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テレフテア・アポカリプス  作者: ほざお
第五章 鬼神の頂
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 それを見て、俺は目を見開く。そこに倒れているのは、神功を圧倒しているはずのアルだった。しかし今、彼女はこうして吹き飛ばされ、身体中にはっきりと分かるダメージを負っている。

「嘘……だろ?」

 震える手でリーシャを地面に下ろす。そのリーシャが俺の顔を不思議そうに見て、それからその背後にいる何者かを捉えて表情にはっきりと恐怖を宿した。

 俺もまた、信じられない面持ちで振り返り、そこにいるだろう男を見る。

 そこには、額から血を流し、その革ジャンやジーンズのところどころを大きく切り裂いた跡を見せ、割れたサングラスを取り外しながらも、未だ尋常ならざる高ぶりを見せる九鬼神功が立っていた。その手に宿るハイリヒトゥム、そのさっきまで宝石の無かった親指部分が光り輝き、神功の身体を赤銅(しゃくどう)色の魔力が覆い始めている。

 神功は笑う。鬼のように口角を吊り上げて、神のように堂々の威厳で以って、奴は嘯く。

「ここが九天、オレの頂だ」

 戦火纏いし鬼が、そこにいた。

 その魔力は、未だ俺の開闢の総量には届かない。だが、その質はまるで違う。魔力の質と言うよりは、魔力を扱い、手繰る質だ。身に纏う魔力を最大効率で扱うすべを奴は心得ているのだろう。だからこそ、あれほどの魔力でアルを吹き飛ばしたのだ。しかしそう推測しても、やはり信じられない。人の身を遥かに超えているアルと対峙するだけならまだしも、吹き飛ばすほどとは。

 これが九鬼神功、椿やリーシャが鬼とまで評するだけのことはある。ただの下衆(げす)じゃない。極大の力を持った下衆だ。

「リーシャ、目を閉じて」

「え……? で、でも……!」

「次に君が目を開くときは、きっと全てが終わってる」

 そっとリーシャの目の前で手を掲げ、促すように目を閉じさせる。そうして嘯いた言葉と共にリーシャに笑いかけ、俺は神功を見た。奴は、ただ俺だけを見ている。であれば、ここで戦う必要もない。

 リーシャが俺の言うがままに目を閉じるのを確認し、爆発的な魔力を身体強化に当てて地を蹴った。同時に本を捲って魔術を駆使し、空へと舞い上がると、高速でアルと共に場所を変える。そうしながら思い返すのは、未だこの天上寺テーマパークで戦いの舞台にすら上がっていない場所――ノースエリア。あそこには、障害物など無い広大な敷地がある。何故ならあそこは、夜間パレードの終点、多くの人間が集まり、それを観客として見世物を行うためのスペースがあるからだ。

 空を駆ける俺に、やはり神功も悠々と付いてくる。飛行魔術はお手の物、と言ったところか。今さらそれに驚くこともなく、俺はこれからの戦いを思考する。奴の力、“九天(エルドラド)”の力はすでに確認済みだ。その力の内容は、魔力の強化および増加。その単純極まりない力は、だからこそ何より強く、大きく作用する上に隙が無い。しかし、条件もある。その力の増大は、全て神功の気分に応じて行われる。神功が高揚すれば力は跳ね上がり、その上限は約十倍。つまり、今の神功はその領域に至ったと言うわけだ。ゆえにこれ以上の増大が無いのであれば、なんてことはない。アル一人では()されはしたが、俺もサポートすればそれで事足りる。

 ノースエリアにあるパレードの終着地点を見つけ、そこに落下する。しかしその勢いは弱めず、俺は神功を挑発するように地面へとそのまま降り立った。結果、高所からの重量物の落下に伴ってコンクリートが割れ、破片が散る。神功もまた、俺と競うように地面へと落下した。その衝撃音を互いに響かせ、俺たちは睨み合う。それは数秒と間を置かず、戦いの中でぶつかり合った。

「アル!! ――ジェラルド」

 名を呼ぶと同時、アルが掲げた腕の先、そこに一本のシュトラーフェが顕現する。それは、刃先に包丁の刃が付いたような形をした全長二、三メートルの長柄。契里直哉と言う名のクラティアが持つ、刃先に触れたあらゆる魔力の結合を解き放つ脅威の力を誇る武器である。それをアルは、小さな身体で器用に扱い、一度も地面に擦らせることなく地を蹴り、神功に迫る。神功もまた、“九天”同士を叩き付けるように拳を打ち合わせ、アルを迎え撃った。

 武器には、当たり前だが相性がある。銃が剣より強いのは何故か。それは当然、剣の届かない範囲から攻撃を届けることが出来るからだ。同じく槍は剣より強く、剣はナイフより強い。ゆえに俺は、その能力もあるが、ジェラルドを選んだ。アルの持つ槍と神功の素手では、その差は明らかである。そう、理屈の上では。

