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夏の祭り(その20)

 星の数ほど人がいて、人の数だけ夢がある。


 生きていくのは簡単なことではないから、いつだって僕らは試される。


 社会が人間に求めるものは綺麗すぎて、自らの欲望を自覚できないほど鈍感にもなれない。


「何が正しくて、何が間違ってるかなんて、おれには分からないんだよ。間違ってるおれが何かを守ろうとしたら、それは全部ウソなのか? ちがうだろ、そうじゃないだろ!」


「自分達が守っているものの正体も知らないんだろう? 君達は、いつもそうだ。何も知ろうとしないから、自覚もなしに罪を重ねる。ずっと繰り返してきたことだっ、何を今更……!」


 良くもまあ、走りながら口が回りますね。


 拍手喝采で幕を閉じた応援合戦の次のプログラムは、バトンリレー(前半)です。何か宗教的な意味でもあるのか、順々にバトンを手渡して走る謎の儀式です。


 大窓に映し出されたルトヴィヒくんとカルメルくんが、きつくバトンを握り締めながらも半ば競技を放棄し、互いの信念を競い合っています。


「だったら! おれ達に話してくれたらいいだろ。自分達は正しいって、そう信じてるなら出来る筈だろ! あんただって迷ってるんじゃないのか。……おれたちは、おれはッ!」


「お前たちがスィズさまに何をしてやれた!? 考え違いするな。俺は、お前たちを信じない。俺が信じたのは、ヴェルマーの言葉だ。ヴェルマーの信念だ! 時間がないんだよ……カルメル!」


 僕を引き合いに出すのはやめて貰えませんかね。


 ほら、応援席の方から、不特定多数の情熱的な眼差しが飛んできてるじゃないですか。


 胃が痛いです……。


 暴露大会してないで、もっと真面目に走って下さいよ。特にルトヴィヒくん。俊足のくせして口論になど熱中してるから、カルメルくんともどもアンカーの女子に見捨てられるんです。


《リレーを制したなら、私たちの勝ちは揺るがない。彼女が魔術寮の切り札という訳か、マルコー?》


《……背に腹は代えられん、か》


《なんだと?》


《まあ、見ていたまえよ、ワンダ嬢。あなたの敗因は、交流祭の勝ち負けに色気を持ち込んだことだ……》


 すっかり実況席に定着したマルコーさんがニヒルな笑みを浮かべるのと、スタートのフラグが振り下ろされるのは同時でした。


《ロアたん……。例の条件、飲んだ!》


 副官の応援(?)に背中を後押しされて、アンカーのロアさんがにゅっと親指を立てます。


 何やら怪しい笑みを浮かべた彼女は、普通に走ってもかなり速い部類に入ります。けれど、日光浴する猫さんよろしく怠惰な生活に満足しているため、200レトを走破するだけの持久力がありません。


 僕のとなりで、巫女さんがわずかに目を見張りました。


 虚空の勝利を掴み取らんとロアさんが行く手へと片腕を伸ばした、まさにそのとき――。


 光の残滓と入れ替わるように、彼女は100レトの空間を飛び越えて、カルメルくんを強襲していました。


 問答無用の大技です。並走していた士官学校の女の子が、「審判!?」とルールに訴えますが、級長さんはノンノンと見逃したことを盛大にアピールします。まだ続いてるんですね、そのショートコント。


 がたん、と椅子をひっくり返しそうになる巫女さんを、とっさに脇で控えているローウェルくんが支えてあげます。


 巫女さんの表情から、珍しく笑顔が消えました。


「“転移”。あの一瞬で……?」


 ――あのエミールの巫女が、王都にばら撒かれた噂に釣られて、いや、おそらく“便乗”して交流祭に現れた真意は分からない。


 犬猿の仲たるネル家の所属する魔術寮、王族の士官学校入学、その護衛に推されたエミールの“殺し屋”、さまざまな要因が重なりすぎていた。


 しかし、彼女の狙いのひとつが、ロアさんの“魔法”であることは疑いない。


「なるほど……。彼女が“蜘蛛”の……いえ、彼女こそ、ロア=スペンサ……」


 スペンサ教授の一人娘が、あるいは父をもしのぐ才覚を秘めていることは聞き及んでいた筈。


 まず、寮内にエミール派閥の人間が一人もいないというのは虫が良すぎる話だ。内通者の一人や二人はいると考えるべきだろう。


 だが……。僕は、カルメルくんに飛び蹴りを浴びせたロアさんを遠目に見遣る。……彼女の実力を推し量ることは難しかったのだろう。


 愛娘の天稟に危惧を抱いたザマ先生が、彼女に迫る外敵を排除し続けたからだ。そのために彼は、魔術師長の手足となり、ラズ家に接近した。魔術寮を要塞化し、直属の部隊を組織したのも、すべてはロアさんのためだ。


「…………」


 僕の表情は苦々しい。


 ザマ先生の庇護下にあるうちはいい。しかし彼女は今年で成人し――これは本人でさえ知らないことだが――“ラズ派”という防波堤を失う。


 だから、貴族たちの醜い権力争いに巻き込まれる前に、彼女の本当の実力を公の場で示すのは、そう悪くない案だった。彼女ほどの魔術師なら、遅かれ早かれ露見したろう、という面もある。


(けど、無防備すぎる。危機意識が足りない……)


 魔法の転移は、常に死と隣り合わせだ。昨日の自分と明日の自分、どちらが“本物”か分からないから、奥義の域に達した魔法使いの多くが、転移の陣を踏むことをためらう。しかしロアさんにはそれがない。彼女に備わる独自の感覚は、まさしくスペンサの血が成せるわざだ。


