URUOI ウルオイ
自身が高校生のとき、色々なファンタジー小説がありました。多くは剣と魔法と魔法少女もの。妖怪退治ものもいくつかありましたが、少しダーティな妖怪退治ものの小説には出会いませんでした。ウルオイはダーティな要素を含む妖怪退治の物語。
ウルオイ、潤え、潤う時、何かが起きる。
ウルオイが儲けるため動いたとき、何か大きな事が起きる。
都内某所、雑居ビルの2階に妖怪退治を専門に行う会社があった。その名をウルオイという。社員は数名しかおらず大部分は学生バイト。代表者は俗に会長と呼ばれる中年の男性で、大田司という名である。大田は特殊な方法で霊感を持つ人を見分け、自身の会社のメンバーに加えてきた。ざっくりとメンバーを紹介する。
静香。30前後の女性で、眼鏡をかけている。担当は事務全般。大田が通っている飲み屋でスカウトした。
新宮寺了。ウルオイの正面にある高校の生徒。高校ではトップクラスの成績を修めているが、相当なワルで彼に歯向かう者は学園内にはいない。
ウー・メイファ。ウルオイの近くにある公園で野宿をしていた不法滞在者。現在はウルオイの事務所でぬくぬくと暮らしている。彼女の拳法の腕前は一流で、新宮寺も一目置いている。
この3名と、大田を入れた4人で会社を潤わせている。
このお話は、彼らウルオイのメンバーのドタバタ劇である。
夏真っ盛りの下校時間、新宮寺は舎弟たちの挨拶を背に受け雄々と校門から出た。数歩歩いた所で同僚のメイファに出会った。メイファは訛りのある日本語で、久々の仕事が決まった事を神宮寺に告げる。新宮寺は給料の事をメイファに愚痴りながら、道路向こうにある会社へ歩いて行った。
「ういーすおつかれー。」
新宮寺はだるそうに挨拶をしながら社内事務所に顔を見せた。遅れてメイファがお国の言葉で挨拶をして事務所に入り、ドアを閉める。
「やあ、新宮寺くん。久しぶりだねぇ。前回の仕事は君に任せて正解だったよ。」
会長と書かれたネームプレートの席に腰掛けている中年の男性、大田が新宮寺に声をかける。
新宮寺はソファにどかっと座り、面白くなさそうな顔で、目の前の灰皿を眺めつつ言った。
「前回の仕事の相手は弱い奴だったから、ってのはいいんだけどよ。まだ俺の口座に一銭も金が振り込まれてねえのはどういう訳だ?」
大田は席から立ち上がり、新宮寺にゆっくりと近づく。そして新宮寺の肩をやんわりと揉みつつ言う。
「依頼主がまだお金を入金してくれないんだよ。仕事で色々あったそうじゃないか。壁がけっこう破損したとか言っていただろう?修理代分を報酬から引いていいか聞かれているんだよ。それだと赤字になってしまうんだよ。でも、払わない訳じゃない。」
大田は胸ポケットから数千円を取り出し、新宮寺に握らせる。新宮寺は大田を睨みながら千円札を自身のポケットにしまい込む。
「で、仕事ってのは何なんだよ。」
新宮寺は大田の肩もみを拒否しながらソファに寝そべる。メイファは新宮寺の対面のソファに腰掛け、大田の話を聞く。大田は事務の静香から資料を受け取りソファ側の机に広げる。それは家の見取り図で、あちこちに文字が書かれている。大田の説明によると家のあちこちに幽霊らしきものが出る。文字で家のどこに出たか示されており時間なども記入されている。ウルオイではよくある幽霊退治であった。
「幽霊ねぇ。気持ちわりぃけど、大部分無害なんだろ。ほっとけばいいじゃんか。俺が感じたトコじゃ、たいして強い霊力を持ってねえし。メイファはどう思うよ。」
新宮寺は意思の集中を解き、メイファに尋ねた。
「私が感じた所だと、やっぱり弱く感じるよ。」
メイファも意思の集中を解き、新宮寺に答えたあと、大田をちらっと見る。
「そうかな~?ボクの見立てでは結構な力をお持ちの方が潜んでるようなのだが。もっと深く集中してごらん。」
新宮寺は起き上がり、家の見取り図に手をかざす。メイファも手を伸ばし、新宮寺と手を合わせる。深く息を吐き、深い集中状態へ二人は突入してゆく。夜空の星の明かりのような幾つもの光が脳内に輝いたあと、二人の心理に何か暗い影のような姿が浮かび上がる。その影は長く伸び二人の心理を弄ぶ。二人の動悸が早くなり、次第に影がその姿を現す。そして影の正体が二人を飲みこみかけた時、大田が二人の肩を叩いた。集中は解除され二人の意識は現実の世界に戻ってくる。手に汗をかいていた。
