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夏の祭りの(はっぴ)

 交流祭の起源は、第三次侵攻まで遡る。


 マ国陥落――。先の第二次侵攻で大きな代償を払った王国は、苦境に立たされていた。戦火は王都に及び、魔物の転送領域――“(ゲート)”の展開を許してしまう。つまり、王手だ。


 救いがあるとすれば、魔物たちの払った代償も決して少なくなかったということだろう。ネル家(当時は有力貴族の一つに過ぎなかった)率いる遊撃隊が、返す刃で地下迷宮に突入、ゲートを制圧したのである。


 数で勝る魔物勢は、王都を完全に包囲。


 これを迎え撃つ王国騎士団は、戦力を地下迷宮に集結、篭城の構えを見せる。


 かくして、歴史に語り継がれる激戦の火蓋が切って落とされたのです。


 と、そんな歴史的な背景もありまして。


 ……ある意味、この二人の組み合わせに運命の皮肉を感じるのは僕だけでしょうか。


 第三次侵攻で勲一等の武功を立てたネル家のお姫さま(笑)、級長さん。


 第二次侵攻で滅亡したマ国の後継者、マルコーさん。


「なあに、私に任せておけ! 交渉術にはいささか自信がある」


 どこで習得したのかとんと見当が付かない新スキルを引っさげ、ヴェルマーくんの現場復帰を直訴する級長さんですが……。


(しーちゃん……)


 実況席のほど近く、教員テントの片隅に隠れて、彼女の背中にエールを送ります。


 普段は気付くと死角に潜り込んでらっしゃるので意識しませんけど、改めて見ると本当に美人さんですね。


 彼女のお腹の中で非業の死を遂げた栄養素たちが、無念のオーラとなって立ち昇っているような気がします。


 意外と優しいところもありますし、あとは記憶喪失にでもなってくれれば完璧なのですが。……いや、無駄かな。


 熱弁を振るう級長さんへ、尊敬の眼差しを向けているワンダさんには、是非とも我が家の家計簿をご覧に入れたい。


「スィズさまのおっしゃるとおりだよ、マルコー! シエラはスゴイんだ。いざというときにはホントに頼りになる」


「シエラ?」


 彼女の失言を聞き咎めた級長さんが、じっとワンダさんを凝視します。そして、ふっと勝ち誇った笑み。――バレた。


 返す返すも厄介な人ですね、貴女は……。


 余計なときばかり知恵が回る級長さんは、我が意を得たりと頷きました。


「……そう、士官学校の内部事情にも詳しい。どうだ、マルコー?」


 パイプ椅子を軋ませて、マルコーさんが「フムン……」とあごをさすります。


「キミの言いぶんは分かった。……ネルくんだったね?」


「う、うむ」


 マルコー劇場の幕開けです。


「まあ……私は担当者じゃないから、そんなことを言われても困るんだけどね。担当のアーチスに相談はしてみるけど、あまり期待はしない方がいいんじゃないかな」


「そこを何とか。やれば出来る子なんだ。元々が野生児だから、意外と機敏で……」


「そうは言ってもねぇ……。六年生の代役は、もう決定してるし」


「……誰だ? ヴェルマー以上に動けるやつなど……ローウェルくらいしか思い付かんぞ?」


「うーん、ホントは駄目なんだけどねぇ。えぇと……書類どこだったかな?」


 そう言ってマルコーさんは、架空の書類をがさがさと漁ります。お役所仕事がすっかり板に付いています。マ国の復興は夢のまた夢と断言せざるを得ません。


「ああ、そうそう、ドナ=ドナさんだ。真面目なイイ子だよぉ」


 世界最強の代役です。どうやら僕の出番はないようでした。


 しかし級長さんは諦めません。ばん、とテーブルに両手を叩き付けて、マルコーさんの目を正面から覗き込みます。


「ドナは女だろうが! 棒倒しに参加できるのは男子だけだぞ」


 ――掛かった。してやったりの笑みを浮かべたマルコーさんが、架空の書面を指でなぞります。


「困ったなぁ。ほら、ここ見て。ドナ=ドナさんね、届け出が“魔導器丙類”になってるの分かる? 性別は関係ないんだよね」


「ぬ……」


 勇者さんの身柄は僕が預かっているのです。それは、彼女を戦争の道具にしようとする輩を警戒してのことでした。召喚された当時の彼女は、自暴自棄になっており、とても危うく感じたのです。


 僕にとっての若頭がそうだったように、子供には抱きしめてあげる人が必要なのです。


 ……マルコーさんはどうだったのでしょう? 彼女のご両親に関して、僕は何も知りません。幼いマルコーさんが魔術連の門を叩いたとき、彼女のそばには誰も居なかったと聞いてます……。


「……おいおい、なんでこの悪魔憑きは私を抱きしめようとしてんだ? このっ……さわんな! おすわり!」


 僕、犬じゃないんですけど。とりあえず正座して、マルコーさんを見上げます。 


 彼女は嘆息し、


「お手。……ったく、仕方ねぇな」


 級長さんの目が期待に輝きました。


「おかわり。……では、マルコー?」


 マルコーさんはしぶしぶと頷きました。


「ああ、今回は大目に見てやんよ。……ただし、これだけは言っとく。ヴェルマーくんよ……あんた、魔術は禁止だぜ?」


 言われるまでもありません。自慢じゃないですけど、“魔法”とは相性が最悪なんです。魔力の燃費が悪すぎて、ロアさんみたくポンポン陣を敷く訳にも行きませんから。


「魔法、魔律に限った話じゃねっつの。どこで何してきたか知らんけど、お前さんの魔素が異常に活性化してる。なんだあれ、人間の数値じゃねぇぞ」


「伏せっ」


 級長さんは黙ってて下さい。……先生、僕は助かるんですか?


 するとマルコーさんは難しい顔で、うむむ、と唸りました。そして、


「待てっ」


 僕と会話をしてくれませんかね。

第七十二話。三度に渡る侵攻戦争が歴史に与えた影響は大きいです。

第三次侵攻の開戦当時、すでに四体の生産限定モデルが確認(うち一体に関しては諸説あり)されていますが、自由気ままに生きる彼らは参戦しませんでした。人類の勝因のひとつです。

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