夏の祭りの(らっぱ)
《や〜、おもろかった、おもろかった。実況のマルコーでっす》
《…………》
《おろ? どったの、英雄の孫娘。元気ないなー?》
《……笑い事じゃないぞ。あのシエラが、まるで赤子扱いだ……。お祖父さま以上かもしれない》
《あ〜……どうかな? こう言っちゃ悪いけど、絶対にドナすけが上っしょ。赤ドラ一発だよ、一発!》
両腕を目一杯に広げて、こ〜〜〜〜〜んなラゲ〜(大きな)やつを一刀両断なんだよ〜、と自分の手柄のように喜んでいるマルコーさん。ポイント高いです。
一方。
……架け橋になるとかそういう以前の問題でした。
「ヴェルマーくん、あのね。君、クビ」
「……え?」
良い笑顔のマルコーさんから戦力外通告をされた僕は、とぼとぼと来賓席に戻ったのですが……。
「では、殿下はヴェルマーさまを応援しているのですか?」
「うん。あの者には恩があるからの。余は士官学校の一員なのじゃが……やはり不謹慎かのう……?」
「御心のままに、ですわ。きっと、あの方は殿下の期待に応えて下さるでしょう」
……くるりとターンして、あてどもなくグラウンドをうろうろと歩き回ります。
辿り着いたのは、士官学校の応援席でした。
ふう……。地面の上に、ひざを抱えて座り込みます。
少し離れたところでは、士官学校の生徒たちが円陣を組んでいます。
王国の未来を担う騎士候補生たちの、勝利への飽くなき執念が迸ります。
「いいやっ、断然スィズさまだね!」
「何おう! お前にはノイエさまの可憐さが分からんのか? 貴様だって騎士を志すものならば、分かる筈だ……。違うか!」
「俺たちは何だ? 俺たちは戦士だ。王国を守る盾だ。外敵を討ち滅ぼす剣だ。スィズさまの健康美を称えるものだろうが! お前にはガッカリだよ!?」
むしろ僕がガッカリですよ。
モーゲンくんも同意見のようです。
「……お前ら」
円陣に加わるでもなく、遠巻きに眺めていた彼は、呆れるあまり溜息しか出て来ないようでした。
心中、お察しします。
同情する僕に、モーゲンくんは鋭い視線を飛ばします。
「何故、お前がここにいる? ヴェルマー」
「……さあな。どうしてだと思う?」
質問を質問で返して、僕は回答を拒絶します。
どういう訳か僕を追尾してきた級長さんが、自信満々に告げました。
「居ても居なくても同じだからだ」
……貴女がここにいちゃ駄目でしょ。戻れとは言いませんが、せめて黙っててくれません?
信奉者たちに誉めちぎられた級長さんは、満更でもなさそうです。えっへんと胸を張って、ちょろまかしてきた旗をぱたぱたと振ります。
モーゲンくんの視線が更に苛烈さを増します。
「……審判だと。なめているのか? スィズ=ネル……」
もっともな意見でしたが、級長さんは動じません。
「私が自由に動けると、何か不都合があるのか? あるのだろうな、モーゲンの小せがれ。傭兵くずれの“殺し屋”風情が……」
訂正、少しカチンと来ていたようです。
しかし……。
僕は、はっとしました。遅まきながら気が付いたのです。
全体を見渡せる審判という立場を最大限に生かせるとすれば、それは彼女を置いて他にない……。
そこまで先を見通してたんですね。すっかり立派になって……。僕、ほろりと来ました。
「――この私がルールだ!」
……それを言いたかっただけなんですね。よく……わかります。
泣き崩れる僕をよそに、士官学校の生徒たち(おもに男子)のテンションは最高潮を迎えました。
「モーゲン副長ぉぉぉっ」
「……暑苦しい。寄るな」
「スィズさまが直々にっ、俺たちは一体どうしたらっ……副長!」
……良かったですね、級長さん。大人気ですよ。
「ふっ、仕方のない連中だ」
すっかりアイドル気取りです。僕は、なんとなく面白くありません。
一方のモーゲンくん、来年度には自分が率いることになる面々をぐるりと見渡し、
「……分かった。よく、分かった。整列しろ、並べ……」
一糸乱れぬ連携で、びしりと整列した貴族の子弟たちを、ぎろりと睥睨します。
大きく一歩、前へ踏み出たモーゲンくんが、ちょうど目と鼻の先にいる男子生徒に向かって、至近距離から大音声を浴びせました。
「オレ達は強い!!」
「俺たちは強い!!」
何事ですか。
叫び返した男子生徒の目がらんらんと輝いていて、ちょっと怖いです。
「魔術師が憎いか!!」
「魔術師が憎い!!」
「魔女どもの誘惑などものともしない!!」
「魔女どもの誘惑などものともしないヨ?」
「戦争狂いのネル家に罵られたいか!!」
「罵られたいッ!!」
「……どうしようもないクズだな」
「クズだ!!」
……良かったですね、級長さん。大人気ですよ。
「あんな変態どもは死ねばいい。心底からそう思う」
士官学校の“闇”を垣間見た級長さんの目は、冷ややかでした。
「……ヴェルマー。マルコーには私から言っておく。次の競技……分かるな? 六年生の穴は、お前が埋めろ」
僕は、こくりと頷きました。
(ルトヴィヒがいない。いよいよ動くのか……)
……そう、先輩たちは、間に合いませんでしたか。隊長は姿を現さないし。
嫌な雲行きです。
各地名産、楽しみにしていたのですが。
第七十一話です。
欠落者は騎士の最高到達点とされています。しかし第三次侵攻の時代をピークとし、魔物の絶対数が激減し、魔術が常識として知られる今日、完全な欠落者が自然に発生することはありえません。