夏の祭りの(うなぎ)
個人競技がメインの午前とは違い、午後のメインは団体競技らしいです。
おあつらえ向きですね。団体行動は僕の最も得意とするところ。
……つまりロアさん、“長縄跳び”とは擬似的なダイナミックエントリーなんですね?
「……なんのことか分かんないけど、たぶん違う」
たぶんと言う割には絶対の自信をもって、ロアさんは断言しました。残念です。
意思の疎通とは、かくも困難なのか。
(心を開く……)
級長さんの言っていたことを胸中で反芻します。人と人は分かり合えないのだと割り切るのは簡単だ。僕は努力を怠っていたのかもしれない……。
人は成長できる。それは、あの男の言う“進化”よりずっと尊いものなんだと、僕は証明したかったのです。
……ロアさん、強行突入は現代人のたしなみですよ。失いたくないものを取り戻そうとしたとき、縁なく、妥協もできないなら、人はダイナミックエントリーするしかないんです。
「そんな人生、嫌だな……」
僕の人生が真っ向から否定されました。
ショックを受けて立ちすくむ僕をよそに、彼女は不可解そうに首をひねります。
「どうしよう……。回るひもを順番で跳び越えるだけって言ってんのに、なんで理解できないのかが分かんない。アタシの説明が悪いのかな……?」
まあまあ、ロアさん。そう落ち込まないで。人間なんですから、誰にだって得手不得手はありますよ。
ぽんぽんと頭に手をやって慰めてあげると、不意に彼女は周囲を見渡してそわそわし始めました。
かすかにうつむき、頬を赤らめたロアさんが、もじもじと上目遣いで僕を見ます。
「……あんた、アタシのこと可愛くて仕方ないんでしょ。ぜんぶ知ってるんだかんね……」
……何が言いたいんです?
ぎくりとした僕は、警戒して彼女を見詰め返しました。ぜんぶ知っているだと……。
目が合うと、ロアさんはさっと目をそらしました。後ろめたいことがある人間特有の反応です。
「……カレン=アーチスか?」
僕が低く凄むと、とたんに彼女は無表情になりました。
「……誰、それ。“アーチス”……? あの女と同じ名前……」
…………。
ところでロアさん、長縄跳びのことなんですが――。
「どこの誰なの。吐きなさい」
首を絞めないで下さい。ツメが痛いです。あと顔、近いです。
「手こずっておるようだね」
ふぉっふぉっふぉ、とさも愉快げに肩を揺らして歩み寄ってきたのは、ロアさんの親友にしてスペンサ班のナンバーツー、エリス=マルコーその人でした。
少し癖のある黒髪を微風にそよがせている彼女は、何か秘策でもあるのか、ちょいちょいと手招きします。なんでしょう。わくわく。
「ストップ! 悪魔憑き……オマエはそこだ! いいか、そこを動くんじゃあない……私とロアが話す……オマエはそれを見ているだけだ。分かるな……?」
くっ……内緒話だと。僕とマルコーさんは、互いに互いの隙を窺うように、じりじりとすり足で間合いを測ります。
僕が側面に回り込もうとすれば、マルコーさんも同じだけ動き、いつしかそれが必然であるかのように、二人の足跡は綺麗な円を描きました。
《綱引きは、六年生を欠く魔術寮の大勝という意外な結果に終わりましたね。マルコーに代わりまして、パーソナリティを務めさせて頂きます、パラメ=デイビスです。……この“結界”は……。ヴェルマーくん、あなたは一体……》
《ゲストのノイエ=エミールですわ》
《はわっ、み、巫女さま!? そんなっ、畏れ多い……! か、家族だけは!》
《? デイビスさま?》
《し、失礼しました。少々、その、取り乱しました。えと、続きまして、長縄跳びです。各校、配置について下さい。練習時間は十分です。……ノイエさま、あの……》
《はい。皆さん、がんばって下さいね》
等間隔を保ったまま、ぐるぐると回り続ける僕とマルコーさんを、ロアさんは複雑な表情で見守っています。
「……あんたら、仲いいわよね」
それは誤解です。
「それは誤解だ、ロアっち……。私とこの男は、決して相容れない間柄なのだよ……。勝者は一人でいい、二人もいらない……歴史がそれを証明している。キミは――悪魔憑き、あなたは彼女に相応しくない。身を引きたまえ……」
それが貴女の本音という訳ですか。とうとう本性を現しましたね……。
僕を仲間外れにしようったって、そうは問屋がおろしませんよ。今や僕たちは一つの運命共同体なのですから……ふふ。
ロアさんをめぐって火花を散らす僕ら二人を、当の本人は冷めた目で見ています。
「で、エリス、なんなの?」
「うん、ドナの件なんだけどネ」
勇者さんが? 勇者さんがどうしたんです?