「どうだい?結構な奴だったろう。今回は二人の力を借りたい。ボクと新宮寺くんと、メイファちゃんで奴を退治しようじゃないか。」
大田はにかっと笑って二人の背中を叩いた。新宮寺は内心やばい気持ちでいっぱいだったが、尻込みするのはごめんだと仕事を受けた。メイファも修行になるからと仕事を受けた。
「ありがとうございます。もうあなた方しか頼れる方はいないんです。」
依頼人は一人暮らしのOLだった。大田は依頼人を慰めながら仕事の準備に取り掛かる。新宮寺とメイファは土足のまま家に入る。何が起きるか分からない妖怪との戦いにおいて足を守るためだと大田が依頼人に告げる。
「はいはーい、邪魔するやつは俺が許さねーからな~。」
新宮寺は空間を殴るような動きをしながら家の中をうろつく。これは戦いをしているというアピールで、依頼人を安心させるためであった。その間、メイファは集中しながら家の中をゆっくり歩き同じ様に、空間を殴る動作をしていた。メイファの場合、新宮寺とは違い、霊拳という力を発揮していた。この能力はメイファに備わっており、幽霊や妖怪などの霊体を攻撃出来る優れものであった。大田は二人の行動が何を意味しているか依頼人を抱きながら説明していた。
「ちっ、口がうまいおっさんだぜ。」
新宮寺は依頼人の女性を言いくるめながらべたべた触っている大田を睨みつつ、空間に拳を伸ばした。よく考えたら依頼人はいつも若い女性ばかりだ。大田の趣味嗜好で仕事を受けているのではと思うと、新宮寺は腹が立ってきた。自分の担当作業を止め、大田の所へどすどす歩いてゆく。大田は新宮寺が近づいて来たのを見て声をかける。
「おっさん。お前も手伝えよ。俺が依頼人を守ってやるから。」
大田の声を無視して新宮寺は大田に怒鳴りつける。大田は怯んだ様子で先ほど新宮寺が行っていた作業を受け持つ。
「あの、ありがとう。あの人、やたら私に触れてくるから怖くて。」
怯えている依頼人の女性に新宮寺は言う。
「わりーな、ああいう奴なんで。きつく叱っておきますから。」
その頃、メイファは影を感じた2階にいた。弱い霊は全て霊拳で打ち払い、残るは2階の一部屋だけであった。階下からは大田の大げさな演技の声が聞こえてくる。メイファは霊拳に光を灯し、影が潜む部屋へ進入した。外はうだるような夏の暑さだ。でもこの部屋はとても冷えている。冷房が効いているわけではない。お国の言葉で、一人ではまずかったかな、という呟きをして拳法の構えを行った。
新宮寺は依頼人から少し離れた所であくびをしていた。目の前では大田が汗だくで戦いの演技を行っている。やれやれと思いながら、あくびをまたした所でメイファの姿が無い事に気づく。大田の所へ近づきメイファの所在を尋ねる。大田は演技を中断し、メイファが2階に上がった事を新宮寺に言う。
「おい!相手はやばい奴なんだろう。メイファだけじゃ。」
大田は怒鳴る新宮寺の頭をつかみ、自身の顔に引き寄せる。そして小さな声で言う。
「依頼人に聞かれたら困るだろ。メイファちゃんなら大丈夫だ。彼女は強い。だが、社員がある程度頑張った所を見てもらえば、報酬を上乗せしてもらえるじゃないか。少々のケガなんて。」
新宮寺はしれっと言う大田に怒鳴る。
「少々のケガだと?ケガで済むのかよ。前回の仕事も結構やばかったぜ。メイファが庇ってくれなかったら俺が病院送りになってるところだ。」
新宮寺は2階に向かおうとする。彼の腕を大田が引っ張り、小さな声で新宮寺に言う。新宮寺は言われた言葉に一瞬そうかもしれないと思ったが、大田の腕を振り払い2階へ上がって行った。
新宮寺はメイファの名を呼びつつ、2階の各部屋を調べメイファを探した。一番奥の残った部屋へ新宮寺は入りかけたが、強力な霊力を中から感じ踏みとどまる。
「メイファ?」
部屋の中に呼びかける。ドアを開け中に入る。部屋の中は冷えこんでいて夏の暑さを感じさせない。メイファが部屋の真ん中に背を向けて立っている。近づこうとして新宮寺は思った。メイファに影がない。深く息を吐き意識を集中させる。相手がどこに潜んでいるか感じる。部屋の中にあるタンスから凄まじい霊力の流れを感じ取り、新宮寺は両開きのタンスを開いた!
