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夏の祭り(その21)

 “つなひき”のルールは完全に把握しました。


 つまりは釣るか釣られるか……擬似的な生存競争ということですね。


 はるか頭上では、ぎらぎら輝くお日さまが夏を制し、王者の風格を以って大空に君臨しています。


 灼熱のフィールドに立った僕は、両手に装着した軍手を引き締め、具合を確かめます。


 足元に安置された荒縄をつま先で突付いていた勇者さんが、ふと僕の背中を見上げて言いました。


「……今日のタロくん、ずいぶんと張り切ってるのね」


 ふふふ。こう見えて僕は、釣りが得意なんです。都会っ子には負けませんよ。


「タロくん、カナヅチでしょ。お船に乗るの、あんなに嫌がって……あたし、恥ずかしかったのよ」


 勇者さん。何度でも言いますよ。あんな大きなものが水の上に浮くなんてコト、ありえません。何かトリックが隠されている筈です。


 そして、ここだけの話ですが……。僕は、その秘密にクラゲさん達が絡んでいるのではないかとニラんでいます。


 嫌がるヴェルマーくん(レベル2)をタルの中に押し込んだこともある勇者さん(レベル99)は、僕の鋭い観察眼に驚きを隠せないようでした。


「タロくん、あたしの故郷には空を飛ぶ乗り物もあるのよ。『飛行機』っていうの」


 …………。


「馬鹿な……」


「そうやってシリアスぶっても駄目よ。ちょっと目を離した隙に、ヘンな芸風ばっかり覚えて……。そんなにあたしと一緒にいたいの? 人生めちゃくちゃにされたいんでしょ。どうなの」


 はあ……。羽の生えた馬車を想像している僕は、あいまいに頷きました。ひこうき……。


「人生めちゃくちゃにするのは得意だぞ」


「準ヒロインは黙ってて!」


「準ヒロイン!?」


 準ヒロイン扱いされた級長さんは、かつてない斬新な評価に過敏に反応しました。見ていて哀れなほどです。


 よく分かりませんが、人生に脇役なんていませんよ。みんな、みんな主役なのです……。


 綺麗にまとめようとする僕を、勇者さんがびしっと指差しました。


「それ! タロくんのそういうトコロ!」


 びくっ。な、なんです?


 ひどく真剣な眼差しでした。切なそうに眉をひそめた勇者さんは、憂いさえ帯びた表情で、僕に問うたのです。


「……人生にリセットボタンなんてないのに、どうしてハーレムエンドを目指すの?」


 …………。


 思えば、これが前兆でした。




 とある少女の証言(プライバシーの保護のため、映像と音声を加工してお伝えしております)。


「いえ、一瞬でしたね。審判……ああ、スィズ=ネルさんのことです。あとになって冷静に考えてみると、生徒が審判をしてるのはおかしいんですよね。なにぶん、あのときは無我夢中でしたから。ははっ(爽やかに笑う)」


「とにかく、彼女の掛け声で一斉に綱を握ったんです。え、ボクですか? ボクは後ろの方にいましたね。お恥ずかしながら、腕力にはあまり自信がないものですから。ふふっ(自嘲)」


「ええ、綱引きにはジンクスと言いますか……妙な理屈があるんですよね。男女で交互に並んだほうがいいとか、力が強い人が前にいたほうがいいとか。ボクの学校は後者でした。学校同士の対抗戦ですから、あちらにもそうしたジンクスはあったみたいですね」


「一人の生徒――仮にモーゲンくんと呼びましょうか。綱を握るでもなく、こう、ちょうど今のボクみたいに椅子に座ってるんですよ。彼は、モーゲンくんの態度が気に入らなかったようですね。激しく言い争っていました」


「内容までは……。“人は竜に勝てない”とか“彼女は人間だ”とか言ってたかな……少し自信ないですね。遠かったですから。ええ、彼は最前線に立ってました」


「いえ、ボクは止めたんですよ。彼女のテンションは見るからにおかしかったですからね。しかし彼は聞かなかった……」


「……そう、彼は以前から、彼女の保護者ぶるところがありましてね。彼女の後ろに並ぶことは、プライドが許さなかったんでしょう。きっと、そうだと思います」


「次の瞬間です。彼は飛んでました。え? いや、だから彼ですよ。彼女が綱を引いた直後、あちらの生徒さんと彼が一斉に宙を舞ったんです。目を疑いましたね」


「とっさに魔法陣をクッションにしなかったら、危なかったんじゃないかな。でも、彼は間に合いませんでしたね。中途半端な立ち位置でしたから。自業自得でしょ」


「いえ、彼女は悪くないですよ。だって競技なんですから。手加減しろなんてルールはないでしょう?」


「彼は……たまたまツキに見放された。少し冷静になれなかった……そんなところじゃないか。ボクはそう思いますね。誰にだってそんなところがあるんじゃないかな? ふっ(微苦笑)」


「……ああ、彼ですか? ぴんぴんしてましたよ。無駄に華麗な身のこなしで着地しましてね、むしろ彼女の活躍を自分のことのように喜んでました。馬鹿な男ですよ。彼女もすっかり気を良くしましてね。あとは……なんとなく想像付くでしょう?」


「彼の言葉を借りれば、そう……“勇者さんの独壇場(ターン)”ですよ」

第六十八話です。

第一次侵攻と第二次侵攻の間の時代を、“魔王の時代”と呼びます。“勇者”発祥の起源でもあるこの時代は、魔術の黎明期であり、さまざまな術式が生まれては消えました。

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