夏の祭り(その4)
保健室の先生は過保護だと僕を哂いましたが、勇者さんの圧縮形式はCOTS3。貧弱な人間達とは違うのです。
その勇者さんが砂で咽るなんて仕様上ありえません。自覚症状がないだけで何か致命的な問題が発生していないと誰が言い切れるでしょうか。
(いや……)
先生の触診を、気丈にも「気安くあたしに触れないで」と拒んだ勇者さん。自覚はあるのか……。
きっと僕に心配を掛けまいとしたのでしょう。なんて健気な。
「もう平気よ」
先を行く勇者さんの作り笑いが、僕の涙腺を著しく刺激します。
彼女の思い遣りを無駄には出来ません。良かった、と笑顔で返す僕。
ぎゅうっと握り締めた掌から血が滴る。僕は無力だ……。
「で、浸ってるところ悪いんだけど、あれ何とかしなさいよ」
まるで僕が悪いように言うんですね、ロアさん。
僕のフードを上げ下げしていたロアさんは、「違うの?」とでも言いたげな眼差しで僕を一瞥し、うんざりと校庭に目を向けます。
大地を伝う怨嗟の念。
……対峙する“付箋”の皆さんと神殿騎士の方々。
…………そして某三大貴族の二名。
「良くもまあ、おめおめと顔を出せたものだな、エミール。この闇医者め。貴様らの医療行為を、私は断じて認めんぞ」
「あら、ネルさま。ご健在のようで何よりですわ。死ねばいいのに。医療だなんて……わたくしは、ただ、女神さまのご慈悲を請うているに過ぎませんのよ」
…………。
さて、僕の席は、と……。
さり気なく来賓客用のテントに向かう僕。
「こら、ヴェルマー!」
食い下がってくるロアさんの腰に腕を回して、やや強引に抱き寄せます。
彼女にだけ聞こえるよう、耳元に唇を寄せて低く囁きました。
「……前にも話したよね? 関わるな。貴族に関わるとろくなことがない。三大貴族なんて以ての外。……どうして僕の言うことを聞けないの?」
極端な話、ロアさんと級長さんが仲良くするのに僕は反対なのです。理由は語るまでもないでしょう。
それなのにロアさんときたら、僕の腕の中でじたばたと暴れて言うのです。憤怒のためか、耳まで真っ赤に染めて。
「え、偉そうにすんな。友達くらい自分で選べる。あんたの、そういう上から目線がムカツく……!」
以前の彼女なら躊躇いながらも頷いてくれたのですが。……成長した、と喜ぶべきなのでしょうか。少し寂しい気もしますね。
けれどロアさんは、自分の価値を知りません。彼女のためにザマ先生がどれだけの犠牲を強いられてきたかも……知らないのです。
だから僕は、心を鬼にして言わねばなりません。
「…………」
背中に押し当てられている柄の感触も見逃せませんよ? 聖なる刃の前では、人体なんて豆腐とさして変わりません。
それでも僕は、心を鬼にして言わねばなりません。
…………級長さん、喧嘩はめーですよ。
颯爽と仲裁に入る僕。
にこやかに歩み寄ると、神殿騎士の方々は大歓迎してくれました。一斉に抜刀し、テロリストを見るような眼差しで僕を見据えます。
それを手振りで制した巫女さんが、わざとらしく驚きます。
「まあ、ヴェルマーさま」
……どうも。
「まあまあ、ぞんざいですわ。ぶっきらぼうですわ」
何が嬉しいのか、はしゃぎまくる十五歳。
その年齢、生まれた日は、奇しくも級長さんと同じ。
金砂の髪を上品に結わえています。濡れた瞳は、不思議と懐かしい海の色。
――エミールの“巫女”。
人体を蘇生できる、この世で唯一の魔術師です。
王国にお医者さんが居ない訳ではないのですが、彼らでも手の施しようのない患者さんを、エミールの“巫女”は驚くほどあっさりと治してしまいます。
もちろん、魔術を医術として用いることは、重要な違法行為です。あまりにも危険が大きいというのが理由のひとつ、魔術に付随する負のイメージ――そしてそれはそう的外れでもない――が先行してしまうことも、また確かな事実です。
エミール家の蘇生術が大衆に広く認められているのは、ひとえに星の女神さまの威光を笠に着ていることと、並外れた技量、そして連綿と積み上げてきた実績の成せる業です。
級長さんが、不快げに眉を潜めます。
「……知り合いか? いや、愚問だったな。忘れてくれ。……金髪か……噂は本当だったのだな」
そう独りごちると、ご自分の髪をひと房、手に取って、指先に絡めます。
「こ、これがそんなに好きなのか……?」
最悪です。これまで僕が築き上げてきた清純なイメージが音を立てて崩れ去ろうとしています。
ふふん、と鼻で笑う巫女さん。
「何も分かってませんね。ヴェルマーさまは、自分のものにした女に興味はありませんの」
僕の何を知った気になってるんですか。分かったふうな顔をして僕の人間性を否定するのはやめて貰えませんかね。
しかし巫女さんはにこにこと笑顔のまま、級長さんから目を離さず、級長さんもまた巫女さんの視線を受けて立ちます。
ネル家とエミール家の因縁は深く、互いに互いを利用して甘い汁を吸っておいて、ネル家はエミール家の人気に嫉妬し、エミール家はネル家の軍事力に嫉妬しています。隣の芝生はどうしてこうも青いのでしょうか。
僕の見立てでは、三大貴族は一蓮托生です。ネル家が国内外を制し、エミール家が人心を治め、ラズ家が両家を律する。どれが欠けても、この国は成り立ちません。
そのへんを自覚しているのか、していないのか、お二人は醜い言い争いを続けます。
「彼には大きな貸しがありますの。わたくしが死ねと言えば死んでくれるでしょうね」
「わ、私だって! 本気でお願いすればヴェルマーはきっと死んでくれるぞ!」
どうしてそんなに僕を殺そうとするんですか。
第五十一話。エミール家の登場。
人間と魔物では圧縮形式が異なるため、“門”を生身の人間が通ることは出来ません。