試練の道(後編)
ホクホク顔(無表情ですが)の勇者さんが、コロシアムをあとにします。何か良いことでもあったのでしょうか? とんと見当が付きません。
残念ですが、僕はここまでのようです。地面に突っ伏し、ガクガクと震える手を口惜しく見詰めます。魔力の枯渇による禁断症状……魔術師特有の症状です。
「……、」
魔素欠乏のステータス異常に侵され、力尽きようとする僕を、誰かが後ろから支えてくれました。
ラクダさんでした。首から提げている一等賞のメダルが誇らしげです。二人は息も絶え絶えに、
「……ヴェルマー。限界だ。彼女は我々の想定を常に上に行く。これ以上は……」
「ま、まだです。まだやれます」
「ヴェルマー! しかしっ……!」
「彼女は……勇者さんは十二歳なんです。誰かが傍にいてあげないと駄目なんです」
主旨が良く分からなくなってきました。
気付けば僕は、第二支部の皆さんに囲まれていました。子役に抜擢された幼き魔女の姿もあります。
「べるまー、べるまー」
……僕って、年下の女の子にナメられる性質なんですかね。蘇生処置を施されている僕の身体を、少女が乱暴に揺すります。
「みみか族見たい! みみか族見たい!」
任務の重圧から解放された反動なのでしょう。お目々がきらきらしています。
「……メエメエはおねんねしてるの。起こしたら可哀相でしょう……?」
夜行性のミミカ族は、日中はお昼寝してます。どうも誤解されがちなのですが、ヴェルマー家はミミカ族を使役している訳ではありません。僕らの関係はあくまでも対等です。例えばの話ですけど、真夜中に叩き起こされた人間が快く協力してくれると思いますか? 僕は思いません。
横倒れになったまま死んだように眠り続ける若頭の姿は、日曜日のお父さんを髣髴とさせるものです。僕は、子供達の夢を守らねばなりません。
懇々と説得すると、渋々ながらではありますが納得してくれたようです。
「……夜ならいい?」
「…………まあ」
僕らは一蓮托生です。困難な任務になるでしょうが、一緒にがんばりましょうね。
勇気が湧いてきました。禁断症状も治まってきたようです。
「……支部長さん」
「なんだ?」
これまで黙って成り行きを見守っていた女性が、部下を制して進み出ます。こちらは本物の魔女です。魔素への適応力が高いぶん、魔術師の男女比率はどうしても後者に傾くのです。
僕は決断しました。
「オペレーション・シェパードを発動します」
「……打って出るというのか」
僕らに残された手段はひとつしかありません。直接対決です……!
≪“小人”より“羊飼い”へ。“眠り姫”は魔女のリンゴをかじった。繰り返す。“眠り姫”は魔女のリンゴをかじった。健闘を祈る。オーバー≫
魔術的な糸電話による通信を終えます。
勇者さんの迷走は混迷を極め、サクラによる誘導、立て看板による軌道修正、それら全てが失敗に終わりました。無理もありません。勇者さんは人の善意を信じられない心の病にかかっているのです。
女性向けの服屋さんに突入していく迷子の子猫ちゃんを為すすべなく見詰めます。
おっと、こうしてはいられません。
服屋さんの半径30レト圏内で包囲展開しているゴーレム部隊の皆さんに握り拳を突き出して応えます。
お店の裏手に回り、従業員用の出入り口の前に立ちます。鍵が掛かってますね。金属の棒で固定されるタイプの単純な構造です。
指でトントンと扉を叩きます。ガチャリと音を立てて、セキリュティが無力化されます。魔術を習っておいて良かったと、生まれて初めて思いました。
良い子は真似しちゃいけませんよ。
「失礼」
お勝手口からエントリーします。
建物の構造上、突き当たりを左に曲がれば店内に出られる筈です。姿勢を低くして、忍び足で経路を駆け抜けます。
首尾良くカウンターに辿り着いた僕は、アクセサリーコーナーで髪飾りを吟味している勇者さんを発見しました。
勇者さんも女の子なんですね。
「……あの、お客さま?」
さすがに店員さんの目を誤魔化すことは出来なかったようです。カウンターに身を潜めながら、横目で一瞥します。
可憐なお嬢さんでした。
……これが恋なんでしょうか? 生まれて初めて経験する一目惚れの感覚は、潜入先で正体が露見したときの胸の高鳴りと酷似していました。
「魔術連の者です。突然ですが、」
普段はローブで隠してあるミスリル製のペンダントを掲げます。
「ま、魔術師」
二秒で失恋しました。
「…………突然ですが、魔術師の連盟における属三、人的統括部門の宣言に関する項目第五十二条、魔術行使の特別義務ならびに魔導器の丙類に随する特使権限を発動します」
「……え?」
「早い話が、不法侵入しますけどいいですよね?」
事後承諾です。店員さんの返事を待たず、そそくさとエプロンを身に付けて、カツラをかぶります。
女装は変装の基本です。羞恥心を捨てたら人としておしまいですが、何事も慣れです。
「……普通ですね」
店員さんの評価は微妙ですが、こんなもんです。むしろ褒められたら凹みます。
「あー、あー、あー」
声色を調整して、準備完了です。
親の仇を見るような目付きでリボンを睨んでいる勇者さんに、店員を装って近付きます。
「お客さま。よろしかったら、お鏡の前で試されては如何ですか?」
勇者さんが、びくっとしてこちらを振り返ります。改めて見ると、赤い瞳の裂けた瞳孔が怖すぎです。けれど、ひるみません。僕の変装は完璧です。
「…………何してんの」
ん、反応がニブイですね。罪な人です。
「今ならお安くしておきますよ、お嬢さん。アクセサリー全品が、なんと50パーセントオフの大特価。貴女には薔薇が良く似合う」
「えっと、……それ何キャラ?」
うん、キャラクターが崩壊してきました。でも気にしたら負けです。
サボテンの花なんて、もうどうでもいいです。酒場で受けた依頼の品なのですが、あらゆる事態を想定して、市場に出回っているサボテンの花は買い占めてありますから。
僕の営業スマイルは鉄壁です。
勇者さんが、スッと目を細めて、凝視してきます。
「…………」
思わず視線を逸らしてしまいました。怖いものは怖いんです。
すると、勇者さんは深々と溜息を吐いて、シルクのリボンをひょいと摘み上げます。
「……いくら?」
やりました。苦節一年、とうとう僕は勇者さんに勝利を収めたのです。
僕は、満面の笑みで価格を提示します。
「100ルミィです」
「高いわ」
「え?」
「5ルミィに負けなさい」
「ごっ……!?」
架空の一ケタ台ですか!? それはツケにしろと言っているのと同じですよ!? 一体どこでそんな高等技術を……!
僕は、かろうじて声を絞り出します。
「きゅ、90ルミィまでなら」
「話にならないわね」
勇者さんの弁舌はズバリと切れるカミソリがごとしです。
「……でも、いいわ。10ルミィまでは譲歩してあげる」
……負けられません。僕の中で、熱い何かが燃えたぎってきました。ここで引いたら、僕の一生は勇者さんの言いなりになってしまいます。そんな気がします。
「30ルミィで勘弁してくれませんか」
断腸の思いとはこのことです。
「……何も分かってないのね」
溜息を吐かれました。僕の何がいけなかったんでしょう。
「ほんの10ルミィで、あたしのそばに置いてあげるって言ってるの。安いもんでしょ?」
……あの、リボンの話ですよね? え? あれ? 僕がお金を払うんですか?
そろそろと後ずさると、唐突に勇者さんが僕の胸倉に手を伸ばしてきました。
「ひっ!?」
「何が不満なの」
「め、滅相もないですぅ……」
僕は、半泣きでお財布を取り出しました。大赤字です。これって経費で落とせるんでしょうか?
僕がお会計を済ませるかたわら、勇者さんは10ルミィ銅貨を握り締めて満更でもなさそうです。
「そんなにあたしが心配なの? ひとときも離れられないのね。仕方のない人……」
店員さんの視線が痛いです。
「150ルミィになりまーす」
ミッションコンプリートのファンファーレが高らかに鳴り響きました……。
第九話です。
南の果てから北上してきたミミカ族を鎮圧するために戦場へと投入されたのが、魔導器の乙類すなわちゴーレムです。