夏の祭りの(うどん)
…………。
真っ白に燃え尽きました。
「すり〜、ふぉ〜、ふぁ〜いぶ」
秘術という秘術を尽くし、己の全てを賭しても、なお遠いのか……。
長縄跳び、おそるべし。がくっ。
「せ〜ぶんっ、……!」
不意にカウントを停止した級長さんが、はっとして両腕を交差しました。そして、いち早くブイサインを掲げている勇者さんを振り返り、ばっと片手を差し出します。
「勝者、ドナ!!」
試合続行は不可能と判断するのは一向に構いませんが、三時のおやつは抜きです。
カンカンカンカン!
決着を告げるゴングが高らかに鳴り響き、競技とはまったく関係のないところで、僕の二回戦(?)敗退が報じられました。
怒号にも似た歓声が降り注ぐ中、校庭に沈んだ僕のフードを、ロアさんがそろそろと引き上げます。
「なんだこの新ルール……」
……ロアさん、僕はこれまでのようです。級長さんと勇者さんのお世話を頼みます……。
「え〜……」
彼女は、この期に及んで面倒臭がりました。なんでこんなふうに育っちゃったんでしょう。不思議でなりません。
露骨に嫌がるロアさんは、勇者さんの勝利を称えている級長さんをちらりと一瞥しました。さもあらん。
大いに納得する僕。……なんです? 僕の逆関節をとって、どうしようというんです?
「仰向けにしてあげてんの。な、なんでこんなに重いの?」
ああ、大地の精霊さん達との結び付きを一時的に強化しましたからね。離してくれないんですよ。困りましたね。
さらさらと魔力のしずくが零れ落ちてゆきます。ああ……。
むっとしたロアさんが、意地になって僕の腕を引っ張ります。すごく……痛いです。
「〜っ。エリス!」
業を煮やした彼女は、片手を地面に当てて“式”を打ちました。
光芒が走り、召喚に応じたマルコーさんが、ランプの魔人よろしく登場します。腕組みしたまま、重々しく頷き、
「願いを言え……。あまり無茶は言ってくれるなよ?」
釘刺ししたマルコーさんに、しかしロアさんは無茶を言います。
「これ何とかして」
「これまた抽象的な……」
芝居がかった仕草で肩をすくめたマルコーさんが、「どれどれ」と僕の傍らにしゃがみ込んで、ウィンドウを展開します。
つらつらと流れる解析結果を斜め読みした彼女は、わざとらしく感嘆の声を上げました。
「ほう、対精霊術式かね。これは珍しいものを……。どこで見付けた?」
貴女の故郷で、とは言えない僕。さっと目を伏せます。
マルコーさんは、追求しませんでした。そもそも僕に対して無関心なのです。
「まあいい……。久方ぶりに笑わせて貰った礼だ、少しサービスしてあげよう」
そう言って彼女は、僕の額に手を当てました。ひんやりした掌が、僕の思考力を程よく奪います。
「……エリス?」
「うわ、裏切り者を見る目。疑心暗鬼にとらわれちゃ駄目だよ、ロアっち! 魔素を最適化してやろうっつう真心、これ大事!」
「でも、あんた、こいつの魔素は狂ってるから手出し出来ないって……」
「ふふふ、いつまでも昔の私じゃないのさ。なんだか一年くらい前から調子が良くてねぇ。不安になる夜もあったけど、そこはほら、思春期ですから!」
「え、好きな子できたの?」
「いえ、特にこれといって」
マルコーさん、お嫁に行くならローウェルくんにしなさいと昔から言ってるでしょう。
「んなこと言ってもさ、ヴェルマーくん。あの完璧超人は自己否定に繋がらんか? 自分より綺麗な男って正直どうなの」
「なんであんたはそう、事あるごとにあいつを強力プッシュすんのよ」
自信を持ちなさい。僕はむくりと上半身を起こし、二人の肩に手を置きます。……貴女たちは、僕が育てた自慢の女の子たちです!
「え、私ら、いつの間にか育てられてる?」
ザマ先生が居ない今、彼女たちは僕が守ります……!
ふつふつと燃えたぎる何かに衝き動かされて、僕は両の足でしっかりと立ち上がりました。
……ところでマルコーさん、例の件は……?
「抜かりはないさ。士官学校との渡りも付けた……」
さすがですね。商会はどうです?
「あっちゃんの仕事は完璧だよ。そういうあなたこそ、どうなんだ? 例の計画……。事によれば、歴史が変わるぞ」
ご心配には及びませんよ。巫女さん本人が現れたことは予想外でしたが、考えようによっては好都合です。
仕掛けるとすれば、バトンリレー(後半)の終了直後。全ての競技が完了して、気がゆるんだ瞬間です。
一世一代の大博打。ネル家とエミール家の架け橋に、僕はなる……!
第七十話です。
魔術が普及するにつれて、この世界の自然法則にも魔素が干渉する事例が多く見られるようになりました。精霊とは、“指向性を備えた魔素の集合体”であり、現在の世界を構成する重大な要素とされています。