約束事の御約束 ~彼が指を眺める訳~
チョト怖い話です。
【♀】
私と彼はお互いに秘密を持ちました。
他人には知られたくない秘密ですので、私は彼にある提案をしました。
「指切りをしましょう」
彼は「うん」と頷き同意しました。
絡み合うお互いの小指。読書家の彼の指は、細く長い。少し力を入れてしまえば折れそうなくらい……。
だから私は……。
ボキリ。酷く不愉快で不気味な空気の振動が、私の小指に伝わったの。
【♂】
僕の小指がなぜ折られたか、理由を考えるべきだ。
理不尽な痛みに耐えながらも、僕はある仮説を導きだした。
おそらく「どーせあなたは約束を破るのだから、今ここで螺切ってやる!」こんな感じだろうか?
案外筋が通りそうなものだ。
とにかく僕は「折れてる! 折れてるよ!」と言ってみた。
【♀】
何!? 私は小指に力を込めながらも驚いた。
なぜなら彼は「惚れてる! 惚れてるよ!」と私に言ってきたのだから。
私は知らなかった。指切りの最中に相手の小指を折ると、本音が聞き出せる事を。
突然の告白に戸惑いながら、私は決意して言った。
「私も……惚れてるよ」と。
【♂】
絶対に違う。彼女の小指は折れてはいない。
もしも折れているのであれば、多少なりとも小指に込められた力が減退する筈だ。
しかしだからと言って相手の言葉を疑い尽くすと言うのはあまりにも配慮がないだろう。
男としての器を大きく持つべきだ。まずは彼女に本意を聞き返す事を優先しなければ。その上でこの状況を吟味しよう。
「ほっ、本当に?」
【♀】
やっぱり! 彼は私に好意を寄せいるわ!
私はこれから彼と楽しく過ごす、薔薇色に彩られた学生生活を思い描いて、幸せな気持ちで一杯になりました。
私の全身は歓喜に打ち震え、より一層の力が私の両手に込められた。
彼の期待に応えられるかしら? 私はそんな事を頭で巡らせながら言った。
「……うん。本当よ」と。
【♂】
いやいや、なぜ頬を赤らめているんだ。そしてさらにも増して込められたこの小指の力はなんだ。
折れている小指でこの怪力とは、君は化物とか妖怪の類いなのか?
だとすると、僕は人生で初めて妖怪を目撃した事になるぞ。
やはり……と言うか……。これは強行手段に打って出るしかないだろう。
僕はどうあっても離れない小指をそのままに、彼女の後ろへと回り込んだ。
【♀】
彼が私の後ろから抱きしめるものだから、私は緊張してしまいました。
こんな大胆な彼に……私の心はどんどん引き寄せられて行きます。
後ろ手に回った私の右手も、羽交い締めプレイのようで……どこか興奮する。
【♂】
僕の胸と彼の背中にガッチリ挟まれた僕の右手。彼女首に巻き付く僕の左腕。
このまま右手を吊り上げて、彼女の右肩を外す事も出来よう、しかし相手は恐るべき怪異の類い。肩をボキリとやったところで僕の小指がブツリとなりかねない。
だから僕は「放さないと首を折るよ」と言った。
【♀】
これからの事よね?
そうね、何を『話そう』かしら?
幸福な未来を想像しながら私は言ったの。
私の素直な気持ち……彼がそうした様に、私も正直に。
「……いいよ。君のしたい事……。何でもして」
きっとここで私の初めてが奪われのね。
【♂】
首を折ったぐらいではびくともしないらしい。
何をどうすればこの呪いは解かれるのだろうか?
小指の感覚が失われつつある状況が、僕の思考能力を大幅に底上げする。
よしわかった! お祓いをしよう!
「僕……神社に行きたいのだけれど」
呪いを解く為だ、そう悟られてはならない。
【♀】
まあ! 気の早い事! 段階を踏まずにもう婚約するの!?
けれど私の意見も聞いて欲しいな、結婚式は教会がいいよ。
「教会じゃ……ダメ?」
やっぱり、純白のウェディングドレスを着たいもの。
【♂】
なるほど、外国のタイプですか。そうなると差し詰ウィッチの類いか。
となればこう言う事だろう。
呪いを試してみたが失敗、これを解く為には特定の儀式が必要である。
「いいよ。何か必要なものはある?」
【♀】
優しい君に、甘えてばかりの私。
ごめんね、わがまま言って。
そんな君の優しさに免じて安物のペアリングで許しあげるね。
「ペアリングだけで……いいよ。今は……ね」
大々的な結婚式はもっと大人になってから。楽しみは後にとって置きましょう。
【♂】
「今は」とはこれからを示唆する言葉である。
一筋縄では行かない厄介な呪いである事が伺える。
しかし助かった。ペアリングだけでこの状況が打破出来るのであれば願ったり。
「直ぐに買いに行こう」
後日談。
【♀】
二人で選んだペアリングを薬指に通した時、私はこの上ない幸せに襲われたの。
これが外れる時が私たちの結婚式なのね。
【♂】
彼女の意見を参考に選んだペアリングを薬指に通した時、僕は呪いと言う軛から解放された。
これで二三年は大丈夫らしいが、然るべき時が来たら、大々的な儀式を必要とするらしい。
第三の声。
結論から言う。彼と彼女は後に婚約をした。
彼が異変に気が付いた時にはもう後には引けなかった。しかし彼は後悔してはいない。
仕事が終わり帰宅してからの、平凡な幸せ。
子供達の笑い声、そしてそれ吊られ笑い合う彼と彼女。
そんな時、彼は右手の歪に折れ曲がった小指を見て思う。
なぜ僕の小指がへし折られたのか、と。
完
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございます。