試練の道(中編)
……心配です。
考えてみれば、勇者さんがこの世界に召喚されて、わずか一年です。本当なら言葉も満足に話せない赤子のようなもの。極度の人間不信ですし、くじ運の悪さは折り紙つきです。可愛い子には旅をさせろと申しますが、そんなものは言い訳にもなりません。
サボテンの陰に身を潜め、勇者さんの動向を見守りながら、理論武装を終えます。
物陰から物陰へと移動を繰り返し、残すところ三馬身まで迫りました。
少し近すぎるような気もしますが、如何な勇者さんといえど僕の尾行を見破ることはできないでしょう。
黙ってさえいれば、隣を歩いていても気付かれない自信があります。本気でミッションコンプリートしちゃったら立ち直れなくなるので、実際に試したりはしませんが。
…………ひょっとして僕って影が薄いんでしょうか? かれこれ一年間ほど無断外出してますけど、これって公休扱いになるんですよね? あれ? 僕って単位とかどうなるんです? 進級は?
自分の思わぬ一面を発見して戸惑う僕をよそに、勇者さんは順調に商店街までの道のりを踏破します。
将来を見失っている場合ではありません。
慌ててマップを検索すると、第一チェックポイントまであとわずかです。
あらかじめ協力を要請しておいた魔術連南方第二支部の皆さんがスタンバっている筈です。
「…………」
あれです。ラクダに扮した二人組みの人物が、まるで世を儚むような足取りで勇者さんに接近中です。……自分で頼んでおいて何ですが、どことなく悲哀を感じさせる姿ですね。奇異の視線を独占状態ですよ。
(……ひどいな)
他人事のように思いながら、手に汗握ります。道のど真ん中を歩いている勇者さんは、きちんと歩行マナーを守れるのでしょうか?
「…………」
なんと、勇者さんは一歩も譲ろうとしません。なんたる覇気でしょう。予想外の展開に、ラクダさんの足並みが乱れます。
……! このままでは衝突してしまいます。
「――……」
祈るような気持ちで、呪詛を紡ぎます。
「ぐっ……!」
「ヴぇる、ま……!」
謎の断末魔を残して、ラクダさんが崩れ落ちます。きっと砂に足を取られたのでしょう。……マンドラゴラも馬鹿にできませんね。
後方で待機している救護班の皆さんにサインを出して、ラクダさんの回収を急がせます。何事も人命優先です。
「……?」
第一チェックポイントを通過した勇者さんは、首を傾げながら商店街に足を踏み入れます。
第二チェックポイントのお花屋さんはすぐそこです。けど安心するのは、まだ早いです。ドラマはここからですよ。この時点で僕はひとつの罠を仕掛けました。
年端も行かない少女が、おばあさんの命を救うためにサボテンの花を買い求めるというお芝居です。たったひとつしかないサボテンの花を、勇者さんは快く譲ってあげることができるでしょうか?
もちろんお花屋さんのスタッフは、すでに買収済みです。演技指導の賜物でしょう、お花屋さんに扮している第二支部の皆さんは、痛々しいまでの営業スマイルを振り撒いています。
さあ、皆さん! 夜を徹した練習の成果を見せるときですよ!
「…………」
勇者さんは、お店の前を素通りしました。
50ルミィを握り締めてゴーサインを待っていた小さな魔女が、「え?」という顔で勇者さんを見送ります。お花屋さんの偽装スタッフらも同様です。
…………少しばかり難易度が高すぎたのかもしれませんね。
ラクダレースのコロシアムに入っていく勇者さんのあとを追いながら、イベントフラグの突入角の甘さを悔やみます。
(っ……なんてことだ)
悲しいお知らせです。お気付きのことかと思いますが、勇者さんはお花屋さんとコロシアムの区別が付いていないようです。建物の規模がまったくと言っていいほど違うので、度外視していました。緊急事態です……!
(どうする? いや、落ち着け。冷静になるんだ、ダロ=ヴェルマー)
逸る鼓動を押さえ付けます。
(彼女は聡明だ。すぐに気付いて引き返してくるだろう。身を隠さなくては……)
その場で片ひざを付いて、地面に素早く陣を描きます。魔術の一種で、魔法と呼ばれる術式です。世界の法則を部分的に捻じ曲げる荒業なので、魔力の消費が半端ナイのですが、神秘の枝(装備欄には“呪霊のツノ”とありますが、気にしたら負けです)を媒体にすれば術者への負担を和らげることも可能でしょう。
完成した陣の上で精神の安定を保ちます。かなりきついですが、これで僕の姿は外部からは認識できなくなっている筈です。勇者さんが通るのを遣り過ごす程度なら何とかなるでしょう。
待ちます。
待ちます。
待ちま……。
…………。
勇者さんは、一時間ほど経っても戻ってきませんでした。
第八話。三部作になりました。
王国は、魔術師の分散と戦力の確保を目的とし、魔術連と称される組合を各地に設けています。