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夏の祭り(その13)

「……で、なんで棄権したの? 二人三脚」


「ひ、日が悪かった」


「……あんた、ヴェルマーに甘くない?」


 仲良く一緒にお弁当を突付いているロアさんと級長さん。


 対面の席では、スペンサ班の輪に招かれたアーチスさんが、マルコーさんの人生相談を受けています。


「最近、ロアが構ってくれないんだ……」


「……なんで私に相談するの?」


「アーチスさん、その道のプロだから」


 ローウェルくん率いる男子班は食堂へ。


「…………」


 ワーグナさんは作曲活動に励み、その班員達は、食事がてらお喋りに興じています。


「これは……微妙?」


「うん、質より量って感じだね」


「りっちゃん、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ。ほら、あーん」


 その頭上。

 

「何故、きさまがここに居る」


 ――教室の天井に突き立てたナイフを支えに、飛びかかる寸前の低い体勢から、僕は問うた。


「愚問だな? そうだろう、“遁甲”使い。私には、この“祭り”に参加する権利がある。あれは私の自信作なのだから」


 探るような目を僕に向けたのは、黒衣に身を包んだ男だった。あたかも当然のように、二本の足で天井に立っている。


 その姿は、西棟の地下施設に幽閉されている筈の人物のそれだ。ただし、午前中とは雰囲気がまったく異なる。


「権利だと? きさま、どの口で……」


 ――“魔王”は実体を持たない存在と認知されている。それは単なる憶測に過ぎないが、噂の源泉は“恐怖”だ。魔が差すという言葉もある。


 人間の精神に寄生する最悪の能力。これを悪夢と言わず、何と言おう。


 “(アイ)”と名乗る悪夢の住人は、自身とも言える宿主のこめかみを人差し指で叩いてわらう。


「この男は……さして重要な情報は持っていないようだ。とんだ期待外れだよ」


 大仰な仕草で肩をすくめる。目線の端でクラスメイト達を見たのを、僕は見逃さなかった。目ざとくも僕の表情を観察していたのか、“I”は失笑を漏らした。


「……そうむきになるなよ。しばらく“移る”つもりはない。感情を殺している人間は扱いやすいのでね。肉体のスペックも悪くない。伝導率の低さは、如何ともし難いが……そうだな……“今後に期待”かな。どうだろう?」


 人間の魔力が、成人してから成長することは稀だ。高度な教育を施された魔術師が十六歳で“完成”するとされるゆえんである。


 答える義理などなかった。


「…………」


 僕は、無言で天井を蹴った。四肢を満たす力を、余さず前進に注ぐ。半身の感覚が鈍いことに胸中で舌打ちし、引き抜いたナイフを一閃した。


 黒衣の男は、無造作に突き出した掌で、迫る白刃を受けきった。障壁ではない。魔法使いがよく用いる魔法の盾とは、決定的に違う。それは、仮想窓と酷似していた。


 男の掌の先に浮かび上がったウィンドウが、僕の攻撃を解析し、圧縮言語に変換、即座に無効化したのだ。現象を魔術へ置換するという、通常の術式とはまったく逆のアプローチ。……人間業ではない。


 しかし、そんなことは今更だった。すでに僕は次撃を問おうとしている。


 重力に逆らわず、片手で天井をはじき、反転。精度は捨てる。気配を頼りに、ほとんど勘で標的を定め、ナイフの先端を叩き付けた。


 考えうる限り最速の二連撃を、しかし“I”はあっさりと仮想窓で受け止める。余裕の笑みが、目障りだった。――その笑みが、凍る。第二撃の軌跡をなぞるように投じられたナイフが、彼の頬を浅く裂いていた。


 想定外のダメージを追加されたウィンドウが、砕け散ったのだ。


「共鳴と増幅。“音叉”か!」


「遅い!」


 着地を待たず、僕は右腕を振り抜く。落下する僕を追って、男は降下を始めている。攻勢に転じようとしたようだが、それがあだとなった。天井に深々と突き刺さったナイフの柄から伸びる鉄線が、男の全身を絡め取ったのだ。


 ロアさんの横に降り立った僕は、すかさず片手をかざす。“I”の視線を影に感じた。身動きを封じられ、はっとした男が、顔色を変える。


「! 悪魔の“力”を引き出せるのか!?」


「終わりだッ!」


 人から人へと渡り歩く“I”を滅ぼすには、ミミカ族の“念力”しかない……!


 瞳が黄金(きん)色に燃える。因縁に終止符を打つべく指先に力を込める僕に、ロアさんがお弁当と箸を手渡してくる。


「……ん」


 恥じらいつつも、あーんと口を開けるロアさんに、仕方なく僕は応じました。


 悪運しぶとく生きのびた“I”が、陶然と呟きます。


「素晴らしい……。人間の精神力が、“大罪”級の悪魔すら上回るというのか?」


 ロアさんのお口に自信作の玉子焼きを放り込みながら、僕は、まったく懲りない宿敵を厳しく叱ります。


「きさまは、まだそんなことを……! 人間の未来を信じるなら、他に遣りようがあったろうに!」


 人間を辞めた男は、興奮冷め遣らぬ様子で、早口にまくしたてます。 


「進化だ。人間の進化だ。歴史が人類を“進化”させるのだ。これは天使の祝福か? 悪魔の誘惑か? この世界の人間は確実に“進化”している。……来い! ダロ=ヴェルマー!」


 勝手なことを……。僕は、もぐもぐと咀嚼しているロアさんの頬に付いているごはんつぶを取ってやりながら、


「人のために泣ける、人のために笑える。だから人間は素晴らしいんだ。……なにが歴史だ。なにが進化だ。きさまが弄んだ命は、未来は、かけがえのないものなんだよ!」


 とりあえず、身近な未来を守るためにロアさんの食事を補佐します。マルコーさんの視線が素晴らしく冷たいです。


「…………」


 とっさに目線を逸らすと、級長さんが至福の表情で昼食(ランチ)を平らげています。なるほど、早くも二つ目のお弁当を……なるほど。


【原則】を無視して宙に浮いている人外が、鋼糸の縛めを断ち切り、TPを水平に構えます。TP――漆黒の金属塊は、“I”が定義した架空の兵器です。あの小さな銃口から放たれるものが、人体をたやすく粉砕することを、僕は知っていました。


「…………」


「…………」


 僕は、上空をたゆたう不倶戴天の怨敵と睨み合います。僕と“I”の意見は平行線です。交わる日が永遠に来ないことは、銃口を挟んで対峙する両者にとり、あまりにも明白でした。鉛より重い沈黙が続く中、級長さんの底なしの胃へと向かって着実に喪われてゆく(いのち)が気にならないと言えば嘘になります。


「…………」


「…………」


 ……完食したか。次元が違うな……。


「……ヴェルマー」


 えっ、おねだりですか? つくづく貴女は凄まじい精神力をしてますね……。


 こんなこともあろうかとストックしておいた三つ目のお弁当を差し出します。この一連の流れが、何がしかの琴線に触れたのか、級長さんは照れ臭そうにはにかんで、俯きます。


「……少しくらいなら、恵んでやってもいい」


 何故だろう、当然の権利という気がしてならない……。

第六十話。珍しくシリアスな主人公(仮)。

禁呪“遁甲”は、ラズ家の“精霊”とならび、この世で最も邪悪な秘術とされる術式です。“召喚術”という認識が一般的ですが、正しくは魔術の根本をなす“術”と“式”を凍結する“封印術”です。

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