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夏の祭り(その14)

 過去はどこまでも追ってきて、足を引っ張る。


 分かり合うことは不可能で、互いに突き付けた“現実(いま)”が一撃必殺だから、相打ち以外の選択肢が霞に消えるようだった。


 対峙したまま彫像のように動かない僕らを置き去りに、女子の皆さんは午前中の競技を(さかな)に盛り上がります。


「まず、魔術寮(うち)の男どもはひ弱すぎる」


「士官学校の男どもは私たちに花を持たすべき」


「ミョーに張り切ってるあたり痛々しすぎる件」


 某教授に蝶よ花よと大切に育てられた女子の皆さんは、基本わがままです。ゆとり教育の弊害でした。


 身体が資本の騎士候補生と、魔術なる得体の知れない学問を修める学生を比べること自体があやまちなのですが……。


 “呪言”禁止というルールが重くのしかかります。身近にロアさんという規格外な魔法使いが居たためか、ローウェル班の中に“魔法”をメインとする子は居ません。


 級長さんめ、余計な真似を……。男子を代表して遺憾の意を表明します。


 もぐもぐ……。


 しかし、マンドラゴラのベーコン巻きを手ずから僕に食べさせてくれている彼女に悪気はなかったようですし、ここは広い心で許してあげましょう。


 後方から走る、ホコリくさい甘ったるさが嗅覚を刺激したのは、そんなときです。それは、魔素が活性化する際に放つ独特の“匂い”でした。


 ロアさんの席の後ろにあるのは、僕のみかん箱とロッカーだけですから、


(……転移。新手か?)


 “転移”は、魔法の奥義のひとつです。座標の遡行、虚実の反転、遣り方は色々とありますが、“I”と呼称される人でなしは“定義”という怪しい術式で空間を渡ることが出来ます。


 エリート魔術師の道を踏み外した僕は、これでも平均的な魔術師より鼻が利くほうです。


(“魔法”でも“定義”でもない。とすると、)


 ぽん、と肩に手を置かれました。


「決闘するなら、よそでやりなさい」


 それは、一人の少女でした。くるぶしまで伸びる長い髪が特徴的な、上級生とは思えない小柄な魔女が、双子を引き連れて現れたのです。


「隊長……!」


 彼女は、非難の声を上げる僕を無視して、空中の“I”に視線を固定します。


「あなたが出てくるのはルール違反だろう?」


 何やら意味ありげに呟いたものの、小動物めいた愛らしいお姿のため、全部ぶち壊しです。


「……これは思わぬ大物が釣れたな。“魔術連の魔女”――」


 必死に立て直そうとする“I”ですが、皮肉な笑みを失敗して頬が引きつっています。


 ――これは、ぐだぐだになる。


 ぱたぱたと駆け寄ってきて、僕の足に纏わり付いてくる双子を見るまでもなく、僕は直感しました。……こら、あかんべーしないの。めっ。


 可愛いものを集めるのが趣味の、しかしバレてないと思っている“魔術連の魔女”は、寮長としての威厳を示すべく今日もがんばるのです。


「……なんだね、この空気は。ヴェルマー、上司の頭を撫でるのはやめなさい」


 僕の手を振り払おうとする隊長を、級長さんが憎い女を見る目付きで睨みます。


「……出たな、女狐」


 級長さんは、命令されるのが大嫌いなので、自分の地位を脅かす人間が気に入らないようです。目の上のたんこぶ。


「ネル。相変わらず君は美しいな。綺麗なバラにはトゲがある……そう、君にはバラが良く似合う」


 隊長の率直な感想に、何故か級長さんは冷たい眼差しを僕へと向けます。


「…………」


 どうして、皆さんそろって僕を見るのですか。


 …………。


「人のために泣ける、笑える。だから人間は素晴らしいんだ」


「…………」


 テイクツーを所望する僕を、誰も取り合ってくれません。人間って素敵ですね。


 ……隊長、貴女が妙な切り返しをするから、こんなことになったんですよ。


 恨みがましく見詰めるも、彼女は僕の宿敵との語らいに夢中です。


「その身体はくれてやる。去りなさい。どの道、二重スパイだ。あの老人の手で消させるのは忍びない」


「……皮肉なものだ。あの男は、良い教師のようだな」


「私はそう思わないがね。師が師なら、弟子も弟子だ。変なところばかり似て、困る。まったく……ネルの言う通りじゃないか、この“ばかもの”」


 話の流れが掴めず、うんうんと横で賛同している僕の頭を、隊長がぽかりと叩きました。……なんで叩くんですか、僕は味方ですよ。


「……君のことだ、ヴェルマー。モーゲンがその気だったなら、君はこの世にいなかったよ。余計な真似をするから、こうなる。本当に分かっているのか、君は?」


 なんでそのことを……あ! 僕は、くすくすと笑っている性悪双子を睨みます。告げ口しましたね……。


 きゃあきゃあと嬉しそうに逃げ回る双子を、僕のクラスメイト達が保護します。皆さん、騙されてはいけません。その二人は性根が腐っているのです……。


「……またヴェルマーくんが変なコトしてる」


「なんか空とんでるヒトいるし。誰あれ」


「変態だよ。類は友を呼ぶって言うもん。誰かー。先生、呼んできてー」


 隊長が登場したとたん、注目を浴びるのは何だか納得いきませんが、日陰の住人である“I”は騒ぎを嫌います。


「……これまでか」


 引き際を悟った“I”が、掌中のTPを定義分解します。膨大な圧縮言語を撒き散らして消える鉄の小筒は、彼らの“魔術”なのです。


 級長さんいわく“女の園”である魔術寮に不法侵入したとあっては、変質者のそしりを免れません。いい気味です。


「はい、カルメルくんの力作」


「せーの、」


「パラメ先生〜」


 いそいそと逃げ支度を整える僕と、TPのあとを追うように肉体を転送する仇敵の別れの言葉は、やはり平行線です。


「人的統括部門はとうに滅んだというのに……。きさまは、まだ繰り返すのか!?」


「覚えておくといい、悪魔憑きの少年。君が“地下”で目にしたものは、“訳の分からないもの”に頼ったものの末路だ。適合しないものを無理に使うからああなる。不死の存在……生まれる筈のない自我。そして……“悪魔”は、その最たるものだ」


「っ……。あの第二世代は……」


「第四世代は存在しない。そういうことだ……また会おう、ダロ=ヴェルマー」


 これまでですね。パラメ先生が乗り込んでくる前に教室を脱出せねばなりません。僕は駆け出そうとして、


「…………」


 …………。


 廊下から、宙に溶けゆく黒衣の男を凝視している勇者さんと目が合いました。


「……タロくん」


 ……ハイ。


「懲罰室に来なさい」


 親はなくとも子は育つのです。人は、ひとりではないのですから……。


 ひとりで生きるのは、きっと寂しい。


 ――人間をやめて、何を得た?


 勇者さんに袖を引っ張られて連行されながら、僕は“I”に問い掛けたかった本当の言葉を胸の奥にそっと沈めるのでした。

第六十一話です。

〜世代というのは、魔物の等級をレベルではなく、思考ロジックのバージョンで区切った特殊なランク付けです。第二世代の正式名称は、第二世代型対人インターフェイス。後継の量産型(第三世代、第五世代)を遥かに上回る傑作と言われています。

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