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夏の祭り(その5)

「どうなっている……? 座標は分かっている……コードも解析済み……しかし“(ページ)”が噛まない。何故だ? “結界”ではないのか? だが……」


 そこまでです。


「っ……魔術寮(ここ)の生徒か。大した穏行だ……そうか。“蜘蛛”の教え子だな? 手荒な事は避けろとのお達しだが……この場合は致し方ない」


 そう言う貴方は誰です? 寮内は、関係者以外立ち入り禁止ですよ。……さては迷子ですね? 父兄の方々は係員の誘導に従って頂かないと……。


 しかし幸運ですね。ちょっとしたアクシデントで、プログラムの進行が遅れてるんですよ。今から走れば間に合います。さあ、ダッシュです。


「教えてくれないか、少年。魔術寮は、否……あの老人は何を隠している? ここで何をしようとしているんだ?」


 ん、B棟を見学したいんですか? 難しいですね……あの“結界”は特殊なんですよ。概念が異なると申しましょうか……一般の方はお断りさせて頂いてます。


「面白い。俺を逃がす気はないということか。見くびられたものだな。……名乗れ」


 いえ、名乗るほどの者ではありません。さ、校庭までご案内しますよ。


 謙遜する僕。……しかし何故でしょう。僕が出会う大人の人は、大抵どこか話が噛み合いません。性悪双子に言われて、迷子の成人男性をのこのこと迎えに来た僕ですが……。


 ご多分に漏れず、今回も何か悲しい誤解があったようです。


「――……」


 “呪言”――“影縫”か――を唱えつつ、視界の軸を揺さぶるような歩法で僕に接近してくる父兄の方。変わった特技をお持ちのようです。


 瞬時に解析を終えた僕は、ぱちんと指を鳴らし、圧縮言語に割り込みを掛ける形で“呪言”を破綻させます。“祝詞”の原型である“影縫”は、大気中の魔素を通して環境に働きかける点が特徴です。抵抗(レジスト)される心配がなく、魔力の燃費に優れる反面、介入されやすいという欠点があります。


 おっと。


 死角から迫る手刀を、ぎりぎり鼻先で見切る僕。お返しとばかりに手首を掴んで転がします。


「ほう」


 感心されました。


 とりあえず逆関節を極めて腕をへし折ろうとする僕。念の為にあばらの一本でも貰っておきますか。体重を掛けると共にひざを落とします。


 しかし父兄の方もさるもので、ひじを捻って拘束を切ると同時に僕の胸倉を掴んで投げを打ちます。とっさに後頭部を守って、衝撃に耐える僕。


 これだけは使いたくなかったのですが……。上下逆転した視界の中、父兄の方の胸に手を押し当てて、掌を伝わる心臓の鼓動に標的を定めます。


「ぬっ……」


 体内に“音叉”を叩き込まれるという未知の衝撃に、びくりと一度痙攣して意識を手放す父兄の方。心臓の弱い方だと、一発で昇天しかねない荒業です。


 うぅん、改良の余地ありですね。若頭によれば、着目点は悪くないと高評価、しかし“地味”の一言に尽きると……。


 ミミカ族特有の不思議なパワー――“念力”とでも言うのか――を僕なりに再現してみた結果なのですが……予想を遥かに上回る地味さ加減です。こんな奥義は嫌だ……。


 まあ、何はともあれ。


 僕は、気絶してのしかかってくる父兄の方の身体の下から這い出ます。


「タロくん……」 


 その一部始終を、勇者さんは見ていました。


 心配して来てくれたんですね。乱れた着衣を整えて、僕はその場で立ち上がります。


 すると、開け放たれたままの教室のドアに片手を添えた勇者さんは、切なそうに呟きました。


「そう……。あたしの教室で、知らない男の人と組んずほぐれつなのね……」


 …………。


「しばらく、口利いてあげないから」


 ぴしゃり。教室のドアが無情にも閉ざされました。





「それは災難でしたわね」


 来賓席に戻るなり、おいおいと泣き出した僕を、巫女さんが優しく慰めてくれます。


 ……巫女さん、僕の心の傷をエミールの奇跡で癒してくれませんか。


「ヴェルマーさま、人は誰しも心の傷を抱えて成長して行きますの。そうして考えると、何かぞくぞくして来ませんこと?」


 貴女だけです。


 悲しみに打ち震える僕を尻目に、交流祭の開催をお知らせするファンファーレが高々と鳴り響きます。


 生き生きとした表情で指揮棒を振るっているワーグナさんに団体行動の大切さを説く気力も湧きません。


 夏の日差しを逃れて本部テントの軒下に潜り込んだマルコーさんに対しても同様です。


 その隣。カルメルくん渾身の力作である拡声器を渡されて、しどろもどろの挨拶をする士官学校女子。


「「……ええと……解説です。名前は言いたくありません。なんで私がこんなこと……」」


 仕官学校の紅一点、女流騎士のクラスに所属していて、たまたまマルコーさんの目に留まった、理由はそれだけです。


「「え、これ言わなきゃ駄目? わ、分かったよ。そんなワタクシ解説の人と――」」


 続いてマルコーさんのマルコーぶしが炸裂します。


「「――私はマ国の生き残り、わたくしエリス=マルコーの実況でお送りしまっす!」」


「「マ国とか言うな。“工房(アトリエ)”行きになっても知らないよ……」」


「「てっ、てめー素人か!? ちょっと誰かー! ドナすけのくま持ってきてー! くまー! これ放送なんないよー!」」


 …………。


「面白い方ですわね」


 にこにこと笑顔を絶やさない巫女さんの横で、項垂れる僕。


 ちょっと行ってきます……。

第五十二話です。

“工房”とは、魔術師の人体実験が日夜行われていると言われる施設です。都市伝説のようなもので、実在しているかどうかも分かっていません。が、王国ではタブー視されてます。

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