表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/75

夏の祭り(その15)

 なんですか、このプレッシャーは。


 懲罰室に一つだけ置いてある机に頬杖を突いて、アンニュイな表情で虚空をぼんやりと見詰めているパラメ先生に、僕はどう声を掛けて良いものやら分かりません。いつものパラメ先生じゃない……。


 とりあえず床に正座する僕。口火を切ったのは、さも当然のようにパラメ先生サイドの席に座っている勇者さんでした。


 彼女は、ゆるゆると溜息を吐いて、


「まず、言うことがあるでしょ?」


 ごめんなさい。


「なんで怒られてるのかも分かってないんでしょ。謝れば許されるなんて思ったら大間違いなのよ」


 ロアさんほど甘くはないようです。


「なに、嬉しそうな顔してるの。そう、あたしとお話できて、嬉しいのね。でもね、あたしは怒ってるの。なんでか分かる?」


 まったく分かりません。


「開き直らないで。……これってもう徹底的に調教してあげないと駄目なのかしら……」


 何やら僕の人生を左右しかねないことをぼそりと口にして、勇者さんは再び溜息を吐きました。


 机の上に軟着陸したポチが、同意するように「らが〜」と鳴きます。


「……そうね。あたし、分かった気がする。タロくんの場合、あたしがいないとすぐにおかしな道に走っちゃうから、じらせるのは逆効果なんだわ」


 結論らしきものを出した勇者さん。よく分かりませんけど、仲直りですね。


 らがっ。


 机の上では、ポチが無駄にアクロバティックな踊りを披露しています。


 それを見るともなしに見ていたパラメ先生が、ふと、自嘲するように笑ったので、僕は恩師のために何か言わねばならない気がしたのです。


 先生は、今のお仕事、好きですか?


「……嫌いよ。子供なんて。教養のない人間は好きになれない」


 答えて、我に返ったパラメ先生が、はっとして僕を見ます。僕が微笑を返すと、彼女はぼうっとしたまま、言葉をなぞるように続けます。


「だから……。私が、きちんと育てるの」


 その意気です。モーゲンくんも、きっと分かってくれますよ。


 パラメ先生は、笑顔を浮かべようとして、失敗しました。


「……よく覚えてたわね。そう、人を思い遣れるようになったのね……。生徒に慰められるなんて教師失格だわ。ごめんね、ありがとう、ヴェルマーくん」


 呼び出しの件をうまく誤魔化せたところで、勇者さんが異議を唱えました。彼女は、じっくりと保護者と担任教師の間で視線を往復させてから、ぽつりと零します。


「タロくんは、女の子をいっぺんに幸せにしようとする癖を直すべきだわ。あたしのイベントCGをコンプリートしたくないの?」


 …………。


 にっこり。


 パラメ先生は、今度は失敗しませんでした。巫女さんばりの綺麗なスマイルです。


 僕は、逃げ遅れたことを悟りました。




 もうしません。反省してます。


 心にもない誓約を述べ、懲罰室をあとにします。


 僕のローブの裾をぎゅっと握っている勇者さんと一緒に廊下を歩いていると、


「ヴェルマ〜」


 ててて、と駆け寄ってきたのは、王子さまでした。その後ろに付き従っているのは、取り巻きでしょうか。途中、転びかけた王子さまを支える動作に淀みはありません。同級生と思しき男の子が二人と、女の子が一人。


(名家の子弟。それも、ネル派、エミール派、ラズ派が揃い踏みといったところか)


 簡単に推察すると、僕はしゃがみ込んで、王子さまと目線を合わせます。


 王子さまは、今日も無垢な笑顔を振り撒いています。きちんと布で包んである空のお弁当箱を突き出して、


「ごちそうさまなのじゃ」


 王国の未来は万全です。


 ついカッとなって永遠の忠誠を誓う僕を、勇者さんが無感動な瞳でじっと見詰めています。


 ……感謝の心を忘れないのは大切だと思います。


 王子さまの頭をなでなでする僕に、取り巻きの女の子が絡んできます。リーダー格は彼女のようです。


「おまえっ、無礼だぞ!」


 ラズ家は、ネル家やエミール家と違い、ことさら派閥に興味を示しません。


 そのため、ラズ派の貴族は後ろ盾がない状態に等しく、二家の争いには干渉しないというのが暗黙の了解です。


(…………)


 僕は、ふと気になったことは尋ねます。


「モーゲンはどこにいる?」


 息を飲んだ女の子が、震える手を剣の柄に掛けました。話し掛けただけで、その反応はあんまりだと思います。


「……! 殿下、コイツは?」


 王子さまは、きょとんとしています。


「うん? ヴェルマーじゃ。戦史の授業で学んだであろ」


 それを聞いて、女の子は絶句しました。


 こと縄張りに関するミミカ族の方々の熱意は凄まじく、それに付随する形で僕の苗字もそれなりに有名なのです。


 勝ち誇る僕に、女の子は人差し指を突き付けて叫びました。


「魔性め! 北へ帰れっ」


 ひどい言われようです。


「気が合うわね」


 ……勇者さん?

第六十二話です。

三大貴族を“三家”と言い、中でもネル家とエミール家のことを“二家”と呼ぶこともあります。ラズ家は、“王国”の守護者であり、必要とあらば王家に牙を剥くことも辞さないとされてます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