夏の祭り(その3)
どういう訳か入場行進を免除された僕。開会式まで、まだ少し間があります。
戸締まりをチェックして、オールグリーンで家を出ます。
夏の太陽は、どうしてこんなにも眩いのでしょうか。我が家に寄り添うように根を下ろしているマンドラゴラの木漏れ日に目を細めます。大自然は偉大だと思うのです。
素敵な一日の始まりを予感する僕。
「久しぶりね、こうして二人きりになるの」
早くも予感は外れそうです。
マンドラゴラに寄り掛かって待っていてくれた勇者さんが、ケータイなる疑惑のツールをカチカチと操作しながら、なんだか無性に遣る瀬なくなることをのたまったのです。
らが〜。
彼女の肩の上でポチが自らの存在を主張します。
ケータイの蓋の部分をパタンと閉じた勇者さんは、しかし大胆にもペットのアピールを無視しました。
もしかして、無断で女子の皆さんに寝床を提供した件に関して怒ってるのでしょうか?
もちろん、僕なりの言い分はあります。勇者さんの許可を得ようにも、ロアさんの独断で決まったことを僕が知る由もありません。
一応、僕は反対したんです。けど、縦横無尽に暴れ回る女の子達のパワーに圧倒されて、気付けばおさんどんしてました。意外なことに家事万能なロアさんに一縷の希望を託すも、マルコーさんとアーチスさんの波状攻撃の前に屈さざるを得ませんでした。どうも、僕が旅に出ている間に、僕の家は彼女らの宴会場として定着してしまったようなのです。
まったく、身体ばっかり大きくなって……。
「……どうしてそうなるの。あたしと話してるのに他の女のこと考えないでって言ってるでしょ」
あ、ごめんなさい。つまりですね、僕が勇者さんに厳しく当たるのは愛の鞭なんです。分かってくれますよね?
「当然のことだわ」
ですよね。
理解を得た僕は、勇者さんの小さな手を引いて歩き出します。
直後、歪にゆがんだ我が家の壁を突き破って、まろび出る巨体。轟音の中、カルメルくんの苦痛に喘ぐ声が漏れ出でます。
続いて現れた白亜の巨躯は、片足を引きずっています。力なく垂れる片腕といい、自由落下の代償は大きかったようです。
追撃は不能と悟ったか、“鞍”を出たルトヴィヒくんが、圧縮言語を撒き散らしてゴーレムの肩に現れます。こなれた身のこなしで巨躯を伝って飛び降りるルトヴィヒくん。どういう理屈なのかさっぱり分かりませんが、騎手を失ったゴーレムは、あたかも夢か幻のように姿を消します。
マントを翻して着地したルトヴィヒくんが、カルメル機に向かって叫びます。
「俺には調べることが出来た! その新型は君に預けておく! しかし勘違いするな。君を認めた訳ではない」
《待てっ! ルトヴィヒ! 逃げるのか!?》
地に伏したまま、のろのろと片腕を伸ばすカルメル機。それを嘲笑うかのように、ルトヴィヒくんは颯爽ときびすを返します。
手を伸ばせば届く距離。しかしカルメル機の手は宙を泳ぎ、悔しげに地を掻きます。カルメルくんの嗚咽が虚しくも響きます。
《嘘だ……。なんでだよ、父さん、なんでこんなっ……!》
カルメルくん……。
事情は良く分かりませんが、深く傷付いている様子のカルメルくんに何と声を掛けたら良いものかと悩む僕。
世の中、根っからの悪人なんていません。カルメルくんの親御さんだって、家族を支えるので必死なんでしょう。職業に貴賎はありません。
しかしカルメルくんの中で息づく正義が、それを許さない……。なんたる悲劇でしょう。
なんだか、胸がきゅんとします。
と、そんな僕をじっと見上げていた勇者さんが、舞い上がった砂埃に咽てしまったではありませんか。
「けふっ」
これはいけませんね。あまりにも唐突な事態に、慌てて僕は彼女を抱きかかえます。すると、まるで何事もなかったかのように僕にしがみ付く勇者さん。健気です。
カルメルくん、僕は勇者さんを保健室に連れて行かなくてはなりません。けれど、貴方には貴方の、貴方にしか出来ない何かがある筈です。元気を出して下さいね。
「けふっ」
勇者さん、気をしっかり持って! 病は気からですよ!
第五十話。とうとう五十話です。
圧縮言語の発祥は、魔物が魔術を行使する際に浮かび上がる“陣”です。これに一定の法則を見出し、簡略化したものが“呪言”なのですが、圧縮言語の“読み方”を解明したものが誰なのかは分かってません。魔物は“呪言”を用いないのです。