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夏の祭り(その6)

 ほらほら、ワーグナさん、行進に戻って。むくれたって駄目です。わがままを言えば通ると思ったら大間違いですよ。僕はスペンサ教授とは違うんです。……え、ムム(角笛の一種です)を聴きたいんですか? そんなことでいいなら。ええ。


 ああ、もう。こんなに汗を掻いて。ひとつの事に集中すると周りが見えなくなるのは、貴女の悪い癖ですよ。


 こんなこともあろうかと常備しておいた水筒をワーグナさんに差し出します。……コルク抜きなんて要りませんよ。この子は……。


 いいから、じっとしてて下さい。ワーグナさんの唇に水筒の口を当てて、ゆるゆると傾ける僕。気分は保父さんです。……この馬鹿騒ぎが終わったら、家庭訪問させて貰う必要がありそうですね。


 ハイ、終わり。水筒を回収して、ワーグナさんを送り出します。……楽団の方々も残念そうな顔をしない! 大人なんだからしゃんとして下さい!


 さて。


 本命の、実況席を振り返ります。……なんですか、マルコーさん、その反抗的な目は。


「……リッツが抵抗しないのをいいことに……」


 人聞きの悪いことを言わないで下さい。勇者さん情報によると、人体の半分以上はお水なんです。ねずみさんがペダルを漕いでエネルギーを送っているというのは、巧妙に仕組まれたプロパガンタである……。


 びっくりですよね。人体の神秘です。


 しかしマルコーさんは鼻で笑い、


「ふっ、愚かな……。ねずみ算は魔術的に証明されてるんだぜ? 今更、連中以外に命を預ける気にはなれんね、私は」


 彼女の信念は確固とし揺るぎません。この世界は確実に狂ってます。


 ……拡声器を借りますよ。


 何やら驚愕した面持ちで僕を凝視している仕官学校の女の子に断りを入れます。


 すると、彼女は震える声で呟きました。


「……シエラ?」


 人違いです。


「そう、だよな。ごめん。昔の知り合いに似てたもんだから……もう今は居ない……」


 勝手に殺さないで下さい。


「えっ」


 僕が生きていることがよほど気に入らないのか、驚きを隠せない様子の解説の人は、拡声器に細工をしている僕の肩を掴んで揺さぶってきます。


「シエラ! 生きていたならどうして一言……みんな喜ぶよ!」


 ……そっとしておいて下さい。


 女装して士官学校に潜入していたなんてことが白日の下に晒されたら、今後の僕の学園生活はますます困難なものとなるでしょう。


「そうか、魔術寮に弱みを握られてるんだな? 心配するな。スィズさまに言えば、きっと力になって下さる!」


 残念ながら、貴女とは分かり合えないようです。


 ルトヴィヒくんもそうでしたが、骨の髄まで級長さんに心酔しているネル派の方々との価値観の相違は埋め難いものがあります。


「あの方は、これまでのネル家とは違う。恐ろしくも美しい、それだけではない何かを持ってらっしゃる……」


 良く食べて良く寝ますよ。しいて言うなら、僕が拾ってきた子猫をドブ川に捨てるような真似を平気でしますね。バレてないと思ったら大間違いです。


 僕から拡声器を受け取ったマルコーさんが、のんびりと陰口を叩きます。


「ヴェルマーくんの見てないところだと、びっくりするくらい冷酷だからね、あの子」


 命は大切にしなさいって昔から言ってるんですけどねえ……。ネル家の業は深いです。


 うんうんと頷き合う僕とマルコーさんをよそに、アップテンポな曲調に合わせて行進する生徒達の中、歩みを止めた級長さんが巫女さんと無言で火花を散らしています。


 ああ、もう。仲裁に走ろうとする僕を、マルコーさんが袖を引っ張って押しとどめます。……? 高い高いして欲しいんですか?


「違ぇよ。……あっちゃんから伝言。仕官学校の保有するゴーレムは五機。内、二機は生徒が管理してる。……触んな。高い高いすんな。殴るよ?」


 殴られました。


 鈍器としての新しい可能性を切り開いた拡声器の取っ手をきりきりと回しながら、マルコーさんはくんくんと鼻を鳴らして言います。


「これ、“結界”? あんまり見ない型だな」


 ええ。非常回線(クローズドチャンネル)で行われた会話内容は立証できませんからね。牽制にはなる……。


「ヴェルマーくんって器用だよね。“呪言”も“魔法”もてんで駄目なのに。なんか地味に禁呪も使ってたの前に見たし。魔術連に密告はしといたけど、余計なお世話だったかな?」


 ええ。全力で余計なお世話ですね。どうしてそういうことをするんですか?