 アルが横薙ぎに振るうジェラルドに対し、神功の戦い方は俺の予想を上回るものだった。神功は、左足を振り上げ、それで以ってジェラルドの柄を蹴り上げたのである。確かに、横から振るわれる槍やそれに順ずる長柄は、上方向あるいは下方向からの力には極端に弱い。しかし、ならば弱いから実戦でそうして弾こう、などと簡単に出来るのならば苦労は無い。しなりながら高速で振るわれる長柄を的確に見極め、自身の足先に触れるその一点を正確に捉えなければいけないのだ。足の長さを変えたり、足をぶれさせたりすれば、それだけ脚力は弱くなる。それでは両手で振るう力に対抗しきれない。そんな綱渡りを、神功は平然とやってのけた。

 これが、九鬼神功。なるほど、力で上回っていたアルが肉弾戦で応じきれないはずだ。こいつの近接格闘能力は、俺が今まで見た中でも群を抜いて遥か高みにある。それも単純な力押しだけでなく、相手の力をいなし、応じ、返す技量を持っているのだ。

 ジェルラドを蹴り上げた神功は、振り上げた足を下ろす一歩で加速し、アルに迫る。その拳はすでに硬く握られ、体勢が不十分のアルでは回避できそうも無い。ならば回避ではなく、防ぐ方向に視点を変える。

「――ミュール」

 椿のシュトラーフェ、ミュールを顕現する。それは一瞬にしてアルの前方に壁を生み出し、神功の放った拳の一撃をギリギリのところで受け止めた。だが、その威力が予想以上に大きい。ミュールの力は、術者の魔力制御に左右される。今の俺と体勢を崩したアルでは、この一撃を完全に防ぎきることは不可能だ。

「――アヴェルテレ」

 ついにミュールと拮抗していた神功がそれを突き破り、鏡の割れるような音を響かせながら拳を打つ。それに対し、俺は一拍の間に出来た隙を付いてアルのジェラルドを消し、恋のアヴェルテレを顕現する。それを盾のようにして奴の一撃を受け止めることで、ミュールを破壊するために失った拳のエネルギーを一気に減少させ、ゼロへと返す。

 それだけではない。このアヴェルテレには、術者の魔力次第で更なる応用が効く。打ち込まれた力を減少させると言うことは、その減少値がゼロを超えてマイナスへ至ればどうなるか。当然、力は逆方向へ向き、減少し続けるだけそのエネルギーは相手へと返る。

 その結果、神功の右手が大きく弾かれた。マイナスを超えたエネルギーに当てられ、受け止める間もなかったのだろう。そしてそれは、戦闘中においては大きな隙となる。

「戦渦に呑まれた我が祖国、復興の兆しは未だ見えず」

「仏に添えた弔花に群れる、餓鬼一つ在り」

 本のページを開いて詠う俺にアルが続く。その言葉に魔力は従い、新たな術式を組み上げる。それによって生み出される術の名前を、俺とアルは言葉を重ねて言い放つ。

「「――住塚間食熱灰土じゅうちょうかんじきねつかいど」」

 その名を告げた瞬間、神功の周りの地面が大きく盛り上がり、それが瞬く間に刀や剣、様々な武器の形へと変貌する。同時に神功の足元が大きく歪み、まるで泥沼に落とされるように沈むと、その身体を抑え込んだ。そこへ一直線に振り下ろされる、都合十数本の巨大な武器の猛威。

 捉えた。そう俺が確信したのも束の間、凄まじい魔力の光が神功を中心に弾け、攻撃の全てを力技で消し飛ばした。それだけでなく、振り下ろした拳によって地面を叩き割り、そこから這い出して体勢も整える。

 強引だ……だが、それを成し得る力を持っている。それがこの男と言うわけか。

「詠唱とは古いもん使ってくんなぁ、おい。初めて見た術だからちっと焦ったじゃねぇーか」

「初めてのくせにあっさり対処してんじゃねーよ」

 神功の動きの隙を突いたにもかかわらず、力技で押し込まれてしまうと言う事実。やはり、今の神功は、開闢域には至らないものの、それに追随する力を放っている。ならば、もはや小手先の術は通じないと見た方が良いだろう。いくら俺の開闢が魔術の力を洗練化して扱えるとは言え、力の上限が決まっている術では奴には通じない。となれば、結果的に最初と同じ、アルによる肉弾戦が主体となる。

「アル!」

「はい、マスター」

 お互いに言葉は要らず、ただ意思だけで通じ合い、これからの展開を決める。そんな俺たちに愉悦を交えた笑みを浮かべながら、神功は再び構えを取る。体を開き、右拳を後ろに引いた構え。左は相手の攻撃を受けるようにわずかに開き、その身から流れでた魔力が渦を巻くように神功の周りを漂い始めた。

