③
何となく流れ的にゆったりとしているので、一応、物語が動くところまで一気に投稿しようと思います。
「あれ、カティさん?」
「あ、カティ! 金返せっ」
その時、ちょうどトレイに料理を載せた椿と恋がやって来る。椿は、器用にも両手で二つのトレイを抱えていた。その一つを礼を言って受け取り、俺は自分の席に置く。
恋はと言えば、再会したカティさんに金の催促をしているところだ。申し訳なさそうにしながらカティさんが金を払ったことでようやく満足したらしく、その肩を軽く叩いて自分の席に座った。こうしてまた、四人並んで同じテーブルに着くこととなったわけである。昨日ぶりの再会のためにある意味新鮮味は薄く、まるで昨日の続きを見ているかのようだ。
その思いは、どうやら他のメンバーにも共通していたらしい。
「昨日途中で話せなかったし、仕切り直しだな」
恋はうどんを啜りながらそんなことを言う。
「ごめんね、何も言わずに行っちゃって。あの後、先生に呼び出されたのよ」
「レイから聞いたぜ? 決闘に乱入したんだってな。よくやるよな~」
それにしてもこの二人、初対面からそんなに会話もしていないのにすごく自然体である。恋が人見知りするような殊勝な性格でないことは知っていたが、カティさんもずいぶんとオープンな人のようだ。まぁ、こういった気安さは外国人特有のものなのかもしれない。
楽しそうに話す二人を横目で見ていると、隣に座った椿がちょんちょんと肩を突いて来る。
「……さっきカティさんと何を楽しげに話していたんですか?」
その声に若干の不満を滲ませながら、椿は俺を半眼で訝るように見てくる。何やらひっそりとご立腹の様子だ。
椿の持ってきてくれた料理のパンを齧る。ホテルの朝食を思わせる、複数のパンをメインにハムやオムレツ、デザートなどを少しずつ取り揃えた一品だ。それを食べながら、俺は椿にさっきカティさんから聞かされた話をそのまま伝えることにした。
「失踪者の調査、ですか」
話を聞いた椿の反応は、俺とよく似たようなものだった。聞き覚えのない、と言った感が表情から見て取れる。
「なんでまたカティさんが?」
「さぁ? まぁ、手間のかかりそうな仕事だし、罰としてはちょうど良いと思ったんじゃないか?」
「でも、警察の仕事ですよね、それ。それにそんなことが起きてるのに一切話題になっていないって、何か変じゃないですか?」
椿の疑問は尤もだが、それを俺に尋ねられても困る。
俺は軽く頭を使って、いくつか思いつく理由を挙げてみることにした。
「学園側の情報規制とか、それぞれの事件自体に関連性がなく別個のものとして扱われているからとか、そんな理由だろ。失踪って一口に言っても、家出や駆け落ちなんかも大事に捉えればそうなるわけだしな。確証がないから生徒の不安を煽るような真似は控えてるんじゃないか?」
「なんだか、腑に落ちませんね」
「俺も事件の詳細は知らないからな。詳しいことを聞かれても答えられないって」
カティさんからも失踪事件があったって言う事実を聞いただけだからな。
納得しきれないらしく、椿は考え込むような仕草をしている。別にそこまで悩む必要もないと思うのだが、妹は何か気になることもでもあるのだろうか。
「なんか気になるのか?」
「だって、おかしいと思いませんか? 人の口に戸は立てられないとも言いますし、周りの人が失踪なんかしたら、もっと噂になると思うんですけど」
「いや、そっちじゃなくてな。ずいぶんとマジになってるみたいだからさ」
自分の身近な人間が失踪したのならまだしも、結局は赤の他人が巻き込まれた事件だ。薄情な物言いかもしれないが、そこまで真剣に考え込むことだろうか。もちろん、事件そのものに興味のある探偵的気質の持ち主であると言うのなら別だが、椿はそうした気質は持っていなかったはずである。
「そ、そうですか? 別に本気になっているとかじゃないんですけど……その、突然人がいなくなったりしたら、寂しいじゃないですか」
「そりゃ、まぁな」
それが全てでないことは表情を見れば明らかだったが、椿は誤魔化すつもりらしいので深くは聞かないでおくことにする。それに思い当たる節がないわけでもない。
「なぁ、レイ」
