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夏の祭り(その12)

《ただ今をもちまして、午前の部を終わります。グラウンドの整備を挟んで、午後の部をスタート致します。詳しくは、グラウンド上空の案内板をご覧下さい。……おい、マルコー、仕事しろよ》


《士官学校のモーゲンくん、士官学校のモーゲンくん、教員テントまで至急お越し下さい。パラメ=デイビス先生がお待ちしております。お説教タイム突入でーす。……え、無理? いや、エミール派の内部事情とか興味ないんで。マジ泣きされても……》


 ようやく折り返し地点ですか……。


 自力で組み立てた簡易担架に、力なく横たわります。圧縮した魔術を解凍、起動する“焚書”の術式展開は非常に疲れるのです。正確には、圧縮した魔術の容量が大きすぎたのが原因なのですが……あの規模の魔術を“拍子”で再現するのは不可能です。


「ふふ、お昼寝ですの?」


 ……言っておきますけどね。


 頭上から聞こえた、鈴を鳴らすような声に、いくぶん気分を害して、僕は言います。


 巫女さん、貴女のところのモーゲンくん。彼――ちょっとヘンな子ですよ。ステータス上書きしたゴーレムの性能を限界まで引っ張り出すなんて、破滅願望があるとしか思えません。モーゲン家の人って、みんな、ああいう感じなんですか?


「そうですね。あの子が特別という訳ではありませんわ。と言うより……いえ。……あまり“表”に出てくることのない家柄ですから、至らぬ点がありましたら、代わってお詫び致しますわ」


 いえ、それには及びません。彼には、借りがありますから。


「借り、と申されますと、工房(アトリエ)襲撃の件ですか? あの状況であれば、彼の判断は妥当ですわ。王家の守護は三大貴族の役目ですもの。ネル家は静観していたようですけれど……」


 そうじゃなくて……そうじゃないんです。僕、子供にあまり好かれないみたいなんです。勇者さんも口を利いてくれないし……。


「“二人目(ブーステッド)”のプライドかしら? それにしても……あれしきの“異能”でミミカ族に立ち向かうなんて無謀ですわ。査問会は何を考えているのか……」


 若頭は特別ですよ。あと、査問会とやらは関係ないです。


「関係ない? そんな筈は……」


 不意に訪れる沈黙。秀麗な眉をひそめて、巫女さんはシンキングタイムに突入しました。


 同時刻、教員テントの方ではお説教タイムの幕開けです。


「魔術寮の犬がオレに何の用だ」


「……いえ、その、あの……」


「早くしろ。今、オレは気が立っている」


 分かります。お昼ごはんを抜きにされたからですね。


 一方のパラメ先生は、しどろもどろになりながらも教職者としての責務を果たそうと懸命です。


「ええと……ゴーレムとか、あんまり持ち出されると、その、ね?」


「用件はそれだけか? 分かった。以後、控えよう。……さて、パラメ=デイビス」


 モーゲンくんのターンです。


「一応、聞いておいてやる。申し開きはあるか?」


「……あう」


 観念したかのように項垂れるパラメ先生。普段の毅然とした態度はどこへ行ったのでしょう。


 と、モーゲンくんの心境に何か変化があったようです。口元に、じわりと滲むような笑み――。「ひゃっ」と悲鳴を上げるパラメ先生を無視して、彼はゆっくりと僕の方へと視線を振ります。目が笑ってません。


「まあ、いい。命拾いしたな、デイビス。……そこでオレを睨んでいる勇者に感謝することだな」


「えっ?」


 びっくりして実況席へと目を向けるパラメ先生。勇者さんは、素知らぬ顔で、ふいと視線を逸らしました。……良い兆候ではあるのですが、何故でしょう、素直に喜べない僕がいます。