 あいつ、まさか――いや、構わない。どうせ打つ手は同じだ。

「「 卑賤無き我が御名において、ここに果てる武士へ武勲を与えん」」

「「 勇猛なる獅子たちよ、栄華極めし我が国土の礎となれ」」

 俺とアル、神功のそれぞれの言葉が重なり、それは三者合一となって放たれる。

「「「――一輝当千」」」

 膨大な魔力を身体の内外に流し、アルと神功が音速を超えてぶつかり合う。それはもはや、術と言う概念を放棄した魔力のぶつかり合いだ。アルに生半可な武器を渡すことは無意味と判断し、俺はもう何も持たせていない。ただ真っ向から、神功とぶつかり合わせる。だがもちろん、それはただの殴り合い足り得ない。何故なら、アルと神功には身長と腕の長さの差があるからだ。それは神功にアドバンテージを与える一方で、低い姿勢から攻撃に出るアルは、神功にとっては逆にやりづらい相手となる。振るう拳に重力を込められる利点があるが、自身の拳の届かない低い角度から一歩で懐に踏み込み、地面を蹴り上げて急所に迫るアルの攻撃は、いくら神功でもそう易々と捌き切れるものではない。

「は――あぁ、あぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁっ!! やべぇ、上がってきた!! 最高だぜ、てめぇらッ!」

「そうか、なら少し――」

「――盛り下がってもらいます」

 その宣言の下、それは落ちる。ここまで全て、アルと神功は互いに互いの拳をぶつけ合い、骨を削りかねない勢いで近接戦を続けてきた。だがそれは、それしか打つ手の無い神功だけの話であり、俺たちにはまだ様々な力がある。その一端を使わずにただの殴り合いで済ませてやるほど、俺は優しくは無い。

 トラヴィアータ――カティさんの兄、エドガーの用いる不可視の剣。それによって生み出された針の雨が、アルと神功の頭上に降り注ぐ。その瞬間、神功は何かに気づいたかのように目だけで上を見上げ、対してアルは、神功の懐へ大きく入り込んだ。ちょうど上体を曲げてアルと打ち合っていた神功は、その身体で以って盾のようにアルを庇う格好となったまま、それに対処することが出来ず、その背中に無数の針の刃が突き刺さる。

「ぐ……ふ……ッ!」

 さすがにこの一撃は応えたのだろう。だが、そこで攻撃の手を緩めるほど俺もアルもこの男を過小評価はしていない。

 神功の懐に入っていたアルは、その胸倉を掴み上げると、小さな身体で奴の身体を引っ張り、地面に両足が落ちる力を大きく利用し、一気に投げ飛ばした。いわゆる背負い投げの要領で神功の身体が円を描くように持ち上がり、地面と激突する。その一撃によって轟音が周囲一帯に響き渡り、地面に大きくクレーターが広がった。

「がぁっ! げ、ぐ……ご、ほ……ぁッ!!」

 背中に無数の傷を負った状態で、地面を叩き割るほどの勢いで叩き付けられたのだ。何とか受身を取って頭部への衝撃は避けたようだが、背中に受けた傷と漏れ出た息がそのダメージの深さを物語っている。

 しかし、それでも奴は立ち上がる。背中から血を流し、疲労困憊の状態であるにもかかわらず、収まるところを知らない尋常ならざる魔力を放ち続ける。その口元には笑みすら浮かべ、歓喜に打ち震えている。

「あぁ……最高だ……血が滾る。戦ってるって言う実感がある。オレは今、てめぇと戦ってんだぞ! 天魔ッ!!」

 大声で叫び、盛大に大笑する。その様に畏怖を越えて呆れさえ覚えながら、俺は言うべき文句だけを口にしておく。

「その名で呼ぶんじゃねーよ」

 天魔天魔と、さっきからうるさい奴だ。

 視線の先でアルが距離を取るのが分かる。神功の様子を見つつ、仕切りなおしと言うわけだ。神功もまた、身体を左右に揺らしながらも軸足でしっかりとを支え、一つ息を吐き出すと、その揺れがピタリと収まった。

 再び、二人は激突する。互いの拳を打ちつけ、踏み拉いた地面で舞い上がる瓦礫を相手の死角にして拳を振るい、跳ね返ったそれらの欠片が身体を傷つけることも気にせず、原始的な闘争へと回帰していく。その力は少しの間拮抗していたが、すぐに崩壊した。神功の身体がキレを落とし始めたのだ。受けたダメージがようやく身体にまで正しく浸透してきたのだろう。いくつかアルの攻撃を受け止めきれなくなり、地を蹴って飛び上がったアルの回し蹴りがその顔面を捉えたところで、俺は勝利を確信した。アルは、神功の顎を的確に捉え、打ち抜いたのだ。あれでは、もう立てないだろう。

「お、いおい……」

「ざっけんなぁ……はぁ、はぁ……てめぇ、ぶっ潰しにきたんだぞ……こんなんで、やられてたまるかよ……!」

 それでも奴は立ち上がる。その姿に、俺は本能的に恐怖した。ここでこいつを早々に討っておかないととんでもないことになると、そう判断した。

「ア――」

 神功を倒すべく、アルに指示を出そうとして、俺は時が遅滞していくのを感じる。

 この感覚、思考は回っているのに、俺の身体だけはどこまでゆったりと流れる、この不可思議な感覚は……まさか。

 歩みを緩めた時の中で、奴のものとは思えないほどに荘厳なその声が、ただ俺の耳に響いた。

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