夏の祭り(その7)
昨夜の出来事です。
人口密度高すぎな我が家にて、一人と一匹が雌雄を決しようとしていました。
片や、星の女神さまの加護を一身に浴びる光の化身、異世界出身、癒し系ドラゴンキラーの勇者さん。
片や、陸上最強の生物と謳われる夜の貴族、故郷に錦を飾りたい、エッジの利いたツノが素敵な若頭。
「…………」
「…………」
両者、無言で睨み合ったまま、微動だにしません。
(この戦い……先に動いた方が負ける)
固唾を呑んで見守る僕。
果たして、“枕投げ王”の栄冠を手にするのはどちらなのか……。
この二人の凄さが分かっていない女子の皆さんは、枕投げ合戦の行方を見守るのにも飽きて、一人また一人と観戦から離脱して行きます。
「ね、ね、空腹ゲージがレッドゾーンに突入してるの私だけ?」
「私は常にレッドゾーンだが」
「それ生物的にどうなの……?」
女子の皆さんがプライベートで集まったときに、リーダーシップを発揮するのがアーチスさんです。
「そうね……。スペンサ亭のおすすめメニューとか無いのかしら?」
「だからスペンサ亭ゆーな。ちゃんとした屋号あるっての」
アーチスさんとロアさんの不毛な会話が続きます。
「ごめんなさいね、ホテルは三つ星と決めてるの。三流には興味なくって……」
「あんたとは、いつかじっくりと話し合う必要がありそうね……」
この二人、仲が良いのか悪いのか……。
僕のフードを上げ下げしていたロアさんは、皆さんの期待に満ちた視線をどこ吹く風と受け流して、
「あー……メンドくさいなあ……。リッツは? あんた料理得意よね」
「…………」
うとうとしてます。
級長さんの髪のお手入れを終えた僕は、ワーグナさんを抱っこしてお布団まで運んであげました。枕元に正座して、掛け布団の上から一定のリズムでお腹をぽんぽんと叩いて睡眠を促します。寝る子は育つのです。
唐突にロアさんが宣言します。
「アタシも寝る」
……なんで僕に言うんです? しかも、ぜんぜん眠くなさそうなんですけど……。
アーチスさんは珍しく僕と同意見のようで、
「浅ましい……。いいから、さっさと何か作りなさいよ。あなたの数少ない特技を披露するチャンスでしょう。違って?」
……どうでしょうね。ロアさんは、なかなかどうして多才ですよ。いいお嫁さんになれると思います。
級長さんの耳掻きなどしながらフォローする僕。
しかしロアさんのプライドがそれを許さなかったようで、彼女は真っ赤になって硬直してしまいました。
見るに見かねたのか、ロアさんに代わって女子の皆さんが口々に言います。
「ヴェルマーくんの場合はね、うん」
「……そうだね、うん」
「いつか奈落に落ちると思うよ?」
……ハイ、落ちてます。
最下層までまっしぐら。
ここ地下迷宮は世にも珍しい自動生成型のダンジョンですから、こういう日もあります。
個人的に落とし穴は嫌いじゃありません。日頃の行いの賜物か、モーゲンくんと合流できましたし。
大きな翼の細身なドラゴンさんが僕らを食べようとしている件に関しては、不幸な偶然と言うより他ありません。
……モーゲンくん。今だから言いますけど、貴方とは不思議な縁を感じてました。
違う出会い方をしていれば、お友達になれたかもしれませんね……。
危機的状況に乗じて友情を結ぼうとするものの、モーゲンくんは妙に落ち着き払った様子で、
「……オレと心中するつもりか? 随分と思い切ったな、ヴェルマー。お前は、時としてオレの予想を上回る……」
…………これ見よがしに置いてあるスイッチを我慢できずに押してしまったことは内緒です。
「ふん……業腹だが……いいだろう。ルトヴィヒの言うことを真に受ける訳じゃない、そうまでしてお前が守ろうとするネル家の出来損ないは、どれほどのものか……少し興味が湧いた」
そんな大それた人じゃありませんよ。出来損ないかどうかは知りませんけどね……。
ところで、ドラゴンさんが大きなお口を全開にして迫ってます。
と、モーゲンくんが、さっと片手を薙ぎました。何気ない動作ですが、鍵盤を叩くような指使いは騎手特有のそれです。
すると、今まさに僕らを美味しくお召し上がりになろうとしていたドラゴンさんが、突如、大きく仰け反りました。
一筋の光も差さない闇の中、ドラゴンさんの長い首を鷲掴みにした、巨人の輪郭が徐々に浮かび上がります。
……ゴーレムって飛べたんですね。
「天使は空を飛ぶものだ。その劣化版とはいえ、落下速度を緩める程度の芸当は出来る」
訳の分からない理屈を述べるモーゲンくん。
天使? 僕の脳裏に浮かんだのは、幼い頃のロアさんのお姿でした。
僕らは、くるりと身をひねってゴーレムの肩に降り立ちます。人は大地を離れては生きていけませんね。文字通り。
「……借りが出来たな」
「返して貰うさ。オレの目になれ、ヴェルマー。このまま下まで降りるぞ」
任せて下さい。な、なんか照れますね……。
久しぶりの共同作業に胸が高鳴ります。いそいそとマップを開いて、敵性を示す光点を読み上げる僕。
【201A、078ゝBと交戦中です。――警告、342Cが接近中です】
下から一体、来ますね。コード342……空飛ぶライオンさんです。惜しくも象さんサイズの。
「ふん、虎の子の第二世代を二体。大した念の入れようだ……」
モーゲンくんは、嘲るように鼻で笑うと、腰に下げた長剣を抜き放ちました。彼にはそういう表情が良く似合います。
頭上では、甲高く吠えたドラゴンさんが喉の奥に陣を灯してます。火を吐くつもりですね。
「馬鹿の一つ覚えだな」
モーゲンくんの片手が再び閃きました。
うなる歯車、煌く単眼、モーゲン機がドラゴンさんの鼻面を乱暴に壁面へと叩き付けました。
荒々しくも機先を封じる動作に、彼の機体なんだなと納得させられます。
感心する僕。しかしモーゲンくんは不満を露に舌打ちし、
「亜種といえど竜だな。硬い……。このまま押し切れるか?」
難しいと思いますよ。遠隔操作だと“炉”も回りませんし。
僕の正直な意見に、モーゲンくんは微かに頷き、
「……三十秒だ」
意味が分かりません。どうして剣を鞘に収めるんですか?
ふと、旋回しながら僕らを物欲しそうに見詰めているライオンさんと目が合います。
……モーゲンくん、僕はですね、騎士と魔術師がパーティー組む場合、陣形を崩さないことが大切だと思うんです。
適材適所と申しますか……僕を置いて行かないで下さい。一人は嫌です。
モーゲンくんは、ニヤリと笑いました。ああ、そんな表情も良く似合う……。
「死ぬなよ、ヴェルマー」
第五十四話です。
魔素制御による五感の補助、暗視などですが、これはれっきとした魔術です。ただし、誰も意識してません。