 マントを翻してきびすを返したモーゲンくんと、再び目が合います。そのまましばらく見詰め合っていると、視界の端でロアさんとマルコーさんが感動の再会を果たしています。


「エリスー!」


「ろ、ロアー!」


 炎天下の中、がしっと抱き合う二人。正気の沙汰ではありません。


「アタシがんばって走ったよ! 褒めて!」


「偉いね! でも魔法使えばいいじゃん! なんで使わんのだ!?」


 ロアさんは天邪鬼ですからね。それに、彼女だって馬鹿じゃありませんよ。エミールの巫女が直々に現れたんです、その意味が分からない彼女ではないでしょう。


「だって、どっかの馬鹿がクラスメイトを応援するでもなく裏でこそこそ何かしてるんだもん! 面白くな〜い!」


 たしかに許せませんね。誰かは知りませんが、今すぐ土下座して謝罪するべきです。


 おや、マルコーさん、僕に何か御用でも? そんなに熱い視線で見詰められると、少し照れます。


 わんわんと喚いているロアさんを、後ろから歩み寄ったアーチスさんが軽くたしなめます。


「うるさい、スペンサ。うっとうしい女ね……。お聞きなさい、彼はゲスト扱いなの。応援されても困るというのが正直なところだわ」


「あっちゃんは、そういうとこドライだよね。精一杯に背伸びしてるみたいで可愛いぜ……」


「うるさい黙れマ国ムスメ。……ごめんなさいね、士官学校の、ええと、ワンダさんよね? うちのマルコーに付き合ってもらって……」


「あ、いや、いいんだ。私も楽しかったよ。いい経験になった。……私のことを?」


「ん、そうね。たぶん、あなたにとっては面白くないんでしょうけど、あなたのお祖父さまは有名だから」


「さり気なく過去の出来事にしてるけど、午後の部もよろしくな」


「……ああ、分かってるさ。マルコー、約束を忘れるなよ? もしも私たちが勝ったなら……」


「ふっ、女に二言はない。シエラとやらは好きにしたまえ」


 他校との交流を深める面々をよそに、クラスメイトの皆さんが教室へと引き上げます。


「あれ、うちのミィちゃん、またスペンサさんに構ってるよ」


「そんで軽くスルーされてる。懲りないよね」


「あ、ヴェルマーくんも一緒に食べよ? 別に毒見とかじゃないけどさ、念のため。ね?」


 はあ……。いえ、せっかくですけれど、僕はここで勇者さんを待ちます。


「え、ホントに何か混ぜたの? 惚れ薬とかじゃないよね?」


 ぜんぜん信用されてません。


「あ、ごめん、そんなつもりじゃなくて……。ヴェルマーくん、錬金術が得意だし、色々と前科があるから……」


 悲しいことに失った信頼を取り戻すのは容易ではないようです。


 前科って……。


 あのですね、たしかに僕はこれまで数々の秘薬を作りましたけど、それらは全てインベントリ(アイテム欄)を空けるためですよ。とある事情から錬金術に傾倒していた時期がありましたし――と申しますか、それ以外に選択肢がなかったんです。