「……いいだろう。心して聞くがいい、悪魔憑き。今回の長縄跳び、キミの小さなレディが音頭を取ることになる。スィズっちはそれを認めた。キミはどうする? どうするんだ、悪魔憑き……いや、ダロ=ヴェルマー」
勇者さんが音頭を……。どう考えても人選ミスのような気がしますが、級長さんの決めたことです。何か考えが…………ふっ(自嘲)。
……マルコーさん、長縄はどこです?
「……できるのか、キミに?」
勇者さんのパートナーは僕です。それは、あの雨降る夜、その場の勢いで魔術師長に啖呵を切っちゃったときから決まっていることです……!
――という訳で、僕は勇者さんと一緒に長縄を回す大役に就任したのです。
列をなす騎士候補生と魔術寮生の、ちょうど真ん中で目を光らせている級長さん(不正は見逃さない)のおしおきコースを厳選している僕に、ふと勇者さんが言いました。
「タロくん、あたしを見て。あたしだけを見て」
それもどうかと思うのですが、僕は素直に彼女と目を合わせます。二レトほどの距離を挟んで、真紅の魔眼がまっすぐ僕の目を射抜きました。
「…………」
勇者さんは無表情でありながらも、どこか嬉しそうです。
――ぞくっと。嫌な予感が僕の背筋を駆け抜けました。
原初の魔術師たる“欠落者”は、幾百、幾千もの魔物さんたちの屍を築き上げた人間が、幾つかの条件を満たすことで、はじめて誕生する“超人”でした。あるときは一刀で魔物さんを屠り、またあるときは研ぎ澄まされた直感で王国の危機を救ったという……。
“魔王の時代”を経て、情報が散逸してしまったため、その真偽のほどさえ疑わしいのですが、奇しくも僕は勇者さんという実例を知っています。そう、人工的な“欠落者”である勇者さん……彼女の特徴の幾つかは伝説と合致します。
“欠落者”――もしくはそれに類するもの――は実在していたと僕は考えています。未曾有の危機たる第一次侵攻、まったく未知の脅威にさらされた人類が痛み分けに持ち込んだというのは、そうした神懸かり的な要素でもないと説明できないからです。
魔術師は、欠落者の技を継ぐ生きた証人であると言えましょう。それゆえ、僕らの直感は常人の域を優に上回るだけの的中率を誇ります。
けれど僕は、自分の直感より勇者さんの笑顔を信じました。理由は語るまでもないでしょう……。
(できるか、じゃない。やるんだ。そうですよね、ザマ先生……)
逝ってしまった恩師を草葉の陰に思います。……あれ、生きてましたっけ? まあ、どうでもいいです。
血塗られた道を歩んできた手足が、にぶく疼きました。体力、気力ともにオールグリーン。みなぎる魔力。刻一刻と変動する魔素伝導率が、三年前のあの頃に匹敵するほどの高水準をマークしました。
(行ける……!)
僕、完全復活です。
第六十九話。サブタイトルも変動。
通常、結界はこの世の存在である人間に操れるものではありません。それを可能とするのが、妖精の粉や人魚の涙などの希少なアイテムです。また、魔物が恒常的に纏っている“境界線”を一部の人間はB型結界と言い習わします。