夏の祭り(その8)
トンネルを抜けた先に広がっているのは、一つの都市でした。
分厚い岩盤に覆われた、広大な地下空間。大きな地底湖と枯れた木々。湖の向こうには、尖塔の折れたお城が建ってます。その周りを、今なお城壁のようにそびえる家々は、廃墟と化して久しく、されどある種の侵し難い神聖さを帯びています。
ここは、マ国。
魔物さん達に滅ぼされた、呪いの大地。文字通り地図上から消えた、魔物さん達の第二の王国です。
人類に奪回された今となっても、この地は迷宮に閉ざされ、過去の履歴にひっそりと仕舞われたままなのです。
……そんな寂寥感あふれるマルコーさんの心の故郷に、静寂を打ち破る断末魔の叫びが響き渡りました。
死力を振り絞った咆哮に、冬でもないのに枯れ細った木々がびりびりと震えます。
獣の絶叫が木霊し、地響きと共に崩れ落ちたニャンコが、永久の眠りにつきます。
「はぁっ……」
吐く息が白い。呼吸を整えながら、頬に跳ねた返り血をローブの袖で拭う僕。むせ返るような匂いに、眉をしかめて見下ろせば、かつて純白だった一張羅が見る影もありません。
神秘の枝を突き出したままの姿勢を正すと、湿り気のある土壌から生えている形も大きさも疎らな無数の“槍”が、さらさらと風化します。魔物さんの骨肉をリサイクルした自然に優しい刃は、キャッチ&リリースの精神に従って血の海に沈みます。
モーゲンくんの安否を確認しようと、マップを開いた、まさにそのときでした。
ざっぱーん。天から降ってきた単眼の巨人が、ドラゴンさんともつれ合いながら湖面に着水したのです。
(モーゲン……やったのか?)
屹立した水柱が、霧雨と化して辺り一帯に降り注ぐ中、慌てて駆けつけると、ちょうどモーゲン機が巨躯を揺らして立ち上がるところでした。
幽鬼のような佇まい。
その手で、首を鷲掴みにされたまま、ドラゴンさんは既に事切れていました。
モーゲン機は、その亡骸を、まるでゴミでも扱うようなぞんざいな手付きで放り捨てます。
《二秒、余ったな》
当然のように勝利を収めて、自機の肩に現れるモーゲンくん。
生産限定モデルのコピーであるゴーレムが、竜族に匹敵するだけの潜在能力を秘めているのは分かる……しかし正騎士の位を叙された人間の内、どれだけが同じことを出来るだろうか――。
モーゲン家の未来は安泰ですね。
モーゲンくんの大きなお友達も同じ意見のようで、湖にひざまずいて大人しく待機します。
湖のふちに降り立ったモーゲンくんは、濡れた前髪をかき上げて、ふと僕の足元で寝転んでいる猫さんに目を留めます。
次いで、厳しい表情で僕の尻尾を睨みました。羨ましいでしょう、若頭とお揃いですよ。
「……悪魔の“力”を使ったのか。忠告はした筈だぞ、ヴェルマー」
……僕も言った筈ですよ、一人にしないでと。
以前にも思ったのですが、貴方は僕を過大評価してます。
基本的に、魔物さんに一対一で挑むのは人間のすることじゃありません。ミミカ族の方々には上で待機して貰ってますし。
がんばったのに……。
モーゲンくんに褒めて貰えると思って張り切った僕が馬鹿みたいです。
実を言うと、尻尾は何の役にも立たなかったのですが、意固地になった僕は訂正しませんでした。
……あの子はどうしてます?
モーゲンくんの魔物さんに対する冷たい仕打ちに、一抹の不安を覚えた僕は、ふと思い付いて尋ねました。
「あの子? あれのことか。……分からんな、お前といい、“工房”の連中といい、よほど人形遊びが好きと見える」
彼らは人間ですよ。貴方と同じね。
「お前から見ればそうだろうな。人には人の考え方、別の見方があるということだ」
貴方はどうなんです?
何かを言い返そうとしたモーゲンくんですが、不意に眉をしかめて舌打ちします。
「ちっ……噂をすれば、だ」
どうやら秘匿回線の連絡が入ったようです。
ふふふ、僕の前で内緒話は意味をなしませんよ。モーゲンくんのプライベートアドレスは押さえてあるんです。
モーゲンくんは、油断なく僕を見据えたまま、心の中で言葉を交わします。僕に盗聴されているとも知らず。
《どうした。状況を言え》
《……またあの男ですか……》
《お前の手に負える相手ではないからな。実証済なんだろう? 用件はそれだけか?》
《……お昼ごはん抜きです……》
「…………」
…………。
「ヴェルマー、お前にネル家の真実を見せてやろう。第三次侵攻の最終局面、ここで何があったか……」
お昼ごはんを抜きにされたモーゲンくんは、何事もなかったかのようにそう言って、不敵な笑みを浮かべます。
そんな彼に、不思議と共感を覚える僕でした。
第五十五話です。
魔物の血肉は魔導器の材料になります。魔導器の本来の用途は魔素伝導率=魔力の補填であり、結果的に魔術の暴走を抑えることもできます。