 クラスメイトを踏み台にしたロアさんは、光に導かれるようだった。魔素が踊る。輝く粒子が舞い散った。一流の魔術師は痕跡を抑えるものだから、ザマ先生のそれと比べれば稚拙と評されることだろう。


 彼女の魔法には“遊び”がある。ザマ先生が愛する我が子を守るために奔走していた頃、スペンサの血を引く幼い魔女は、魔素と語らって寂しさに抗っていたのだ。長じてきて、その標的(ターゲット)が哀れな子羊に移行(シフト)したのですね。分かります。


 カルメルくんのバトンを奪取したロアさんが、ゴール地点を見据えます。通常、空間跳躍に類する魔術はマーキングを必要としますが、スペンサ父娘は観測を基点として瞬時に座標を入力できます。反則を通り越して犯罪的な空間把握力ですね。


 バトンリレーの終着点は、来賓席の手前でした。目が合ったような気がして、とっさに僕は心の中で土下座しました。僕は無実です。


 と、二度目の転移に入ったロアさんが、わずかに顔をしかめます。誠意が通じたのか……? と思うひまもなく、予想に反してゴール地点より50レトほど前に現れたロアさんが、白線でふち取られたコースを踏み外しそうになってわたわたと両腕をばたつかせます。


 軸がぶれたのか? 珍しいな……。そこまで考えて、僕は席を立ちました。


(“迷宮”!)


 あのロアさんが魔法を失敗するなんてことはありえません。つまり、何者かの妨害があったということです。


 この世界で最も原始的な術式である“魔法”に干渉できるとすれば、それは魔素に“待った”を掛ける“祝詞”以外に考えられません。そして、教会の陰に“I”がちらついて見える今日この頃。


 衆人環視の中、このタイミングで仕掛けるということは、ロアさんが直接のターゲットではないということだ。誰でもそう思う。――でも僕は違う。この世界で生きる必要のないものに、この世の道理は通じない。


《ヒル、ヨル、狙撃手を洗え。レーはフォロー。三撃目は“ない”ぞ。行け》


 手短に指示を下して、僕は来賓席を飛び出しました。きたるべき第一の魔弾に備えます。


「ロア!!」


 僕はここだと大声で示しながら、ぱっ、ぱっと手指を折り畳みして印を切ります。残念ながら、僕に転移は使えません。僕の中の魔素が狂っている所為だと、しきりに残念がるロアさんが印象的でした。


 かすかに引きつる感じの半身を鼓舞して、踏み固められた運動場の砂を噛むサンダルに意識のピントを絞ります。が、


(……?)


 何も起こりません。どうやら僕の早とちりだったようです。戻りますかね。


《“蛇”、西棟で不審者を押さえた。指示を……え、魔術連の……? こら、そこの双子! 他人のふりすんな。お前ら、本気でやめろよな、そういうの……あ、逃げた!》


 戦術的撤退を余儀なくされた双子の魔女が、僕の頭上に転移してきます。二人の小悪魔をしっかりと受け止めた僕は、年下の同僚に見捨てられた後輩の冥福を祈ります。


 僕の腕の中で、性悪双子は互いの顔を見合わせ、くすりと邪笑を漏らします。年齢を考えれば仕方のないことかもしれませんが、貴女たちはもう少し自分たちの術式をうまく使えるようにならないと駄目ですね。


 さて、トラック上では、魔術を封じられたロアさんが、いたく僕を凝視しておられます。


 ……どうぞ、続きを。


 僕の内心の呟きが聞こえた訳ではないでしょうけど、勇者さんが得意とするぬるい首肯(ゆるい納得)をした彼女は、三度目のびっくり幅跳びを披露しました。今度は完璧です。めでたく一着でゴールテープを切ったロアさんを、惜しみなく降り注いだ大歓声が包みます。


 途中、アクシデントはあったものの、宮廷入りは確実と噂される少女の連続転移は、新しい時代の到来を人々に予感させたのです。見る者に感動を与える。ロアさんの魔法には、昔からそういうところがありました。魔術に付随する暗いイメージを払拭する何かが、彼女にはあります。


 それは、僕がどれだけ望んでも得られないものであり、僕とロアさんを決定的に隔てる“何か”でした。


(…………)


 来賓席に戻った僕。


 わっ、とロアさんに駆け寄るクラスの輪を見詰める、巫女さんの瞳は真剣です。


「……ローウェル?」


 目線で問われたローウェルくんが瞑目して首を振ります。


「いや。……マルコーさんの干渉はなかった。想像も付かない……。彼女は何をしたんだ?」


 そうですねぇ……。


 たそがれる僕に、巫女さんは興味津々といった様子で声を掛けてきます。


「ヴェルマーさまは、何か心当たりがおありですの?」


 心当たりというほどじゃありませんけど……。前置きして、僕は訥々と語ります。


 魔法という術式は、時間と手間さえ掛ければ、不可能なんてないんです。もちろんロアさんにだって限界はあるでしょう。一人で出来ることなんて高が知れてます。


 だから、彼女は、たくさんの人に支えられてるんです。ローウェルくんも、その一人なんですよ。


 以上、ちょっとイイ話でした。


 ……ところで何の話です?


 するとローウェルくんは、少し困ったように笑いました。


「ヴェルマーは、……僕のこと、知ってるんだろ?」


 笑顔が魅力的ということは知ってます。泣き笑いも悪くありませんが……。見上げる二対のどんぐりまなこに、ふと罪の意識にさいなまれ、僕は懺悔しました。


「ごめんなさい。教会の窓を割ったのは僕です……」


「……つまりネルさんがやったんだね?」

第六十七話です。

魔術の本質はまやかしなので、常人とは異なる認識が既存の概念を打ち破ることもあります。魔術の暴走や、異能と呼ばれる現象がそれです。

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