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1-5

 南向きの窓からは、真昼の日差しが差し込んでいた。光は、見慣れた自室の見慣れない私に影を落とす。

 フラミーは人を呼ぶと言ったまま戻ってこない。エリオは冷たい眼差しを残したまま去って行った。

 ようやく静かになった部屋で、私は一人息を吐いた。

 四者四様、どいつもこいつも勝手な奴らだ。病み上がりの人間の前で騒ぎ立てるなんて、非常識極まりない。その上誰一人も残さずに出て行ってしまうなんて、頭がおかしいとしか思えない。こっちは、目覚めて突然三年後と言われた身の上だ。もっと丁重に扱ってしかるべきではないだろうか。

 募る不満は胸の中で渦巻くが――だが、ようやく一人になれた。

「エリオのあんな態度、あたし初めて見た」

 と思ったが、そんなことはなかったようだ。


 不意に聞こえた声に、私は慌てて辺りを見回した。エリオが出て行ってから、部屋には誰もいなかったはずだ。新しく人が入ってきた気配もない。扉も閉まっている。

 ならば声はどこから聞こえてきたのだろう?

「ここ、ここ」

 声は聞こえても姿は見えない。ひとしきり部屋を見回しても、人の影はなかった。

「ここだってば」

「……ここってどこよ」

 馬鹿にされているようで、不愉快になる。低い私の呼びかけにも、しかし声は明るい調子を崩さない。

「上、見て」

「上?」

 言われて、反射的に視線を天井に向ける。


 そこで、少女の瞳とかちあった。


 ひっ。

 と上がりそうになる悲鳴を喉の奥に飲み込む。無理して作った平静の顔は、どう考えても歪んでいるのが分かった。

 天井から、少女が私を見下ろしている。年は十にも満たないくらいだろうか。地面が逆さになったかのように、少女は天井につま先をつけ、両手を背中に組んで立っていた。体は半分透けている。白いワンピースは天井に向かって伸びているのに、髪だけは不思議と垂れ下がっていた。

「……あんた、幽霊?」

 かすれた声で問いかける。少女は機嫌を損ねたように口を曲げた。

「違いますー」

「じゃあ、魔物?」

「いえいえ」

 軽く目を閉じ、少女は首を横に振った。垂れさがった髪が揺れ、私の顔に当たった――が、感触はない。

 少女は軽く天井を蹴り、ふわりと宙に浮いた。そうして、逆さまのまま、私と視線の高さを揃える。私を覗き込む瞳は黒く澄み、あどけなさと――奇妙に大人びた雰囲気をたたえていた。

「私は精霊。あなたの契約精霊です」

「精霊?」

 そう聞いた時の私は、おそらく幽霊を見たときよりも、ずっと引きつっていただろう。


 ○


 ローヴェレ家は精霊に好かれる家系だ。

 それは魔力の質によるものか、あるいは血筋に連なる他の要因であるかは知らない。ただ、ローヴェレ家の血筋に連なるものは、いずれも十を越える頃には一つ、二つの精霊と契約していることが常だった。

 精霊との契約は、魔法の力を底上げする。炎の精霊であれば火の魔法。水の精霊であれば水の魔法。契約した精霊の属性に応じた魔法を、桁はずれに強くさせるのだ。

 もちろん、すべての精霊が魔法において役立つ属性を持つとは限らない。精霊は世に無数いて、その性質もまたさまざまなのだ。

 たとえば、この世で最も役に立たないとされた木偶でくの精霊。「無用の長物」という属性を持つこの精霊は、あまりの役に立たなさに、契約者がそれで一冊の本を書いたほどだった。

 精霊との相性もある。炎の魔法を得意とする人間は、水の精霊と契約しても持て余すことがあるし、同じ水の属性でも、水塊を司る精霊と霧の魔法が得意な人間が契約しても、上手くいかないことがある。

 だが、それでも「精霊と契約している」という事実は強い。精霊との契約は、それだけでその人間の魔法的素養の高さを物語っているのだ。

 だから、幼くして精霊を従えるローヴェレ家の人間は一目を置かれるし、過半数の学生が卒業までに精霊との契約を済ませているという、ウェルチ魔法学院の評価も高いのだった。


 魔法使いの生涯における、精霊との契約数は多くて三体。それ以上は、人の身には扱えないと言われている。

 エラルド兄様の契約精霊は五体。薄明、閃光、光球。光を司る三体の精霊に、死者を招き導くという生命いのちの精霊と、外界を覗く境界の精霊。全部そらんじて言える。特殊な精霊ばかりだ。

 十四の頃には、生命の精霊と閃光の精霊を従えていた。卒業する頃には、五体すべてと契約を交わしていた。天才児の名に恥じない、優秀な学生だった。

 さすがローヴェレ家だ、と言われ続けてきたが、兄様は魔法の名門であるこのローヴェレ家の中でも、さらに抜きんでた存在だった。



「精霊、欲しかったんでしょ?」

 少女の声に、はっと我に返る。どうやら物思いに沈んでいたらしい。呆ける私の頬を幼い少女の手が叩いていた。もっとも、透き通った彼女の手は、私の頬をすり抜けるばかりだが。

「今のあなたには、あたしだけじゃなくてたくさんの精霊がいるよ。契約していないけど、勝手に手伝ってくれるのもいる。たぶん、どの魔法を使っても力を貸してくれるんじゃないかなあ」

「どの魔法でも……?」

「魔法が強くなるのは便利だけど、けっこー扱いが難しいのよこれが。だから、ちょっと練習してみた方がいいと思うよ」

 訝しむ私に、少女は渋い顔でそう言った。

「今日はそれを忠告しに来てあげたってわけ。いきなり軽い気持ちで魔法を使って、大惨事になったら困るしね。まあ、とにかくなにか魔法を使ってみてよ」

「なにかって言われても」

「なんでもいいのよ。えーと、じゃあそう。火。火の魔法。火種を入れるくらいの気持ちで、暖炉に向かって使ってみて」

 触れもしないくせに、少女はぐいぐいと私の背を押す。彼女の視線は、部屋に備え付けられた小さな暖炉に向かっていた。

「さあ、さあ! アリーシャのちょっといいとこ見てみたい!」

 そして妙に煽ってくる。やたら押しの強い精霊だ。精霊はみんなこんな感じなのだろうか。


 普段の私なら、人に言われて魔法を使うなんてことはしなかっただろう。

 そもそも、人からなにか命令されること自体が大嫌いなのだ。だから、あれをやれと言われることも、ちょっとしたお願いをされることさえも全部すげなく断ってきた。

「ヘイヘイ、暖炉ビビってるよ!」

「なによそれ」

 それなのに、言われるがままに魔法を使ってしまったのは、この状況の異常さゆえか、それとも精霊の力というものに、心惹かれてしまったせいだろうか。

 今は後悔している。



 部屋が一つ、丸ごと燃えた。

 精霊というやつは、加減を知らないのか。

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