タンスの中には、姿見のような大きな鏡が一枚あった。新宮寺は映った自身の姿に驚くようなやわじゃない。鏡を調べるために、意識を更に集中させ手をかざした。タンス自体の霊力は弱い。鏡の霊力は中ぐらい。鏡か?と新宮寺が思ったとき、背後に気配を感じふっと鏡を見た。先ほど影が無いメイファがいた辺りに、それは、いた。髪を床まで垂らした血まみれの女だ。片腕にメイファを抱き、へらへらと笑っている。
「おいおい、こいつはやばいぜ…。」
新宮寺はケンカ殺法なら地元で右に出る者はいない。だが、相手は幽霊だ。通常の打撃が効く相手ではない。しかし、新宮寺は迷って何も出来ない男ではない。拳にツバを吐きかけ背後にいるそれに向かって大きく振り回した。空間を拳が素通りし、背後にいたはずの幽霊の姿は消えていた。新宮寺は思った。鏡が本体ではないかと。だが、囚われていたメイファはどうなる。鏡が割れた場合どうなる。新宮寺は数秒間迷ったあと、鏡を割ることにした。そう思い鏡の方に向き直った。自身の目の前に奴がいた。新宮寺は頭がくらっときて意識が飛びかける。新宮寺は踏みとどまり最後の声のように吠えた。
「おっさん!おっさんどこにいるんだよ!やばい!やばいぜ!」
それで新宮寺の意識は完全に落ちた。
新宮寺は頭痛で目が覚めた。側には大田がいて目覚めた新宮寺に優しく笑いかける。新宮寺はその笑顔に寒気を感じがばっと起き上がる。起きた場所は廊下で、部屋の中ではない。
「おっさん、わりいな。しくじっちまったぜ。おっさんが部屋の外に出してくれたのか。」
大田は新宮寺にタバコを差し出すが、新宮寺はそんな気分じゃないと拒否する。
「いや、新宮寺くん。ここには部屋はないんだよ。」
と、大田は壁をなでる。新宮寺は壁に張り付き撫でたり叩いたりする。確かにどこにも入り口はなく、部屋である形跡はなかった。家の見取り図では、ここに部屋があったことは確かだ。だが、ない。
「…メイファは?メイファはどこだよ。あいつ、幽霊に囚われてて。」
大田は何故かめんどくさそうな態度を取り、ため息をつく。
「新宮寺くん。悪い事故だったと諦めてみないか。」
大田はそんな事を言った。新宮寺はしばらくの間あっけに取られていたが、意識を取り戻し大田につかみかかる。大田はメイファを救出しようと言う新宮寺を、柔道の技で投げ飛ばす。新宮寺は投げ飛ばされても大田に挑み、あの手この手を考え意見する。その度に大田は新宮寺を軽く投げ飛ばし鼻で笑う。
「階下に下りてみれば諦めもつくはずだ。」
大田はそう言って階下へ下りてゆく。新宮寺は大田を追って下へ向かった。
1階は全体が寒かった。夏の暑さはどこにもなく、冷蔵庫の中にいる気分であった。そして、壁や天井を髪の毛がびっしりと覆っていて、トイレがあった辺りの壁の中にメイファはいた。髪の毛がメイファをぐるぐる巻きにしている。新宮寺はメイファを救出するため髪の毛をつかむ。
ちっ
新宮寺の指に髪の毛が傷をつける。うっすらと赤い血が指に滲んでいる。
「その髪の毛は、強く触れると指が飛ぶぞ。新宮寺くんが2階に行ってすぐぐらいにこの変化が起きたよ。相手さんの逆鱗に触れる何かがあったのだろうね。相手さんはこの近辺の情報によると古い神のような存在でね。依頼人も変な場所に家を買ってしまったと嘆いていてね。」
新宮寺は依頼人の姿を探し、あたりを見回したが、いない。あの女性は今どこにいるのか。
「新宮寺くん。探してもあの女はいないよ。あれも霊だからね。古神に飼われている霊の一つだろうね。」
新宮寺は頭痛がしてきた。壁の中のメイファを見つめ、どうしたらいいんだと頭痛がする頭を拳で軽く叩く。
「新宮寺くん。君は能力を秘めているが、まだ開花していない。まだ、君は無力なんだよ。君は家に帰って風呂にでも入りたまえ。」
大田はそう言いながらタバコをふかす。新宮寺は、メイファのことが頭をよぎった。あいつどうなるんだろう。おっさんはあいつを捨てて行くんじゃないか。俺がこの家を去ったらあいつは消えてしまうんじゃないか、でも、俺には何も出来ない。
大田は壁にぺたぺたとおふだを貼り付けていく。霊を閉じ込める封印符だ。このままじゃ本当にメイファは霊と共に封印されてしまう。意識が深い闇に落ちてゆく。その時だった。
