夏の祭りの(うちわ)
背後にそびえる僕らの学び舎、魔術寮。
「つまり、敵陣に潜行して拠点を制圧すれば僕たちの勝ちだ」
なるほど。攻撃は最大の防御ですね。
ローウェルくんの説明に納得し、小刻みに頷く僕。
自分の掌をじっと見詰めていたカルメルくんが、「えっ」と驚きの声を上げました。
「あれ、素直……?」
失礼な。まるで僕が人の話を聞いてないみたいな言い方はよして下さい。
拠点制圧なんて常識の範疇ですよ。
「どんな人生の安売りだよっ」
拒絶反応も著しいカルメルくん。
ローウェルくんが、目を細めて笑いました。
「あはは、カルメルは特待生だからね。あれでスペンサ教授も気を遣ってるんだよ。悪いね、ヴェルマー」
見る角度により色彩を変える飴色の瞳が、きらきらと輝いています。貴重な青春の1ページに保存です。
ちなみに、僕も書類上は特待生……の筈です。最近、少し自信がなくなってきました。
人は、どこからやって来て、どこへ行くのか……。哲学する傍ら、メモリーから抽出した画像を仮想窓に添付して、いそいそと編集に励みます。
作業を進める僕の手元を覗き込んだカルメルくんが、ぎゃあと喚きました。
「ちょっ、ヴェルマー、待って? 風景ボカすのは構わないけど、おれもフィルター掛かってる。むしろ、おれとフィルター。おれ消えちゃう、おれ消えちゃうっ」
カルメルくん、思い出は胸の中にあればいいんです。
「言ってることとやってることが違うっ。お前ってやつはいつもそうだよ!?」
……なんだか今日のカルメルくんは、妙に情熱的ですね。
てくてくと歩み寄ってきた勇者さんを抱き上げながら、僕は一抹の不安を感じました。
「タロくん。れ、れ、れ……何とか。名前は忘れちゃったんだけど、あたしのお茶汲みドコ行ったか知らない?」
「知らないです」
普段は大人しいカルメルくんですが、頑固な一面もあります。正義感が強く、譲れない一線をしっかりと持っている……。
もしも彼が、自分の中の“正しいこと”を曲げないとしたら、いつか戦う日がやって来る。そのための“翼”も与えた。
ルトヴィヒ家は、ネル家の右腕と言ってもいいだろう有力貴族のひとつで、ネル派の最右翼だ。彼らは、カルメル家を“裏切り者”とさげすむ。
ルトヴィヒくんは、カルメルくんにとって最初の関門なのかもしれない……。
悩んだすえ、僕は口を開きました。
「……カルメル、“杖”のことはもういい」
「えっ」
無理だ。メリーIIの出力は、期待値を満たせるほどではありませんでした。あの状況なら、技術で劣るとはいえ、ルトヴィヒ機を圧倒できると思っていたのですが……。
(……彼女が暴走を抑えたのか)
正直に言えば、こうなる予感はしてました。輪廻炉の競合と反発……輪廻炉二基搭載型のゴーレムが避けては通れない問題です。
カルメルくんでは、ルトヴィヒくんには勝てない。
彼は、僕が何とかしましょう。
するとカルメルくんは、唇を噛んでうつむきました。
「……それじゃ駄目なんだよ、ヴェルマー。なんでおれが、って思ってたけど、そうじゃないんだな。これは、最初からおれの問題なんだ。おれ、たぶん、知ってたんだ。父さんは、おれに嘘を吐いてた……」
頑固ですね。
本当に、仕方のない子ですよ。臆病なくせして、愚直な生き方しかできない。震える手足で踏ん張って、何が貴族の誇りですか。
(…………)
……いいでしょう。貴方がそうまで言うなら、我が家の物干し竿は任せます。ただし、カルメルくん、ひとつだけ。
僕は、カルメルくんの耳元で囁きました。
「カレン=アーチスに注意しろ」
彼女は、カルメル家と裏で繋がってます。ネル家に関しては……まあいいでしょう。不確定要素が多すぎる。
「カレン……アーチス?」
アーチスさんのお姉さんです。彼女は――。
言い掛ける僕の頬を、勇者さんがぎゅっとつねりました。痛いです。
「クラスメイトの家族でもお構いなしなの? じゃあ、あたしの立場って何なの?」
言っている意味が、よく……。
ああ、千切れそうに痛いです。
第七十三話です。
この世界には、人間、動物、魔物の他に、第四の種族として、妖精、人魚などの“世界を渡るもの”が存在します。彼らは魔物の一種と考えられがちですが、どちらかと言えば精霊に近しい存在です。