椿との会話に空いた一拍の間を狙ったように恋から声がかかる。ちょうど席の取り方から恋は対面に座っていたので、俺の前方から声がかかったことになる。そちらに目を向ければ、すでに食事を終えた恋が嫌な笑みを浮かべていた。また要らんことを考え付いたことは明白だ。
「聞いたかよ、カティのレポートの話」
その発言で全てを察してしまう辺り、俺もこいつとの付き合いが長くなってきたな、と感心してしまった。
「アタシらで手伝おうぜ、失踪者の調査ってやつをっ!」
あぁ、やっぱり……。
恋はいつも気だるげな目をしているのが特徴的だ。だがそれは、決して人生に無気力だからではない。むしろこいつ本人は、非常にアグレッシブと言っていいだろう。それでもそんな目の色をしているのは、単純に退屈だからだというのが本人の談。面白そうなイベントには、得てして目を輝かせ始めるのだ。
俺は嘆息し、一口大に千切ったパンを頬張る。こうなったこいつには、もう何を言っても無駄だ。勝手に盛り上がっているし、好きにしてくれと言ったところ。
「あー、なんだよ? 無視かよ? カティからも何とか言ってくれよ。レイのやつ、全然やる気ねーぞ」
オムレツをフォークで刺して口に運ぶ。うん、美味い。相変わらずここの学食はレベルが高いな。
それにしても恋が何やらカティさんに促している。そんなに調査をしたいのなら二人ですればいいのに、と思わないでもない。いくらなんでもそんな面倒ごとに関わるのはごめんである。
「うーん、恋が手伝ってくれるのは嬉しいけど、その気がない人を巻き込むのはちょっとね」
「はぁ? んじゃ、椿はどーよ?」
甘い甘い。椿を懐柔すれば俺も自然と転がり込んでくるとでも思っているんだろう。だが、椿がそんな思惑に乗るはずがない。何だかんだで椿は優等生だ。毎日の予習復習、その他二人暮らしをしている俺たちの家の事などに時間を割いているのだ。他の事に気を回している余裕なんかないのである。
目の前の料理を平らげ、水を飲む。俺は余裕の面持ちで事態を眺めていた。
「ええ、いいですよ」
「………………」
コップを置く。少しして、俺はゆっくりと椿を見た。
「私と兄様もお手伝いします」
「ちょ、なんで俺が――!」
勝手に快諾する妹に抗議しようとするも、ニコッと信頼したような笑顔を向けられれば何も言えなくなってしまう。ああもぅ、可愛いなぁ畜生!
っと待て待て。これでは俺が本格的にただのシスコンだ。いや、シスコンなんだが、兄の威厳としてここは厳しく当たるべきである。勝手なことをする妹を叱り、真っ当な道へ導くのも兄の務めだ、うん。あれ、でも妹がやろうとしていることは世のため人のためだし、俺を関わらせればその効率も上がるし……あ、あれ? そんなに悪くないこと、なのか。うん?
「なんかレイが頭捻りまくってんぞ」
「内心で色々な葛藤があるんでしょう」
そ、そうだな。妹が正しい善人の道を歩むべく、サポートするのも兄の務め。であれば、今回のことは妹のためになる。そのためなら粉骨砕身、我が身を投げ打ってでもここは妹を手伝ってやるべきだ。
「分かったよ、椿を手伝おう」
「いや、カティを手伝うんだけど……まぁ、同じことか。ってなわけでカティ、アタシら三人が調査をサポートするぜ」
何か細かいことを気にしていた恋だったが、言っていてどうでも良くなったらしく、最後はそう力強く宣言する。言われたカティさんも嬉しそうに頷いていた。レポートが大変だと言っていたし、コロッセオにも出られないと言っていたから、さっさとこんな課題は済ませてしまいたいのだろう。
謎のハイタッチを交わす二人を見やりながら、俺はそれを同じように眺めている椿のことを考える。ああも簡単に恋の提案に乗った意味、その意図。何を考えているのか、双子の兄妹なのにいまいちよく分からなかった。だが、椿に限って好奇心だけ、と言うこともないだろう。何か、彼女なりの正義感があるのかもしれない。それならそれで俺は構わない。妹が満足するのならそれで十分だ。
「ありがとね、みんな」
カティさんにはそう感謝されるが、複雑な気分である。別にカティさんを助けようと思ったわけじゃないのだから。
空になった紙コップとトレイを持ち上げ、立ち上がる。それを片付け、俺は未だ談笑する三人の方を見た。女三人寄れば姦しいとはいったもので、俺が席を立って間を置かずに話が盛り上がっているらしい。
……これから、面倒なことになりそうだな。