 身の潔白を証明しようとする僕ですが、クラスメイトの皆さんは「ハイハイ」と相手にしてくれません。


 あ、勇者さん。


 気付けば、勇者さんがじっと僕を見下ろしています。あの、お昼ごはんですよね? 良かったら一緒に――。


「…………クラスの子達と一緒に食べるから」


 ああ……。行ってしまわれました。


 なんだか憐れみの視線を感じて振り返ると、


「ヴェルマーくん……」


 ……いや、でも、聞きました? 口を利いてくれましたよ。一歩前進です。


 しかしクラスメイトの皆さんは、口を揃えて異口同音にこう言うのでした。


「そうかなあ……?」


 一斉に首を傾げる皆さんの後ろを、警備員の方々が慌しく駆け抜けて行きます。何事ですか。


「新型だと!? 信じられん……“石”の反応はあったのか? 商会への報告は……」


「待て。今、先遣隊が……ちっ。連絡が途絶えた。本体は地中深くに潜んでいるようだな……」


「第五の生産限定(リミテッド)モデル……! 突然変異かっ? 位置がマズイぞ……審判の門に近すぎる!」


 …………。


 さて、お昼ごはんにしましょうか。てきぱきと簡易担架を解体しながら、クラスメイトの皆さんを促します。


 ロアさん達も合流して、ますます華やかになる一行。……父さん、母さん、慣れない都会での生活は大変だけど、僕は元気です。


「あー。ヴェルマーくんは、そこの貴族達を何とかしてね。あと羊」


 マルコーさんは、本当に僕のことが嫌いですよね。びっくりするくらいの悪意を感じます。


 これが都会の闇なのか……。意気消沈してきびすを返す僕に、ごく自然に着いて来ようとするロアさんをワーグナさんに預けて、向かう先はおなじみの特設リングです。


 頭上で午前の部のハイライトを演出する、泣きたくなるほどマ国チックな巨大仮想窓の放つ輝きに照らされて、勝鬨を上げる友達に、僕は何をしてやれるのだろうか……。


「おととい来るのである!」


 若頭の腕を掴んで高々と掲げた級長さんは、ひどく上機嫌です。少し目を離した隙に審判(レフェリー)になっています。


「でかした、メリー! あとで極上のラム肉をごちそうしてやる。嬉しいか!」


 共食いです。


「御意なのである」


 若頭は従順です。ミミカ族の方々は、何故かネル家の人々を尊重します。


 若頭に敗北を喫した神殿騎士の皆さんは、口々に呪いの言葉を吐きます。


「お、おのれ、悪魔め」


「くっ、ジャッジに納得が行かねえ」


「汚いぞ、ネル家!」


 負け犬の遠吠えですね。


 リング上で悪徳の限りを尽くしたらしい級長さんは、えっへんと胸を張って大言壮語を吐きます。


「ふっ、何とでも言うがいい、エミールの犬どもめ。勝てばいいのだ! これに懲りたら、二度とネル家に逆らおうなどと考えないことだな! 服従しろ」


 貴女、何もしてないでしょう。 


「我々は海の男だ。海の男は二心を持たん!」


 神殿騎士さん達は海が大好きなのです。


「ほざけっ、王都在住がっ」


 不器用ながら、差し伸べた手を振り払われた級長さんの青い瞳の奥に、狂気の炎がちらつきます。無駄に高いプライドをしているのです。


 ――神殿騎士は、特殊な存在だ。純粋な騎士と比べた場合、魔術への耐性は劣る反面、撹乱と奇襲を得意としている。他国では、神殿騎士は“上級騎士”と呼ばれることもあった。それは、エミールの巫女の警護を務める彼らが、王国の精鋭であると考えられているからだ。


 ネル家が神殿騎士を欲しているのは、有名な話だった。


 ……このまま放っておくと、級長さんの独断と専行で校庭が血の海と化してしまいそうです。普段の彼女がアレなので忘れられがちなのですが、三大貴族の固有スキルは“魔術”の範疇を大きく逸脱しており、唯一無二にして強大無比な王国の“法”そのものです。


 エキサイトする級長さんを、僕は、まあまあとなだめます。自慢の金髪を撫でてあげると、彼女は沈静化するのです。


 さあ、お昼にしましょう……。殺し文句です。これで積みですね。


 若頭を影に回収し、すっかり大人しくなった級長さんの手を引いてリングを下りる僕の背に、神殿騎士の非難が飛びます。


「ダロ=ヴェルマー!」


 藪から棒に何です。


 立ち止まって振り返る僕に、青年と呼んで差し支えない、まだ若い神殿騎士が、義憤に燃える眼差しを向けています。


「貴様ほどの海の男が、何故ネル家に従う!?」


 無断で人に妙な属性をエンチャントするのは、やめて貰えませんかね。


 ……貴方には、以前にも言いましたよね?


「理由など、あとで考えればいい、か?」


 よくできました。ニコリと微笑むと、彼は目に見えて狼狽し、馬鹿にするな……と消え入りそうな声で呟きました。


 変な人ですね。これも前に言いましたが、貴方は騎士に向いてませんよ。騎士は、刃を向ける相手を選べませんからね。


 年上の国家公務員を諭します。


 黙って遣り取りを見詰めていた級長さんが、ふと真剣に悩み込んで言いました。


「……この場合、私の動機(りゆう)は痴情のもつれでいいのだろうか」


 いいえ、もっとよく考えてから結論を出すべきです。

第五十九話です。新生活始めました。更新が遅れてしまって申し訳ない。

今回は、神殿騎士に関して少し触れました。上級騎士というのが他国での呼び名。自国(王国)では、皮肉にも“暗黒騎士”という蔑称が当てられることもあります。文字通り、暗黒を操る騎士だからです。

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