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夏の祭りの裏(鉄道)

 がたん、ごとん、がたん、ごとん。


 心地いい振動にまどろんでいるうち、寝入ってしまったのか。ぱちりと目を覚ましたとたん、各種ステータス及び戦術画面(タクティカル)にざっと目を通して索敵モードに移行したのは、いささか礼を逸した行為だったかもしれません。


 実家から連れ戻して以来、遅刻にうるさくなった級長さんが家宝の魔剣を携えて起こしにくるものですから、自分でも妙だと思う癖が染み付いてしまったのです。元来、ミミカ族(夜行性)の方々と同じ生活リズムで活動していた僕は、おかげさまで日が昇ると共に襲撃におびえる日々を過ごしました。本当にありがとうございます。


 ところで、ここどこですか。


 どうも記憶がぼんやりしてます。


 相席させてもらっているらしい、ひと組の男女に尋ねようとしますが、うまく声が出ません。


 いよいよ喉が潰れたか……。諦観と共に黙祷を捧げます。自分で言うのも何ですが、肉体構造上、僕の声はありえません。断末魔の叫びをじっくりことこと煮込んだような感じ、というのは級長さんの談。……正味、自分で喋っていて「誰?」と思う声質をしているのですが、吟遊詩人志望のワーグナさんからは何度かユニット結成のお誘いを受けています。もう自分でもどうしたらいいか分かりません。


 あ、これ夢だ、と気付いたのは、斜め手前の席で足を組んで座っている男性の顔が塗り潰されて見えなかったからなのか。今ひとつ確信を持てません。まあ夢ですから。


 嬉しいような寂しいような心持ちで、男性と向かい合う形で腰掛けている女の子に視線を移します。位置的に僕のとなりになる筈なのですが、どちらかと言えば僕は座席に置かれている何かでした。視点が異様に低いのです。


 女の子の方は、はっきりと見えます。年の頃は、十四、五歳ほど。カテ民族にしては瞳が黒い……南方の血が混ざってるのかもしれません。袖なしの白いワンピースから覗く二の腕の白さが眩しい。日焼けが心配です。


 ひざの上に、乗せているものは……ケータイ? 少し大きいような気もしますけど、ぱくっと上下に開いて、展開下部にスイッチが並んでるところなんてそっくりです。


 僕は、はっとしました。


 ケータイの親か? 生き別れになった……きっと母親に違いない……。


 まさか、こんなところで、疑惑のタロくんコントローラーの女王に出食わすとは……。


 戦慄に打ち震える僕はともかくとして、女の子が言いました。


『やっぱ、駄目だね。これ以上は潜れない、格が違いすぎる。……うおっ、モーゲン強え〜』


 女王ケータイのキーを両手でカタカタと打ちながら、驚嘆の声を上げます。この少女は、負けず嫌いのようです。


『ちぃ、このままで終われるかよ……。ていっ、リバース!』


 あっ、再生は反則ですよ! なんだか僕もアツくなってきました。


 あれはいけません。生産限定モデルのそれと異なり、ひどく無理をしてる感じがするのです。


『やれるかっ、モーゲン? やれるか!? ぐははは〜』


 僕の抗議の声は届きません。突如として悪役(ヒール)に覚醒した少女が、ばしっと禁断のスイッチを押します。


『さらにっ、リバースカードおーぷん! ウルトラ細胞感染体、再起動! 初代の底力、見せてやんよ〜』


 それまで他人の振りを決め込んでいた男性が、ぎょっとしました。


『……ウルトラ細胞!? 君ら、そんなふうに呼んでるのか!? さ、最低のセンスだな……』


 悪の美学に魅せられた少女が、ひひ、と意地の悪い笑みを零します。


『ウリには内緒ね』


 ますます不安になる男性。しかし冷静になれる人のようで、眼鏡の位置を調整するような仕草をしてから、ふうと溜息を吐きました。なんとなく神経質で、優男ふうなイメージです。


『……欠落者に手出しするのは感心しないな』


 すかさず少女が反論します。


『おとなしく契約者って言えばいいじゃん。素直じゃないねぇ……これだからメガネは』


 と、女王ケータイが叫びます。


〈っ……モーゲン! 殺すな!〉


 なんという……恐ろしい雄叫びなのか。勇者さんのケータイも成長したら、こんな感じになるのでしょうか? まさしく人外、早期処分が望まれます。


 しかし女王ケータイの絶叫を、二人は意に介しません。


『眼鏡は関係ない。三千世界の眼鏡愛好者に謝りなさい』


『こだわるね〜』


『あのね、君。……何度も言うようだけれど、悪魔なんて実在する訳ないだろう。翻訳機に、そんな機能はないよ』


『まあ、どっちでもいいけどね』


『良くない。僕の話を聞きなさい。君らは、翻訳機の申し子、否、新人類と言ってもいい存在なのに、無関心すぎるんだよ。いいかい、そもそも翻訳機というのは……』


『あっ、ネジ抜かれた。げげ、入力欄を尻尾で? そんなのアリ? うわ、こらあかん、逆探知される! 切断し――』


 …………。


 ……。


 ん。おっと、うたたね(気絶?)してしまったようですね。僕としたことが……勇者さん?


 僕の頬をふにふにして、首を傾げる彼女に、僕も首を傾げます。


「……なんか、ばちってした」


 そう言って、しきりに不思議がる勇者さん。癒されます。


 なんだか変な夢を見たような気もしますが、……些細な事です。


 彼女と一緒に居ると、とても安らぐ。


 それは、きっと、歓迎されざることなんだろうけれど。


 ……ところで勇者さん、ケータイさんにはご兄弟とかいらっしゃるんですかね?


「もちろんよ。たくさんいるわ。子沢山なの」


 くっ、なんてことだ……。


 知られざる脅威に、僕は奥歯をぎりっと噛み締めます。


 すると勇者さんが、無垢な笑顔で提案してきました。


「だから、ね? あたし、思うんだけど。タロくんは、あたしのケータイできちんとコントロールされるべきなの。特訓だわ」


 その理屈はさっぱり分かりませんが、一理あるような気もします。……いえ、ケータイさんに関して、勇者さんはプロフェッショナルです。確実に正しいと言えましょう。


 ――お願いします!


 誠心誠意、勇者さんを高い高いする僕でした。


 そんな僕らを、カルメルくんとローウェルくんが温かく見守ってくれています。


「アリスさん、おれ、前々からそうじゃないかと思ってたんだけど、」


「カルメル。彼らの幸せは、彼らのものなんだよ……」

第七十四話です。

神器は言うに及ばず、強力な魔導器は何かしらの特性を秘めています。魔物の血肉が魔導器の原材料である以上、その特性は、まず例外なく魔物の特殊能力を引き継いだものになります。

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