試練の道(前編)
「いいですか、勇者さん。ここに100ルミィあります」
「ルミィ?」
「貨幣の単位です」
ちなみに、ルミィとは古代ユノ語で“尾てい骨”を意味します。僕らのご先祖さまは、尾てい骨に対して何か特別な思い入れがあったのでしょう。罪を犯した人間は尾てい骨を砕かれたなんて記述が神話に出てくるほどです。
「ケツバットね」
……たまに勇者さんは良く分からないことを口にします。
「紙幣はないの?」
ずっと昔は使ってたみたいですけど、ミミカ族の侵攻と時を同じくして廃止されました。彼らは金の魔力に酔う体質をしているのです。不憫な。
特に札束には目がなかったそうです。ますます不憫な。
勇者さんは、掌の上の100ルミィをまじまじと見詰めています。
10ルミィは銅貨ですが、100ルミィで銀貨に、1000ルミィで金貨に昇格するので、勇者さんの小さなお手々でも安心です。株価を取引するときなどは、1ルミィという現実には存在しない貨幣が登場するのですが、ややこしくなるので今回はないものとします。
「ルミィ。なんかエロい響き」
僕らの文化が否定されました。
けれど僕はめげません。
「……10000ルミィは1ラガルミィです」
「ラガ……大きいっていう意味の?」
うぅん、ベルちゃん(魔術師で一番偉い人です)の組んだロジックは完璧ですね。さすがです。
勇者さんは異世界出身の女の子です。彼女が大陸共用言語の非カテ語を苦もなく話しているのは、宮廷魔術師が一丸になって取り組んだ強制召喚プログラムの働きによるものです。
ちなみに、僕はいまだに勇者さんの本名を知らないのですが、それは彼女の名を魔術師長のベルちゃんが封じてしまったからです。ろくなことをしません。
「タロくんはどうしてダロなんて変な名前なの?」
そんなふうに思われてたんですね。ショックです。けど薄々は勘付いていました。傷は浅いですよ。
「……さあ?」
たぶん気の迷いじゃないですかね。僕のご両親は極めて常識人のふりをした変人ですから。困ったものです。
まあ、我が家の家庭環境なんかどうでもいいです。誰もそんなものは求めてません。
「勇者さん、ハンカチ持ちました? ティッシュは?」
「……タロくん、あたし子供じゃないんだけど」
子供はいつだってそう言うんです。
僕は念押しします。
「メモを忘れないでくださいね。いいですか、サボテンの花ですよ? 間違ってもマンドラゴラなんて買っちゃいけませんからね。約束ですよ?」
「タロくん、いい加減ウザイから」
「ウザイとか言わないでください。心配してるんです」
「……そゆこと真顔で言うかな」
「だって……」
「やめて。捨てられた子犬のような目で見ないで。分かったから」
「勇者さん……ラクダにだけは気を付けてくださいね。あと、知らない人に着いて行っちゃ駄目ですよ?」
「ハイハイ……」
おざなりに返事をして、勇者さんは僕に背を向けました。目指すは商店街のお花屋さんです。
僕は、小さくなる彼女の背中を黙って見送ります。厳しいかもしれません、批判は甘んじて受け入れましょう、しかしこれは試練なのです。誰もがいつかは通る道……。
……そう。
勇者さん、初めてのお遣いです。
第七話です。
大陸の言語が統一されている背景には、魔物の侵略と非カテ民族(現在の王族)の内乱が深く関わっています。