「ワレトトモニアユムカ?」
声が聞こえた。意識の底から何かが現れる。炎をまとった大きな鬼だ。
「お前は俺に力をくれるのか?」
新宮寺は鬼に問いかけた。鬼は新宮寺に言い放つ。
「チカラヲホシクバワレトトモニアユメ」
新宮寺は意識の底から現生へ帰還した。鬼の手をつかみ。
轟音と共に新宮寺の右手にメラメラと燃える炎が具現化する。大田はぎょっとして言う。
「力の解放はありがたいが、火はやばいよ!火は!家が焼け落ちるだろ!」
新宮寺の手で燃える炎は、一振りの剣を生み出す。新宮寺が髪の毛の束縛を切り払うため望んだ形だ。
「うーん、侯炎剣の霊能力か。確かにその力なら髪の毛を排除できそうだ。だが、使えば寿命を削るぞ?」
新宮寺に迷いはなかった。手にした炎の剣で髪の毛を焼き払った。周囲に悪臭が立ち込める中、髪の毛を排除し、壁を切り払いメイファを救出する。炎の剣から放たれる火の勢いは凄まじく、周囲に引火し、大田が懸念した通り家は焼け落ちそうだった。そして2階からそれはズルズルと現れた。髪の毛が長い血まみれの女性の姿。体は延焼し焼けただれている。大田はメイファを担ぎ外へ飛び出す。
「幽霊だか古い神だか知らねえが、俺が退治してやるぜ!」
新宮寺の拳に炎がまとわりつき、古い神を激しく殴打した。古い神は激しく燃え上がり、絶叫をしたあと、家と共に燃え尽きた。
警察でウルオイの面々は事情聴取を受けていた。事の顛末を警察に告げるわけだが、妖怪退治など警察を馬鹿にしていると思われ激しく叱責される。放火犯として逮捕される直前、警察の上層部から釈放するよう声がかかる。ウルオイのメンバーは何故か釈放され、会社へ戻って行った。警察署のオフィスから去ってゆくウルオイのメンバーを見つめる男がいた。
「美雪総監。いいのでしょうか。放火犯を釈放などして。」
美雪総監と呼ばれた巨漢は、彼らの力が必要になることがある。監視だけは怠らぬようにと部下に言い、姿が見えなくなるまでウルオイのメンバーを見つめていた。
「会長、お帰りなさい。お疲れさまでした。ところで、依頼の件で依頼者が訴訟を起こすと言っていたのですが、ここ数日連絡が取れず、弁護士の方も依頼者に連絡が取れないとのことです。はい。」
静香が業務連絡を大田に告げ、自身の席に戻り、パソコンに向かいキーボードでカタカタ打ち始める。新宮寺とメイファはソファに腰掛け、ほっと一息をつく。
「でも、家が焼け落ちたから報酬無しかあ。意味の無い仕事だったよ。」
メイファがあちこち負傷し頑張った割に報酬がない事に腹を立てたのに対し、大田は今度焼肉でもおごってやるからとなだめた。
新宮寺も今回、金が入らなかった事にむかついていたが、自身の新しい力に喜び震えていた。炎の力。強力な相手でも倒せるすごい力を手にいれてしまった。こっそり隠しているタバコを一本取り出し、火をつけてみる。
メイファが焼肉はいつ行くのか大田にせがんでいる。静香も眼鏡を上にあげつつ私も連れて行って下さいと言い、大田は焼肉の件をうやむやにしようとし、新宮寺は指先のタバコを見つめて思った。
「あれ。火が出ないぞ。」
URUOI ウルオイ 完
さらっと書いてみました。自身が高校生ぐらいのとき、マンガで書こうとネタを温めていたお話です。
元々、テーブルトークという遊びでこのウルオイを数年間行っていました。自身の方向性を考えマンガでこれを表現しようと思っていましたが、色々ありまして。
そこから数十年色々なことをして時が過ぎ、2015年の4月のある日、友人から小説を投稿できるサイトがあることを聞き、ここで小説を書く感じになりました。
自身の自己表現を色々行ってまいりましたが、やはり何かを形に残そうと思い、書いてみた次第です。
このウルオイを書くにあたってお世話になりました、Oさん、Iさん、Rさんと、Mさんに限りない感謝を。このサイトを立ち上げて頂いた運営の方にも感謝をし、
結びの言葉を、読んでいただけるかもしれない読者の方に送りたいと思います。
「妖怪、大好きなんです。」
2015年4月吉日 桃園夕祐