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むーみんのひふ

作者: 志田輝帆

「美奈子、土曜日は動物園に行こうよ」って言ったのはきみだよ。なのに、待ち合わせの時間を十三分過ぎて、私のスマホが受信したラインは「ごめん行けなくなくなった」。読み返されないまま送られた、なくが二つ並んだ文章をそのままに映し出す携帯が忌々しくて、スマホを地面に叩きつけたくなった。スマホをぱりぱりの粉々にして、二度とヤツと連絡を取れなくするのだ。そう思うけど、スマホをぱりぱりにする代償と、どうせ月曜日にクラスで会っちゃうじゃん、なんて考えが三秒後に思い浮かべてしまう私ははまだまだ全然だめなんだろうな。

ここまで来てしまったんだからと思って、一人で動物園のチケットを買う。家族連れやカップルか動物たちをデートのネタにして流れ作業みたいに歩いていくなか、私はベンチに座ってキリンを見つめていた。後ろに背の高い木が植えられていて、そのせいで微妙に日陰になってはいるけど、それでも九月の暑い暑い夏のなか、私はただただキリンを見つめていた。ねぇきみたちは昔は首が短かったのか?それでも、高いところのエサを食べたいっていう執念のために伸びたのか?それって本当?でもそれが本当だとしても、私の目の前にいるきみは生まれたときから首が長かったんだよね。そう思って溜め息をつく。だってそれは、生まれつきかわいい女の子みたいに有利じゃないか。

何をするでもなく、しばらくキリンを見つめ続けたあと、ゆっくりと立ち上がると、背中に汗がつうと垂れた。かき氷の看板が出ていて、今食べたら美味しそうだと思ったけれど、一人でそんなものを食べれるわけもなく、残りの動物たちを流すように見ると家に帰った。

あのメールに、大丈夫だよ、気にしないで、とだけ返信したけど、それから何も返ってこなかった。

家に帰って、ベッドに倒れこんでしばらくするとクーラーが効いてきた。そうして、だんだんとひんやりしていくベッドに横になりながら、本能のようなもので見てはいけない気がしたけど、きみの好きな、元気で明るいバレー部の女の子のツイッターを開いた。直感は当たる。証拠はばかみたいに見つかる。

「友達とゆにばなう!」彼女の笑顔の横で照れるように笑うきみの写真があった。だめじゃん、こういうのはだめじゃん。バレないようにやらなきゃいけないんじゃないの?なんで、きみは。ぽろぽろと涙がこぼれてくるのを、ばかみたいに思った。

思い出す。私がきみに好きだよって言ったとき、「おれ、好きな子がいるんだけどいい?」って困ったふうに微笑んだことを。「私のこと好きにさせるから大丈夫!」なんて答えてしまったこの口を呪いたい。だめじゃん、だめじゃん、美奈子ちゃん。きみは今でも彼女の誘いにあっけなく私を切り捨てるじゃないか。

月曜日。最近の席替えで私は一番前のドア側の、人が入ってくるたびになんだか気が散ってしまう席になったのだけど、そこに座って本を読んでいた。何人目だろうか、私がまた本から顔を上げてしまったとき、そこにはきみがいた。目があって、きみは「ごめんね、土曜日、急用で」とすまなさそうに唇の端をひいた。最低な彼氏だ。そう思うのに、きみが最低だということが胸のなかであんまり浸透しなくて、私はラインを返したのと同じように「大丈夫だよ」って弱々しく笑った。そのとき、ドアが開いて、廊下からの生ぬるいがふわぁっと頬を撫でた。バレー部の、あの女の子が友達と登校してきたところだった。彼女は、私の机の前に立っていたきみの肩をトンと叩いて、「おはよ」と笑うとすぐに歩いていった。きみはゆっくりと振り返って彼女の背中を見ていた。ずきん、と胸が痛んで、ずきん、ずきん、とほんとうに痛かった。彼女の茶色い髪が教室の照明でつやつやと輪を作っていて、それがきりんのふさふさみたいに見えた。ああ、彼女はきりんで。私と違って生まれつき首が長いから、簡単に好きなものが食べられるのか。

「…きりん」

小さな声で呟いてみたけど、きみは振り向かなかった。

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