「目障りだから、じゃ理由にならないかな?」


 いえ。理由としては十分すぎるかと。


 ふうん、とマルコーさんは興味なさそうに相槌を打ちます。


《お待たせしました。実況のマルコーです》


 蘇るマルコーぶし。僕の手柄は鮮やかにスルーされました。


《さて、お手元のプログラムの進行に従って校長先生のお話と参りたいところですが、当然のように居ません。

 代理のスペンサ教授……ですが、これまた当然のように居ません。お前らいい加減しろよ。

 えー……誠に恐縮ですが、ここは仕官学校の校長先生に……って、居ねえの? やる気ないだろお前ら。

 ……という訳で、皆さまお待たせしました。パラメ=デイビス先生、お願いします》

 

「え、わ、私!?」


 縋るような視線を僕に向けないで下さい。世話の焼ける大人ですね……。


 とりあえず、いつも僕にくれているお小言と似たようなことを話せばいいんですよ。


「え、そ、そうなの?」


 だからと言って、「懲罰室に来なさ〜い!」とか叫ぶのは無しですよ。僕の品格が問われます。 


 テンパってるパラメ先生は置いておくとして、さあ、いよいよ本番です。


 大人の事情が見え隠れする子供達の祭典。


 普段はいがみ合っているクラスメイトと親睦を深めるのも良いでしょう。お友達の意外な一面を知って驚くこともあるでしょう。


 楽しいことばかりではないでしょう。悔しくて泣くこともあるかもしれません。それでも――。


 本当に大切なのは、みんなで何かを成し遂げたという実感なのです。


 五年後、十年後に、思い出を振り返って笑うことが出来たらいい。


 …………まあ、そのへんは他の人に聞いて下さい。


「若頭、あとをよろしく」


 僕の席で死んだように眠り続ける羊さんのお腹にタロくんゼッケン(勇者さん直筆)をぺたぺたと貼ります。


 隣の席の巫女さんは何もかもお見通しというように、ひたと僕を見据えます。


「貴方では、あの子には敵いませんよ?」


 ……騎士候補生が保有する騎馬は二機。ひとつは生徒長専用機。残るひとつは、王子さまの護衛を任された人物が所有している筈です。


 折り良く整列している生徒達を眺めます。


 ……遅刻はいけませんよ、モーゲンくん。


「巫女さん、何かあったら若頭を頼って下さいね」


 溜息の代わりに告げると、巫女さんは誰しもが恋するような完璧な微笑を浮かべました。


「あら、貴方の羊さんがわたくしを守ってくれますの? 素敵ですわ」


 級長さんと喧嘩しちゃ駄目ですよ。約束できます?


「まず無理な相談ですわ」


 でしょうね。……若頭、本当に頼みますよ。級長さんを贔屓したらめーですからね。


 ぴくっと身じろぎする若頭に念押しして、僕は校庭をあとにします。


「こら、待て」


 目敏くも僕のエスケープを見破ったロアさんが、仁王立ちで僕の行く手を阻みます。昔からそうでした。彼女には、何故か若頭の擬態が通用しません。さすがは僕の天敵です。


「……二人三脚はどうすんの。あの女、楽しみにしてたわよ」


 ……彼女には、あとで謝っておきます。


 ロアさんを振り切って、僕は駆け出しました。別に級長さんとの約束なんてどうでもいいのですが、二人三脚は午前の部で最後のプログラムです。たぶん間に合いません。


(魔術師の切り札は、)


 まったく――。


(……己の肉体、だ)


 級長さんには困ったものです。

第五十三話。走れ主人公。

数多の魔物を打ち倒し、大量の魔素を体内に取り込んだ人間は、“欠落”と呼ばれる現象を経て人体の限界を上回る力を得ます。これが魔術の原型たる自己暗示(ブーストマジック)の正体。現代では失われた秘術のひとつです。

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