夏の祭り(その17)
おかしい。この状況は一体……?
何と言えばいいのか……見えない明日への不安? 息をするにも苦しい閉塞感に、僕はたたらを踏みました。
僕を中心に布陣している、インペリアルクロスの構成員達が、ぎょん、と一斉にこちらを振り返ります。ぱっちりしたおめめが印象的な、ゼンマイ仕掛けの人形兵さん達でした。
真紅の瞳の表面で波打つ光が、堅実に僕を捕捉、追尾していて、鬱になります。
……なんで、僕は“付箋”の皆さんに護送されてるんですか。
「放っておくと、すぐに別の交流祭を開催するからだ。もはや男も信用できん」
級長さんの人間不信は筋金入りです。他者の心を読めるという、ネル家の特異体質が、幼き日のしーちゃんに与えた影響は計り知れません。
「そ、その名で私を呼ぶな! ばかもの!」
振り上げられた腕を、とっさに僕は掴みました。細い手首。武門の棟梁であるネル家の人々は、往々にして苛烈なイメージを抱かれがちですが、実のところ、剣も満足に扱えません。
“付箋”に頼りすぎですよ、級長さん。きちんと運動してます?
僕は、あるじと同じくフリーズしている“付箋”たちを一瞥して、嘆息します。
中途半端な命令を打つから、いざというときに動けなくなるんです。死霊術師の強みは、有機性だと何度言わせるんです? お人形を鑑賞して喜ぶのは、そろそろ卒業しないと……。
級長さん? 聞いてます?
……頬が赤いですね。日焼けが心配です。ただでさえ、非カテ民族は色白で、日の光に弱いのに……。
級長さんの頬にそっと手を当てて、僕は呟きます。
「どうして日の当たるところに出てきたの……?」
「その無意味に深刻そうな台詞を吐く癖を、お前は直すべきだ」
…………。
級長さんのとなりで大いに頷いているロアさん、何か言いたいことがあるなら――。
「言っていいの?」
ごめんなさい。なんとなく敗色濃厚なので、今日のところは許して下さい。
「じゃあ言うけど、あの女はなに? なんで士官学校の生徒があんたと知り合いで、しかもワケ分からん相関図を構築してんだ。こら、目をそらすな」
生きているとね、色々とあるんです……。
僕だってどうしていいか分かんないですよ……。
さめざめと涙を流す僕の手を、勇者さんが優しく握ってくれます。勇者さん……。
「あたしは、昔の女にこだわらないわ」
勇者さんに手を引かれて、とぼとぼと校庭に向かう僕を、“付箋”の皆さんが温かく見守ります。
【マ¥ド$@ラは、胞子を放った。幻覚の輪が広がる……】
【警備員Aは昏倒した】【警備員Bは昏倒した】【警備員Cは昏倒した】
【警備員Dは増援を呼んだ】
【警備員Eが現れた】【警備員Fが現れた】【警備員Gが現れた】
【マN£ラ¢ラは、サボテンたちを召喚した。聖なるかな……聖なるかな……あらゆる植物が緑の王を称える】
【警備員Eは頭を垂れた】【警備員Fはひざまずいた】【警備員Gは敬意に打たれた】
【警備員Dは増援を呼んだ】
【警備員Hは恐れをなして逃げ出した】
【警備員Dは増援を呼んだ】
【しかし誰も現れない……】
さあ、午後の部スタートです。
第六十四話。がんばれ警備員D。
生産限定モデルを倒した人間は、かつて居ません。通常、魔物は本能的に人間を敵視するものですが、自我を持つ生産限定モデルは、その強大な力と反比例するようにひっそりと生きるものがほとんどです。