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「こんな落ちこぼれと同じパーティなんて嫌よ」
ウェルチ魔法学院の定期試験。春季最後の試験は、地下迷宮の第十層まで行き、土鳥の卵を奪って来るという異例の難易度である。それにもかかわらず、危うく学院最底辺の劣等生と組まされそうになった時、私はとっさにそう言った。
「言っておくけど、私は一番の成績を狙っているの。だからこうして面子も揃えたって言うのに、足手まといなんて入れられるわけないじゃない」
学院中等部の渡り廊下。人通りの多い昼休みであっても気にせず、私は自慢のよく通る声を張り上げる。何事かと物見高い生徒たちが、教室の入り口から顔をのぞかせているが、それも全く気にならない。
「しかも、よりによってこの男! 置物よりも役に立たないゴミじゃない!」
言いながら、私はその劣等生を睨んだ。小柄で、まるで女みたいに軟弱な体のその男は、私の視線にびくりと震える。
同年代の女子と比べても大きいとは言えないその背丈。陶器みたいに白く繊細そうな肌は、色白を通り越して青白くさえ見える。私と同じ十四歳でありながら、未だ剣を振り上げることすらできないその体つきは、線が細いとか、美少年だとか、女子生徒の間では割合評判が良いらしい。だが、私にとっては役立たずを体現しているようにしか見えなかった。
そんな彼をかばうのは、二つの大きな三つ編みを束ねた黒髪の少女。地下迷宮攻略パーティの回復役であるフラミーだ。彼女は男を背後に隠しつつ、周りの様子を怯えた様子で窺っている。
「で、でもねアリーシャ・ローヴェレさん。エリオを一人で地下に潜らせるわけにいかないじゃない。あんまり魔法が上手くないならなおさら」
「なおさら! 私のパーティに入れるわけにはいかないわ。どこか他を当たればいいのよ」
「そんな言い方……エリオはあたしたちを頼って来てくれたのよ」
言いながら、フラミーは背後のエリオに目を向ける。エリオは俯いたままなにも言わない。
弱気なくせに反発するフラミーも癪に障るが、それ以上にこの男が私には不愉快だった。情けなくないのかと、嘲りよりも先に怒りが湧いてくる。魔法もろくに使えない。武器も体術も無理な体格で私のパーティに入ろうだなんて、馬鹿にしている。
「頼られたから、なに? 入れてやらなきゃいけない義務でもあるの?」
「義務だなんて……ひどいわローヴェレさん」
「はあ? 私がひどいっって? 冗談じゃない。ひどいのはそいつの成績と、ひどい成績の奴を入れようとするあんたよ。使えない、役にも立たないやつを混ぜようとして、そんなに私の成績を落としたいわけ?」
せっかく、そこそこ魔法が仕えるからとパーティに入れてやったのに、とんだ見込み違いだ。いや、八方美人でいつもおどおどしているあたり、元から気にくわない性格をしていたのだ。
「とにかく、そんな役立たずはうちにはいらないわ。うちじゃなくて、どこもいらないと思うけどね」
「ローヴェレさん!」
「なによ、だってそうでしょう? だからどこのパーティにも入れず、あぶれて私のところに来たってわけ。それにしたって身の程知らず過ぎるわ。成績最下位で魔力の全く使えない最底辺が、この私と同じパーティに入れるとどうやって思ったのかしら」
言っておくが、私とエリオには天と地ほどの成績の差がある。魔法の名門ウェルチ学院において、常に学年十位以内の成績を収める私と、コネ入学の実技最下位、魔法学院の生徒でありながら魔力を使えないエリオ。比べるどころか、並べおくことすら間違っている。ましてや、私の選抜したパーティに成績底辺の置物以下を入れようなんて、考えることそのものが私への侮辱だ。
「ローヴェレさん……本気で言っているの? エリオだって好きで魔法を使えないわけではないのに。エリオのことかわいそうだって思わないの……?」
フラミーが声を震わせながら私にそう言った。
「なにが『かわいそう』よ。だったら成績でも上げてみればいいじゃない。そうしたらパーティに入れてあげるか考えてあげるわよ。もちろん、荷物持ちとしてね」
ふん、と鼻を鳴らして、私はエリオから目を逸らした。フラミーの背後に隠れたままのエリオが、どんな表情で私の話を聞いていたかは知らない。興味もない。
「行くわよ、フラミー!」
呼びかけたけど返事はない。きっと妙な同情心でも出して、私に反抗しているのだろう。
「フラミー! 来なきゃあんたもパーティから外すわよ!」
無反応。いや、ためらいのような、小さなうめき声が聞こえただろうか。
馬鹿なやつ。エリオなどという荷物持ちにすらならないような役立たずと、私。どっちについて行く方が得か、考えなくてもわかるのに。
――まあ、いいわ。フラミー程度の実力、いくらでも替えが効くはずよ。
ふん、ともう一度強く息を吐き、私は二人に背を向けた。これでもかというくらい失望を込め、肩をすくめる仕草も忘れない。
――後で泣き言を言っても知らないんだから。
フラミーに犬くらいの知能があれば、すぐに私に謝りにくる。またパーティに入れてくださいと言ってくるに決まっている。
そうしたら、もう一度くらい混ぜてやっても構わない。フラミーの愚にもつかない独善も、その人の顔色を窺うような不快な目つきも、なにか言おうとしてすぐに口ごもる煮え切らない性格も、目をつぶってやっていい。それくらい許容してやる心の広さも私にはあるのだ。
八つ当たりを床に向け、荒く蹴り上げながらの去り際。背後から、様子をうかがっていたらしい同級生たちの声がこそこそと聞こえてきた。
「フラミー、災難だったね」
「でも、おかげであいつのパーティから抜けられたじゃない。良かったわ」
「あの女、権力を笠に着て無理やりフラミーを引きこんだんだものね。本当はあたしたちと一緒のパーティだったのに」
「ローヴェレ伯爵家の出来損ないのくせに、偉そうに一人前ぶっちゃって。でかい顔するなら、精霊の加護の一つくらい得てからにしなさいよ」
「あいつ、他のパーティからも無理やり引き抜いているらしいよ。そんなことまでして、一番になりたいのかしら」
不愉快をかき消すように、私は強く廊下を蹴りあげた。事の成り行きを見守っていた、暇を持て余した有象無象の生徒たちが、次々と私の行く道を避けてゆく。こちらに顔をしかめ、そそくさと逃げ出す者もいる。
――邪魔にならなくてちょうどいいくらいだわ。
栗毛色の髪をおもむろに掻き上げ、私は周りに目もくれず、私は大股で中等部の廊下を歩いて行った。
目指すは学院付属の地下迷宮。フラミーなんていなくても、私が見込んで引き入れた他のメンバーがいる。誰も彼も私よりは下だけど、足手まといにならないくらいには役に立つ。
――一人欠けたって問題ないわ。兄様だって、これくらい平気でこなすはずだもの。
強く唇をかみしめると、私は胸を反らして前を向く。
逃げてく連中なんて目に入らない。みんな、身の程をわきまえているだけなのよ。
○
フラミーなんていなくても、十層くらい平気で行けると思っていた。
所詮は学院付属の管理ダンジョンだ。いくら魔物が出るとは言え、いくら天然の地下迷宮とはいえ、学生が潜るために学院が所有しているものだ。
要は、甘く見ていたのだ。
学院付属地下迷宮。地下十層で、私のパーティは全滅した。
私の記憶は、それ以降途切れている。




