つは、自らの意思で姿をくらましたこと。もう一つは、自らの意思とは関係なくそうせざるを得なかったということ。前者の場合なら何らかのトラブルに巻き込まれたか、あるいは他の理由があって消えたのか、どちらにせよ、連絡くらいは入れるものだと思う。今回の場合は、まさに蒸発ってやつだ。前者の線は低く見積もっておいた方がいいだろうな。次に後者だが、問題はこっちだな。意思とは反して失踪せざるを得ない状況。最もあり得そうなのは誘拐か、あるいは――殺害」

 俺の言葉にカティさんが息を呑んだのが分かる。彼女自身、この可能性は考えていなかったわけではないだろう。だが、改めて口に出されてみるとその仮説に恐怖したようだ。俺だって、こんな可能性は出来れば捨てておきたいものである。先輩はあったこともない相手だが、こうして調査をしている以上、すでに故人でしたなんて寝覚めが悪い。

「カティさんが気になっているのは、ここか。確かにランク十五位の実力者を誘拐とか殺害とかってのは、にわかには信じられないか」

 これは俺の私見になるが、クラティア・コロッセオのランカーのうち、トップ10はグラディアートルとして絶大な人気を誇るが、そこから数を下げると割と過小評価されがちだ。明確な名前として「グラディアートル」というものがある以上、こうした差が出来てしまうのは当然なのだが、仮にランク十位と十一位を競わせた場合、両者の間にある差はおそらくほとんど存在しないだろう。

 俺の目から見て、ランク十五位までは完全にグラディアートルの射程圏内である。もちろん、トップ5に並ぶとまでは言いすぎだが、少なくともランク十位ならばコロッセオの成績のわずかな変動でいつでも変わる。つまり、契里先輩は十分にグラディアートル相当の実力を有していると考えられる。

「仮にもしそうだったとすると、犯人像は大分絞られる。学生レベルとはいえクラティア・コロッセオの実力者は、並のクラティアとは比較にならないって言われてるしな」

「ええ。だから気になるのよ。本当にそんな人が事件か何かに巻き込まれたのかな、って」

 なるほど、確かにそれもそうだ。過去、実力のある学生のクラティアが武装集団を単騎で制圧した例もある。仮に何らかの事件に巻き込まれたとしても、それらを実力で捻じ伏せる技量は、十分に持っていると見ていいだろう。そうなると、本当にただ失踪したのかどうかも疑わしい。

「ほんっとややこしい事件だな、これ。道理で解決の目処が立っていないわけだ」

「確かにね」

 二人して疲れたように息を吐き出し、小さく笑う。考えれば考えるほどに謎は深まっていくばかりで、一向に確信へと踏み込めない。情報の少なさ以前に、事件そのものが厄介なことばかりだ。あるいは、常識と言う枠で捉えようとしていることに問題があるのかもしれない。仮に先輩をはるかに上回る実力者が犯人だった、と結論付けてしまえば、それで全ては解決する。解決するのだが、今回の目的は事件の解決でも犯人探しでもない。あくまでもレポート提出である。そんな安易な考察が認められるはずもない。

「他の失踪者はどうなんだ? それもランカーに入るほどの人たちなのか?」

「いいえ、契里先輩だけだったわ。それが余計にややこしいのよね。他の人たちもランカーだったりしたら、実力者を狩って回ってるっていう見方もあったんだけど」

「ちょっと貸してくれ」

 カティさんから学生手帳と携帯を受け取り、名前を照合してみる。しかし、やはりトップ50の中に名前があるのは契里先輩だけだ。カティさんが外国人だからと見落としの可能性を考慮してのことだが、まったく心配要らなかったらしい。

 しかし、こうなるとカティさんの言うとおり本当に厄介だ。俺とカティさん、椿と恋のペアでそれぞれ半々の割合で情報収集を引き受けているのだが、これは椿たちが持ってきた情報も考慮したうえで熟慮したほうが良いだろう。

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