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夏の祭り(その9)

「お前にネル家の真実を見せてやる」


 そう言ったモーゲンくんは、おもむろに滑らかな指使いで虚空を叩きます。


 下半身を湖に沈めて索敵していたゴーレムの単眼に意思の光が灯ります。ゆるやかに回転していた歯車が徐々に勢いを増し、眠れる獅子が目覚めるが如し緩慢な動作で、ぐうっと巨体を反らして立ち上がります。


 生々しいまでの生命力。全身を染め上げるまったき白は、色といい、質感といい、否応なく今朝割った卵の殻を連想させる……。


 虚ろな巨人を背後に従えて、モーゲンくんが言います。


「今更、歴史の講釈もないだろう。悪魔――ミミカ族の侵攻を食い止めるために戦場へと投入されたのがゴーレムだ。

 当時のゴーレムは未完成だったとされている。いわゆる呪霊騎士(レトロゴーレム)……敵を喰い殺して輪廻炉を満たすことしか頭にない狂戦士だ。

 集団で狩りをするミミカ族に敵う筈もない。第一波は殲滅……しかし時間稼ぎにはなった」


 表向きは、そうなってますね。


「そう、ネル家は知っていた。人を乗せて、初めてゴーレムは本来の力を発揮できる。人である必要はないかもしれんが……。

 負けると分かっていて未調整の呪霊騎士を野に放ったネル家の真意は分からん。

 (レト)を捕食するミミカ族の特性を把握していたのか? ろくな騎手が居なかったのか? 真相は闇の中だ。何故なら……」


 モーゲンくんの命を受けて、ゴーレムが巨躯を反転させます。ざぶざぶと湖を分け入って進む巨人の背を、僕は為すすべなく見詰めます。


 悲しいことに、モーゲンくんは僕に心を許してくれていないようでした。怜悧な眼差しで僕の挙動を監視しつつ、


「ヴェルマー、お前の先祖がミミカ族と契約し、角笛を吹いて連中を連れ去ったからだ」


 その点に関しては、諸説ありますけどね。以前、我が家(実家の方です)に取材しに来た人が言ってましたけど、あの有名な“悪魔討伐の前夜”(円卓を囲う立派な騎士さま達を描いた絵です。手違いで都に招かれた羊飼いの所在なさげに佇んでいる姿が印象的)は、後世の作である可能性が高いらしいです。


 大体、僕のご先祖様が各地を放浪していた時代から、我が家の羊さん達は“ときどき二本足で立って歩いていた”という記述がありますから、疑えばきりがありませんよ。


 若頭に聞いてみても、やがて大きなうねりとなって云々(うんぬん)で要領を得ませんし。たぶん覚えてないんだと思います。


 我が家の歴史を紐解いている内に、モーゲンくんのゴーレムは湖の中心に到着したようです。


「……ゲートを開放するのか?」


 意外に思って尋ねると、モーゲンくんは微かな怒りを覚えたようで、


「オレは査問会の犬じゃない。エミールはどうか知らんが……言った筈だ。お前に真実を見せてやる、とな」


 その査問会というのが何なのか良く分からないのですが、僕は知ったかぶりして頷きました。


 噂によれば、僕と……その“異端査問会”? は、完全に敵対関係にあるらしいです。不倶戴天の間柄とも。……不思議なこともあったものですね。


 まあ、疎まれるのは慣れてます。天下の往来で見知らぬ大人の襲撃に遭うのも人生です。人前で名前を叫ばれるのは勘弁して欲しいですけど……。


 ……勇者さん成分が不足してきた僕は、人生について色々と考えてしまうようで、ゴーレムが湖に片腕を突き入れる瞬間を黙って見送ってしまいました。


「馬鹿な……!」


 モーゲンくんを押しのけて、湖のふちまで駆け寄ります。


「結界を()かれた? “杖”か……! いや、しかし……」


 あらゆる魔物を従える“愚者の杖”。あらゆる魔物を従えるということは、あらゆる魔術を意のままに出来るということでもあります。


 ルトヴィヒくんがそうだったように、暗示に耐性を備えている者ならば、たとえレプリカだろうと結界を素通り出来る。結界とは、そういうものなのです。


 けれど、モーゲンくんに“杖”を使える筈がありません。そう信じるに足る理由が僕にはあったのです。


「……当然だ、オレはあれがレプリカだと知っているからな。オレ以外の誰かが結界を破ったということだ……どういうことか分かるか? ヴェルマー」


 謎掛けめいたことを言って、モーゲンくんはゴーレムの操作に集中します。


 ややあって、彼の口元が喜悦に歪みました。


「見付けたぞ……“シルヴァ”!」


 愛馬の名前なのでしょうか。大層な名前を付けられた(別に羨ましくなんかありません)ゴーレムが、湖に埋没した片腕を勢い良く引き上げます。


 その手に掴まれたものが、“門”を潜ってサルベージされます。


 ひび割れたツメ。


 千切れかけた腕。


 泥塗れの白い肌。


 濁った単眼――。


 それは、朽ちたゴーレムでした。


 モーゲンくんは、唖然とする僕を一瞥し、


「人はゲートを通れない。だが、ゴーレムに乗った人間はどうなのか。……答えは出たようだな」


 ……弱りましたね。なんとなくそうなんだろうなとは感じていましたが、過日のネル家はゲートを逆利用することで、魔物さん達の本拠地に乗り込み、“審判の門”を閉ざしたようです。


 穿った見方をすれば、マ国を潰したのはネル家かもしれません。


 単なる偶然で片付けてしまえれば素敵なのですが、自らの功績を謳うでもなく、長年に渡ってゴーレムの存在を秘匿していたあたり、限りなく黒です。もう真っ黒です。


 暴かれたネル家の悪事に、僕の胃がねじれるような痛みを訴えます。


 ……どうしてこう、あの家は次から次へと問題を起こすのか。マルコーさんが黙ってませんよ……。


 路頭に迷った級長さん一家を養う日々を想像して、僕は身震いしました。……ああ、それは食べちゃいけません、食べるなって言ってるでしょう!


(…………)


 僕は、モーゲンくんの横顔を盗み見します。


 今なら誰も見てません。

第五十六話です。

“審判の門”とは、極東にあるとされている魔物達が出て来る世界最大規模のゲートのことです。世界の果ての向こうにあると考えられており、人間が辿り着くことは不可能とされています。

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