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夏の祭り(その10)

 壁と言わず、天井一面、床一面をびっしりと(つた)が覆っています。


 物凄い速度で這い寄ってくる(つる)にトラウマを刺激される僕。涙目でモーゲン機――シルヴァさんの首にひしっとしがみ付きます。


《まさか、生産限定モデルと出食わすとはな……》


 厳密に言うと、ゴーレムは人間のように直立は出来ません。人間と比べて脊髄が長いため、やや前屈みになった猫背がスタンダードなのです。


 前傾姿勢を保ったまま、野獣のように通路をひた走るゴーレム。行く手に立ち塞がる根っこを、両手のツメで切り裂きながら、今や鞍上の人となったモーゲンくんが愚痴を零します。


《お前が絡むと、いつもこうだ。予定通りに事が運んだ試しがない》


 その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。


 追いすがる蔓にどきどきしながら、僕は会話を続けます。


 ……見ない型ですよね。僕ら、第一発見者かもしれませんよ。


《……随分とお前に執着しているようだが》


 それが人情というものです。


 前腕の歯車に巻き付いた蔓を引き千切って、蹴り足に更なる力を込めるシルヴァさん。虚空に像を結んだ“剣”を手にするや、急速に反転し、束になって襲い掛かる蔓へと切り掛かります。


 ……モーゲンくん、僕も鞍に招待してくれませんかね。貴方の操縦に僕の身体が保ちそうにないんですけど。


《メリーII(ツー)の誕生に立ち会ったお前には分かっている筈だ。ゴーレムは騎手(あるじ)を選ぶ。……そうでなくとも、お前はゴーレムに乗れない。悪魔の血がそれを拒む》


 僕の騎士適性を無残にも切り捨てたモーゲンくんは、追撃の合間を縫って、愛機を頭上の縦穴に飛び付かせます。浮力をコントロールしているのか、交互に壁を蹴って軽快に地上を目指します。


 僕の健康を著しく損なう恐れのある行為でしたが、僕は健気に耐えます。と、意識の片隅に常駐している愛用の羊時計が十一回目のバック宙を決めます。だからどうということはないのですが、僕はマップを素早く参照し、シルヴァさんの耳(ツノ?)に口元を寄せました。


「包囲される前に脱出する。やれるか?」


《……禁呪か。柄にもない……何を焦っている?》


 …………遅刻にうるさいんですよ、あの人。




 ところ変わって、魔術寮の第一演習場――またの名を校庭。照りつける太陽が眩しいです。


「むむむ……」


 両手を腰に当てて、疑惑の眼差しで若頭を睨んでるのは、僕らの偉大なる級長さんです。


「…………」


 全身の毛を逆立てつつ、狸寝入りに全霊を傾ける若頭。

 

「あらあら」


 その隣で、おっとりと微笑んでいる巫女さんは、どこか勝ち誇った様子です。


 級長さんの横で、そわそわしているのはロアさんでしょうか。正直、どこにでもいそうな髪の色をしているため、判別が出来ません。


 交流祭のプログラムは順調に消化されているようですね。普段の不摂生が祟ってか、校庭の至る所で魔術寮生がぐったりしてます。


 上空、ン十レトを滞空するシルヴァさんの肩の上で、僕は勇者さんの姿を探します。愛があれば不可能なんてない筈なのですが、悲しいかな物事には限度があるようです。


 ……モーゲンくん、跳びすぎです。交流祭だからって、張り切りすぎですよ。どうするんですか、これ。このまま着地したら大惨事ですよ。


《ふん、見ていろ》


 何か妙案でもあるのでしょうか? モーゲンくんは得意げです。


 空中で、大きく仰け反るシルヴァさん。片手で器用に“剣”の柄を逆手に持ち替えると、二の腕と前腕の歯車が急激に回転を増します。


 ちょっ、と制止しかける僕を無視して、シルヴァさんは眼下の校庭に全力で“剣”を投擲しました。


 さくっ。


 ……可愛らしく表現しても駄目ですね。轟音と共に深々と大地に突き刺さった“剣”に、今日という日に集まった人々が何事かと天を仰ぎます。


 見上げた先にあるもの。それは、戦争狂いとか“蝿の王”とか言われる、ネル家の象徴にして、忠実なるしもべ――。


《ゴーレム……!?》


 解説の人がそう言えば、負けじとマルコーさんも叫びます。


《出ました! 泣く子も黙る仕官学校の鬼副長、ドゥロワ=モーゲン〜っ!》


 僕のことも少しは思い出してくれると嬉しいです。


 それにしてもテンション高いなぁ……。


 地響きと共に校庭へと降り立ったゴーレムの勇姿に、待ってましたとばかりに降り注ぐ大歓声。


 ぜえぜえと肩で息をしている僕を、傍らに現れたモーゲンくんが担ぎ上げます。


「あの老人の術式をコピーしたのか……師が師なら弟子も弟子だな」


 なんかもう反論する気力も湧きません。好きにして下さい。


「……安心しろ、エミールに報告するつもりはない」


 貴方は……? いえ、この場で問うことではありませんね。


 僕を抱えて、愛機から飛び降りるモーゲンくん。


 片ひざと片手を地面に付いた姿勢のまま、蜃気楼のように姿を消すシルヴァさんを、モーゲンくんは一顧だにしません。ゴーレムを道具と割り切っているようでいて、深く通じ合っているようでもある……不思議な子です。


 ところでモーゲンくん、凄い注目されてるんですけど。僕、恥ずかしいです。


 水を打ったように静まり返る大衆に、モーゲンくんはふてぶてしい笑みを浮かべて、次のように述べました。


「悪いな。寝坊した」


 ……その発言、誤解を招きません?

第五十七話です。

ゴーレムの登場で、この世界の戦争は一変しました。ネル家の名が広く一般に浸透し、恐怖の代名詞として囁かれるようになったのは、この頃からです。

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